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第281話


「パパ〜」

「どうした、凪?」

「パパ〜」

「ははは、はいパパだよ」

「パパ〜」

「はいは〜い」


 春の穏やかな陽気の中、俺は凪とリアタフテ家屋敷の庭で、日向ぼっこをしていた。


「はやて〜」

「うん、凪。颯はねんねなんだ」

「ねんね?」

「そう。だから、起こしちゃ可哀想だよ」

「はやて、ねんねか〜」

「うん」


 颯も一緒に居るのだが、今は泣き疲れて寝ていた。


「ママはかきかき」

「そう。ママは学院ね〜」

「ママ、もう?」

「あぁ、もうすぐ帰って来るよ」

「ママ、まんま〜」

「あぁ、ママが帰ったら昼ご飯ね」

「う〜」

「はは」


 二人の母親にして、俺の妻であるローズは、現在、学院に行っていた。


「もう、2年かぁ・・・。あっという間だなぁ・・・」


 俺が此方の世界に来てから2年が経ち、3度目の春を迎えていた。


「パパ〜、ママ・・・、まだ?」

「そんなに直ぐは帰らないさ」

「そっかぁ〜・・・」


 ローズはグランからの勧めもあり、今年の春から割と早めの学院への復学を果たしていた。

 とはいえ、まだ子供達もローズと離れるのは嫌がるし、まだ不慣れな領主としての仕事も有る為、午前のみや午後のみの登校が多かった。


「俺もギリギリ進級出来たしなぁ・・・」

「パパ、う〜ん?」

「ん?そうだなぁ・・・」

「パパ、よしよし」

「・・・ありがとう、凪」


 俺の膝の上から、頭を撫でてくれた凪。

 どうやら、進級の為のデリジャンとの補習の日々を思い出し、苦々しい表情になっていたらしい。

 俺は凪の優しさと成長に、鼻の奥に熱を感じたのだった。


「まぁ、卒業は順調にはいかないだろうが・・・」


 俺は現在、自身の置かれている状況を考え、そんな事を呟いたのだった。


(それもこれも、全て自分の責任だけどな・・・)


「・・・ん、んん」

「おぉ、颯」

「はやて〜」


 俺の上着に包まれ、芝生の上で寝息を立てていた颯。

 どうやら、目を覚ましたらしく、自身を包む俺の上着を跳ね除け様としていた。


「おはよう、颯」

「・・・」

「はやて〜、おっきおっき」

「ね〜ね」

「・・・」

「あ〜あっ、ママ?」

「ん?あぁ、そろそろ帰って来るかな?」

「・・・ママァ」

「うっ・・・」


 両の眼に涙を溜め出した颯。

 先程迄、眠っていたのも、朝、ローズが登校した事で大泣きし、その疲れからだったのだが・・・。


「颯〜、大丈夫だよぉ、ママはもうすぐっ。だからねぇ〜・・・」

「ううぅ・・・」

「パパとお姉ちゃんと待ってようねぇ〜・・・」

「・・・うわあぁぁぁんーーー‼︎」

「・・・」

「はやて〜・・・、あ〜あ〜」

「うえぇぇぇんんん‼︎」

「・・・はぁ〜」


 こうなると何をやっても駄目だ、後はローズが帰るか、泣き疲れるかの二択しか無かった。


(いや、正確にはもう一つ方法が有るのだが・・・)


 俺はその方法が思い浮かんだが、その為に二人を抱いて行くのは大変だし、何より・・・。


「ローズは仕方ないとして、その方法に頼るのは、いよいよ父親としてどうかと思うんだよなぁ・・・」

「うえぇぇぇんんんーーー‼︎マンマアァァァーーー‼︎」

「はやて〜、ちゃいっ‼︎」

「・・・ね〜ね、・・・うあぁぁぁんんん‼︎」

「ほらほら、颯。凪も駄目だよ?」

「う〜・・・、はやて、やいっ」

「うわぁぁぁんんんーーー‼︎」

「・・・」


(前言撤回、これはもう一つの方法に頼る事にしよう)


 俺が諦めて、父親の威厳も捨てて良いと思い、立ち上がろうとすると・・・。


「あ〜あっ、泣かしたにゃ〜、ご主人様」

「アンッ」


 アンがやって来て、仕方なさそうな表情で俺を見下ろしていた。


「アン、うう〜」

「にゃっ‼︎凪様・・・」

「おいっ、おいっ」

「・・・あっ、ミルクですにゃっ。了解ですにゃ〜」


 アンは凪から掛けられた言葉の意味を、間違えた振りをし、屋敷の方へと向かおうとした。


「アン、おいっ、おいっ」

「了解ですにゃ、ただいまっ」

「待て、アン」

「な、何にゃ?ご主人様?アンは凪様の・・・」

「凪はミルクなんて言って無いだろう」

「な、何を言ってるにゃ。アンと凪様の信頼関係で聞き間違いなどしないにゃ」

「アン‼︎おいっ、おいっ」

「これは、おいでだろ、アン」

「パパ、そ〜そ、そ〜そ」

「ほら、そうだってさ」

「・・・にゃ〜」


 諦めた様に屋敷に向けた足を止め、アンは恨めしそうな表情で俺を見て来た。


「悪いが颯をどうにかしないといけないから、少しの間凪を頼む」

「ええーーー‼︎」

「アン、おいっ、おいっ」

「うっ・・・」


 アンはあの一件以来、凪を苦手としていたが、自身に向けられる好意に凪を嫌う事は出来ないらしく、凪からの求める様な視線に何とも言えない表情になっていた。


「すぐ戻るから、なっ?」

「・・・し、仕方ないにゃ〜」

「アン〜、だっこ〜」

「にゃっ」


 俺の膝の上から立ち上がり、アンへと歩いて行った凪。

 アンはそれを受けとめ、抱き上げたのだった。


「凪様は本当にあんよが上手にゃ」

「アン、なぎ、よしよし?」

「はいにゃ〜、撫で撫でにゃ〜」

「きゃっ、きゃっ。アン〜」


 凪は其の魔力の高さも関係しているらしく、去年の年末には既に、何にも掴まる事無く歩き始めていた。


「アン、助かる」

「良いにゃ。でも、どうするにゃ?」

「うえぇぇぇん‼︎」

「そうなると、ローズ様しか・・・、にゃっ」

「そうだ、アイツを頼る」

「にゃ〜、なるほどにゃ」


 アンにもこの状態の颯を、どうにか出来る人物の顔が思い浮かんだらしく、納得した様な表情を浮かべた。


「ちゅかさ、うるさいっ」

「おっ、噂をすれば・・・」

「・・・はぁ〜」


 声をする方へと視線を向けると、まさにこれから会いに行こうとした人物が、面倒くさそうな表情を浮かべ立っていた。


「ディア、助かった。颯が泣き止まなくて、ローズも、もう少し掛かるし」

「・・・はやて」

「ううぅ・・・、ディア・・・?」

「・・・はぁ〜」

「う・・・」


 其処には立っていた人物は、この屋敷でローズ以外で唯一颯が正確に呼べるディアで、其れを見た颯は泣き声を張り上げるのを一瞬やめたが、ディアが嫌そうな表情で溜息を吐くと、再び泣き出しそうになった。


「ほら、颯、ディアだぞ?ディアも、なっ?」

「・・・」

「ディア・・・?」

「・・・うんしょっ」

「・・・」


 颯から離れた場所に腰を下ろしたディア。


「ディア〜・・・、お、おいっ・・・?」

「・・・ふんっ」

「ディア・・・、うう〜・・・」

「・・・」


 ディアは自身に呼び掛けながら手招きをする颯を一瞬横目に捉えたが、すぐに知らん顔をして、金色に輝く髪を手櫛で整えだした。


(これは・・・、仕方ないな・・・)


「ディア〜・・・」

「・・・」

「うう・・・」


 再び泣き出しそうになる颯だったが、俺はディアの意図するところを察し、そのままにしておく事にした。


「ディア〜、おいっ」

「はやてっ」

「・・・っ⁈・・・ううぅ・・・」

「ようがあるなら、じぶんでくるのっ‼︎」

「・・・っ⁈ディア・・・」

「・・・」


 ディアの意図は颯にも伝わったらしく、颯はハイハイでディアへと向かおうとした・・・。


「はやてっ」

「・・・っ」

「あんよっ‼︎」

「・・・ディア?」

「あんよできるんだから、あんよなさいっ」

「ディア・・・、っ‼︎」

「・・・」


 ディアからの檄に、颯は唇を噛み締める様に口を閉じ、ふらつく足で立ち上がり、ディアへと歩み始めた。


「う〜、うう〜、ううう」

「・・・っ」

「ディア、うう〜」

「・・・っ‼︎」


 一見、知らん顔をしてる様に見えるディア。

 然し、其の小さな両手は爪が食い込む程握り締められ、横目でしっかりと颯を捉えていた。


(・・・ディア)


「ディア〜」

「・・・ふんっ」

「・・・ディアァ?」

「・・・んっ」


 やがてディアへとたどり着いた颯。

 ディアは最初、颯から其の顔を逸らしたが、甘える様な颯の声に、自身の膝の上置いていた手を退け、颯の座る場所を作ってやったのだった。


「ディアッ」


 先程迄、大泣きしていたのが信じられないくらい、嬉しそうに其処に飛び込んだ颯。


「・・・はぁ〜、めんどくさいっ」

「・・・」


 面倒くさい。

 そう口にしたディアの黄金の毛並みの尻尾は、バタバタと芝生を打ち付けていたのだった。

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