第25話
学院に向かう馬車の中、朝食でお腹が満たされたのかアンは座席にのり背中を丸め、顎は俺の膝を枕にして眠っていた。
「うにゃうにゃあ〜、ご主人様それはアンの鰻ですにゃ〜、・・・うにゅぅ」
(こうして見ると本当、猫そのものだな、あと俺はお前の鰻取ったりはしないっ‼︎)
アナスタシアはそんなアンを今にも叩き起こしたそうに見ていた。
「・・・」
なお、ローズは無言で窓の外を眺めていた。
(今日は朝からどこかうわの空なんだよなぁ?)
そんなローズの様子に、リールは今日は学院を休みように勧めたが、ローズは短く大丈夫とだけ言って辞退した。
なお、「司君と離れたくないのかしらぁ?」と揶揄うリールに対しても、耳に入ってない様に無反応で、目を見合わせたリールからは「ローズちゃんの事よろしくね」と言われた。
馬車が学院の入り口に到着すると、そこには人集りが出来ていた。
「ん?なんだあれ何かあったのか?」
「そうねぇ、何かしら?」
異様な状況にローズは我に返ったのか、そちらに視線を移した。
馬車を止め人集りの最後尾に立つと、ローズは見知った顔があったのか、その少女の肩を叩いた。
「ルチル、おはよう」
「あっ、ローズじゃないか、おはよう」
ルチル、そう呼ばれた少女はかなり小柄で身長は150程だろうか、髪は藍色のショートカット、丸く大きな瞳も同じ色に輝いていた。
身体は背丈に見合い細かったが、決して病的な感じでは無く、引き締まり整った姿勢から健康的なエネルギーが発せられていた。
「ん?ん?ん?」
「え、・・・」
「ほほぉ〜」
「なんだ?」
ルチルは俺の存在に気付くと、無遠慮に観察してきた。
(う〜む、落ち着かないいなぁ・・・)
俺が居心地悪そうにしているとローズが助け船を出してくれた。
「こほん、ルチル」
「あ、ああごめんよ、ついついね〜」
「ついついじゃないでしょっ」
「ははは」
ルチルは反省する様子は無いまま、俺の前に立ち挨拶をしてきた。
「はじめまして、僕は『ルチル=レスプランドール』、ローズと同じクラスで親友さっ」
「ああ、俺は真田司だ、よろしく頼む」
「やっぱりそうかぁ、ローズの婚約者の‼︎僕、君に会いたかったんだよ‼︎」
「お、おう」
ボクっ娘かぁ、ローズの親友を自称したルチルは俺に詰め寄り両手を掴み、握手と呼ぶには激しめに振ってきた。
「お、おい、リアタフテの婚約者って」
「ああ、昨日の」
「やべぇ、目が合っちまったよ、殺されるぅ〜」
ルチルの声が大きかった所為か、人集りにこちらの存在が伝わった様だ。
昨日の試験がどう伝わったのかは解らないが、若干引き気味に距離をとられた。
あと、目が合っただけで殺したりしないぞ、失礼なっ。
「昨日の試験で、八連無詠唱をやったんでしょ?」
「ああ、そうだな」
「凄いな、見せて見せてっ‼︎」
「いや、禁止されてるからなぁ」
「え〜、良いじゃんバレないよう」
「い、いやぁ・・・」
「もう、バレるに決まってるでしょ、ルチルったらっ」
「えへへ」
ローズに咎められ、ルチルは舌を出した。
そうなんだ、バレるんだなぁ。
実は誰もいない所でこっそり試そうと思っていたのだが・・・。
そんな俺の考えに気が付いたのか、無言で背後に控えていたアナスタシアから注意された。
「通常演習場などにある制御の魔石は二つの制御をしています。一つは魔空間、そしてもう一つは魔法の威力です」
「そうなのか?」
「ええ、下級魔法程度なら制御が無い場所で使用しても、発生する魔空間は自然に元の状態に戻るのですが、中級となると解消されるまでの時間は長くなります」
「魔空間が留まると問題あるのか?立ち入り禁止とかで良いんじゃ無いのか?」
「確かに人間に対してはそれで良いのですが、その土地そのものに汚染を与えるのです」
「汚染・・・」
「そうです。基本的には自然の持つ回復力で足りるのですが、八連の中級となると大地が耐えられるのか定かではありません」
「・・・」
デリジャンからの禁止措置にはそんな事もあるのかもしれないと気付き、俺はなるほどと思った。
(取り敢えず使用には改良するか、大量の魔石が必要になる訳かぁ・・・)
俺はそんな事を思いながらも難しい事は自覚していた・・・。
「それでルチル、あの先何があるの?」
「もうローズったら、僕の身長で見えるはず無いでしょっ」
「それもそっかぁ」
ローズの質問に自虐で応えたルチルは、しかしジャンプするなど試みて先を見ようとしていた。
俺が取り敢えず近付いて行こうと人集りに向かい進み出ると、その人集りは見事に二つに割れてしまった。
「俺はモーゼかっ‼︎」
俺のツッコミに人集りからは、「おい怒らせたの誰だ?」「俺じゃ無いぞ‼︎」「お前だろ、お前‼︎」「違う、絶対に違うぞっ‼︎」「おいっ、モーゼって何だ?」「俺知ってるぞ、奴の世界の言葉で四肢を引き裂き殺してやるって言葉なんだ」「ヤバイ、ヤバすぎるって‼︎」など聞こえてきた。
俺は何者だ?あとそんな物騒な言葉は無いぞ・・・。
まあ、せっかく道が出来たのだしと、俺たちは先に進んで行った。
すると其処には一枚の張り紙がされていて、武道場の使用不可によるしばらくの間の短縮授業の報せが書かれていた。
「・・・」
それを目にした時のローズの思い詰めた表情を俺達は見逃していた。




