第240話
「若頭、お疲れ様っす」
「バドーさん」
時間は早朝、リアタフテ家屋敷の玄関前。
日課である凪の魔力発散を終え戻って来た俺は、丁度バドーと出会した。
「そういえば、ケンイチ様から連絡は?」
「ああ、そうでした。予定通りなら明日にはディシプルを発つ筈っす」
「明日ですかぁ」
「どうしたんすか?」
「い、いえ・・・」
ケンイチが戻って来るのは良いんだけど・・・。
「あ、いや、良くないか」
「え?」
「あぁ、いえ、こっちの話です」
「はあ〜?」
(フレーシュとアンジュも戻って来るんだよなぁ・・・)
ローズの勢いに負け、あの2人に何も伝えずに帰って来た為、どんな責めにあうか怖かった。
「それじゃ、自分はトレーニングに行きますんで」
「えぇ、それでは」
バドーはそう言って演習場の方へと向かって行った。
まぁ、ケンイチの事や、フレーシュとアンジュの件はともかくとして、グランも同行してくれてれば、リアタフテに伝わる魔法の話も聞けるだろう。
一体、其れにどんな意味があるかはまだ分からなかったが、ブラートの話を聞いた感じでは、かなり重要なものだとは分かっていた。
「おかえりなさい、司」
「あぁ、ただいま」
「あら?凪は・・・?」
「うん、珍しく寝てるんだ」
「へえ〜・・・」
俺と凪を出迎えに出て来てくれたローズは、抱っこ紐の中で眠る凪の頰をつついてみていた。
「・・・、う・・・」
「ふふ、今日は疲れちゃったのかしら?」
「す〜・・・、すぅ・・・」
「そうだなぁ・・・」
「貰うわ」
「あぁ」
静かに寝息を立てる凪を、起こさない様にそっとローズに渡した。
「どうする、司。朝食迄、演習場?」
「いや、ちょっと行きたい所があるんだ」
「え?そんなに時間無いわよ?」
「あぁ、なるべく早く帰るし、朝食は帰って頂くよ」
「そう・・・」
「悪いな、ローズ」
「・・・ううんっ。いってらっしゃい。気をつけてね」
「あぁ、行ってきます」
ローズに見送られ、俺は先日の一件の事を聞きに、ある男の所へ向け飛び立った。
「お〜いっ」
薄暗く、ジメジメとした空間に響く、俺の呼び掛ける声。
目当ての人物は見当たらず、俺の声は虚しく響いていた。
(彼奴が此処から出る筈は無いし・・・)
俺のそうした確信に応える様に、足元や壁、天井はおろか、空気迄もが振動し始めた。
「・・・っ‼︎」
俺は激しく揺れる地面に、自身の足裏を貼り付ける様にし、精一杯力を込め倒れない様踏ん張った。
「くく、くくく、はーはっはー‼︎」
「・・・」
突如として空間に聞き慣れた笑い声が響き渡り・・・、次の瞬間。
「・・・な⁈」
「我が城に土足で踏み込むのは、何処の不届き者だあぁぁぁ‼︎」
轟音を上げ、視界の先の地面の一部分が爆ぜ、石塊が飛び散った。
(此奴は何時も何時も、静かに登場出来ないのかねぇ・・・)
ただ、言って聞く様な人物では無い為、俺は諦めて挨拶をし、手早く用件を済ませる事を目指した。
「・・・よぉ、ラプラス」
「くく、何だ貴様か」
「・・・」
良し、今日は芋を振り回してないな・・・。
「ん?今日は1人か?」
「あぁ、パーティは休業中だからな」
「・・・いや」
「ん?」
「・・・こ、こほんっ」
「???」
何時も通りの悠然とした態度で登場したラプラスは、急にソワソワと挙動不審になった。
「え〜と、実はきょ・・・」
「この間のっ・・・」
「え⁈」
「・・・くっ‼︎」
俺が本日の用件を伝え様とすると、ラプラスはそのタイミングで意を決した様に口を開き、声が重なった俺達は見合ってしまった。
「・・・何だ?」
「いや、ラプラスこそどうしたんだ?」
「ふんっ、貴様から先に言えっ」
「お、おぉ・・・」
「・・・」
(このまま、見合っていても仕方ないな・・・)
ラプラスが何を言おうとしたか、想像出来なかったが、俺は自身の用件を伝える事にした。
「ラプラスはリエース大森林って、知ってるか?」
「・・・ん?何だ其れは?」
「え〜とぉ・・・、ミラーシっていう、狐の獣人の郷が有った所なんだけど」
「ほお、神木の森林を人族がそんな風に呼んでいるのか」
「あぁ、そうだよ、神木神木」
合点がいったという反応のラプラスに、俺は嬉しくなり神木を連呼してしまった。
「其れがどうした?」
「其処で先日なんだけど、妙な竜巻が発生していたんだ」
「・・・」
「其の竜巻に妙な紋章が描かれて・・・」
「紋章・・・、な」
「ラプラス?」
「貴様に呼応する様に発生したのか?」
「俺に?呼応?」
竜巻の件をラプラスに伝えると、豪胆な男はどとか神妙な面持ちになり、俺へと問い掛けて来た。
「う〜ん・・・」
「・・・」
「・・・」
「何だ?何か心当たりがあるのか?」
「そうだなぁ・・・」
「くく、だが、貴様に呼応するのは妙な話だがな」
「何でだ?」
「くく、貴様が何かを隠しているのに、我が其れに答える必要は無い」
「・・・」
ラプラスの言う事は尤もであったが、呼応したのは凪に対しての様だったので、其れを伝えて良いのか少し躊躇してしまった。
「どうするのだ?」
「あぁ、分かった」
「ん?」
「実は呼応したのは、娘に対しての様だったんだ」
「くく、そうか」
「あぁ・・・」
「・・・」
「・・・」
「え?」
「ん?何だ?」
「いや、だって・・・」
「くく、くくく・・・」
「・・・っ」
「貴様、さてはその件で、我が貴様の娘とやらに何かするかと思っていたな?」
「ぐっ」
「くくく、我は『ヴェーチル』になど、何の興味も無い」
「え?ヴェーチルって・・・?」
「くく、其の竜巻を発生させているのは、風の神龍ヴェーチルだ」
「・・・っ⁈」
風の神龍ヴェーチル。
ラプラスは竜巻を発生させていたのは、俺の探し求める神龍の一頭だと、告げて来たのだった。




