第229話
「・・・」
「どうした、ローズ?」
「ううん、やっぱり司は凄いわっ‼︎」
「あ、あぁ。ありがとう」
「わあ〜、見て司っ。もう、モンターニュ山脈を越えたわよ」
「そうだな・・・」
ディシプルから飛び立って1時間を過ぎ、俺達はモンターニュ山脈を越え、リエース大森林跡上空へと到達していた。
「なぁ?ローズ?」
「えっ?何、司?」
「あぁ。昨日の夜、ローズが使った魔法だけど・・・」
「私の?エアショットよ、見た事有るでしょ?」
「あぁ。いや、そうじゃなくて・・・。詠唱速度を混ぜたり、途中で取り消した奴だけど」
「あっ。・・・あれがどうかしたの?」
「どうやって、やったんだ?」
「・・・」
「ローズ?」
眼下に広がる景色へと視線を向け、固まってしまうローズ。
その小さく形の整った後頭部は、何処か気まずさを感じさせた。
「なぁ、ローズ?」
「つ、司はあんな事しなくても強いんだから、必要無いでしょ」
「いや、使えるに越した事は無いぞ」
「・・・」
(事実、ローズ達が来なければ、増援に対して決定打が用意出来なかったし)
昨晩の戦闘は、前半は雨を使い俺の有利に進めたが、増援が合流してからは、一気に膠着状態になってしまった。
彼処でローズの使った様な選択肢が有れば、また違った展開に出来たかもしれない。
「駄目よ、あんなの」
「いや、あんなのって・・・」
「あんなのよ。・・・魔流脈に掛かる負担が大き過ぎるのよ」
「え?じゃあ・・・」
「見てて」
「ん?」
そう言ってローズは自身の腕を進行方向へと向けた。
「エアショット‼︎」
「・・・っ⁈ローズ⁈」
「ほらね」
「・・・あっ」
ローズが魔法を唱えたにも拘らず、風の弾が発射される事は無く、虚しく叫び声だけが響いたのだった。
「大丈夫なのかっ⁈」
「ええ、2、3日もすれば元通り使える様になるわ」
「2、3日って・・・」
「最初はひと月近くだったから、此れでも良くなった方よ」
「・・・何で」
最初は、そして良くなったという事は、徐々に状況を改善していったという事で、何故最初に魔法を使えなくなった時に諦めなかったのか?
俺の口からはそんな疑問が漏れる様に出ていた。
「だって・・・、悔しいじゃない」
「悔しいって・・・」
「私だって、別に司に敵うなんて思っていないわ」
「・・・」
「でも、皆んなに迄、取り残されるのは我慢出来ないわ」
「ローズ・・・」
「司の背中を護るのは私でしたいんだもの・・・」
そう言って、前方を見据え唇を結んだローズ。
「・・・っ」
「・・・ローズ」
「司?」
「ありがとう。・・・でも、無理だけはするなよ」
「・・・分かったわ」
俺はローズの細い身体を抱える腕に、力を込めたのだった。
其れから2時間弱空を翔け屋敷上空に辿り着いた俺達。
屋敷の前には、何処かで見覚えのある雰囲気の人物が立っていた。
「あれは?」
「グリモワール様よ」
「え?何で?」
「ごめん、言ってなかったわね」
「あ、あぁ・・・」
そうか、そういえばグリモワールだった。
ローズからの言葉に王都の宮廷魔導士長の存在を思い出したのだった。
「おお、戻ったようじゃの」
「はい、グリモワール様。お久しぶりです」
「ほほほ、久しぶりじゃの。空からの帰宅とは、お主には驚かされてばかりじゃ」
「いえ、グリモワール様は何故・・・?」
「おお、まだローズからは話を聞いて無いか?」
「すいません、グリモワール様。バタバタしてましたので」
「ふむ、それもそうじゃな。では、儂から・・・」
「はぁ・・・」
グリモワールから告げられた用件。
其れは以前、依頼のあった颯と凪のデータ取りの為だった。
グリモワール程の人物が王都より移動するとなると、其れなりの警護が必要となる為、其の為に人員を割く事を嫌い、行軍に同行したとの事だった。
(とはいえ、そんなに子供達のデータが欲しいのか・・・)
俺はグリモワールの研究熱心さに、若干引いてしまうのだった。




