第221話
此処はディシプル港湾上空。
闇夜の色に染められたマントを纏い、俺はそろそろ頂点へと辿り着きそうな満ちた月を背にしていた。
(良し、順調だな)
視線を眼下の港へと向けると、街から領民達が闇夜に紛れ、マランの船へと乗り込んでいた。
「・・・」
乗り込みは既に8割は完了していて、後は残りの領民達の乗り込み完了と同時に出港、そして追撃の阻止に入るだけだった。
阻止の為の船は2隻。
既に出港準備は万端で、俺からの合図となる魔法の発動を待っていた。
(城周辺は警戒が高まっているな・・・)
相手方も此方の動きをある程度は掴んでいるのか、此処数日間は地方から軍を城周辺に集結させていた。
「ん?・・・良しっ」
マランの船から領民の乗り込み完了の合図を確認し、俺は瞳に魔力を流し、ディシプル軍艦を見据えた。
出港の汽笛を鳴らさず動き出したマランの船団。
先ず領民達を乗せた船が次々と出港して行き、足留め役の船は軍艦との距離を詰めて行った。
「やはり、早いな・・・」
俄かに慌ただしくなる、ディシプル軍艦の甲板上。
上空へと閃光を伴う合図を放ち、城周辺のディシプル軍にも軍人達のうねりが見えた。
「ん?来たか・・・‼︎」
ディシプル軍艦から響く長声一発。
動き出す軍艦から、今度は短い汽笛が連続で鳴り響き、砲門を開き始めた。
「おうおう、当然とはいえ、偉く気が短いじゃないか」
ディシプル軍艦甲板上に集まる十数人の軍人達。
彼等は烈火の如く、マランの船団へと怒声を浴びせ、意味があるのか武器を打ち鳴らしていた。
「・・・はぁ〜。行くかっ」
俺はディシプル軍艦から響く、高い不快音に身震いした身体を軽く叩き、軍艦の甲板上に仕掛けた罠を見据えた。
(執行人による紅蓮の裁き・・・、発動だっ‼︎)
俺が念じると共に、軍艦の甲板上に仕掛けていた魔法陣が発動し、其処から深い黒に染まった夜空に、真紅の爆炎の柱が三本立った。
「・・・っ」
「あああぁぁぁーーー‼︎」
「何だっ⁈何があったあぁぁぁ‼︎」
数分前迄の静寂が嘘の様に、静寂の月光の下響き渡るディシプル軍人達の阿鼻叫喚。
俺は其れを尻目にフォール達に合図が届いたか、確認する様に海岸の洞窟へと視線を向けた。
(良しっ、あっちも動き出したか・・・)
俺は洞窟から出て来る人影に、自身の立てた爆炎の柱が彼方に届いていた事を確認出来た。
「ん?来たか・・・」
突如として降り掛かって来た爆音に、砲門に就いていた軍人達も甲板上へと確認に出て来た。
「此方の位置は・・・、良い感じだな」
相手方の軍艦の行く手と側面に、壁になる様に位置取りをしている味方の船を見て、俺は味方の船に設置した罠へと視線を向けた。
(行けっ、焼き尽くせえぇぇぇ‼︎)
俺が念じた・・・、刹那。
味方の船の側面に魔法陣が発動し、生み出された爆炎の波がディシプル軍の艦隊を飲み込んだ。
今度は都合6門の魔法陣が詠唱された為、其の轟音に敵兵達の悲鳴は完全に飲み込まれてしまった。
「・・・」
眼下に見える軍艦だった物を見下ろす俺。
其処はまるで海が燃え盛るかの様な、一見幻想的な光景が広がっていた。
「・・・行くか」
感傷になど浸っている間は無く、俺は味方の足留め役の船が、先に行った船に合流に向かうのを確認し、次の持ち場へと夜空を翔けるのだった。




