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なにがあっても、わたしが守るわ

 俺がどう回避するように持って行こうかと考えていると――。

 突如として深森が、じいっと母親を見つめたまま、尋ねた。


「お母様でいらっしゃいますか?」

「え、ええっ」


 丁寧な言い方に驚いたようだったが、母はすぐに顔中で笑顔を作った。


「深森さんというのね? 俊介と仲良くしてあげてねぇ」


 世間話のようにそう頼む。

 途端に深森は赤い顔になり、「……はい」と掠れたような声音で呟いた。


「どうもありがとうございます」


 これまた丁寧に、深々と一礼した。





「え、えっ、なにが?」


 さすがの母親もついていけなかったのか、きょとんとして訊き返している。もちろん俺は助け船を出そうとしているのだが、とにかく深森が当然のような顔で話を進めるので、タイミングが掴めなかった。


 しかも、今「なにが?」と訊かれたことに対しても、「片岡君を生んでくださって……それに、お付き合いを認めてくださって」と感動した顔で言うのだな。

 もちろん、本人は大真面目なのである。


 一瞬、きょとんとした表情を見せた母は、なぜか痛く感動したらしく、頬に片手を当て、「まあまあっ」と感嘆の声を上げた後、深森に続けて話しかけようとした。


 これはいかん、どう考えても長話のサインである。


 しかも、下手すると食事から始まって、風呂まで入っていけと言い出す可能性もある。もはやタイミングなど窺っている場合ではなく、俺は慌てて深森に声をかけた。


「ごめん、ちょうど相談があったんだ。ちょっと外へ出ない?」

「……いいわ」


 深森が素直に頷くや否や、俺は問答無用で彼女の腕を取り、そのままエレベーターホールの方へ早足で移動した。

 悪いけど、ここまでだ!


「なによう、上がってもらいなさいよっ。もうすぐ夕食でしょ!」

「いや、今度ね、また今度っ」


 俺はエレベーターのボタンを連打し、母親の追及を断固かわした。






 エレベーターケージの中で深森に「いや、しつこくて悪かったな」と母の代わりに謝ったが、深森は満更でもない顔で首を振った。


「素敵なお母様ね」

「……そうかな」


 俺は肩をすくめ、この話題を打ち切る。

 だいたい、そんな場合じゃないしな。


「本当は予定になかったけど、考えてみりゃ深森が来てくれたのは、よい兆候かもしれない。相談というか、本当に手伝ってほしいことがあったんだ」

「……なんでも言って」


 エレベーターが開く前に、深森は微笑して俺を見た。


「相談してくれて、嬉しいわ」






 深森の笑顔に感動したので、俺は本当にあのボールペン女のことを話し、協力を要請することにした。

 近所の公園でベンチに座り、タイムリープのことは一切話さず、例の謎の制服少女のことを説明した。と言っても、俺だってあの子について知ってることと言えば、「やたらときっつい女で、俺が何かとんでもない秘密を知っていると疑ってそうな口ぶりだった」だけ、話してやる。


 深森は、なぜか記憶を持ち越していることを隠したいようなので、俺としても、なんでその子が今日も来るとわかるのか、説明し難い。


 やむなく、「今日から毎日見張ることにしたんで」とだけ述べた。


 意外だったのは、ボールペン女事件のあやふやな事情を説明するうちに、深森の顔がどんどん真剣になり、少々緊張までしているように見えだしたことだ。


 気になった俺が尋ねる前に、向こうが呟いた。


「片岡君が忘れていることについて、嗅ぎつけたのかしら?」

「俺が忘れている? そういや、『思い出した?』って前にも訊いたよな。そんな凄いことを忘れているのか、俺」


「ええ……でも、今となっては思い出さない方がいいと思うけど」


 深森は俺から目を逸らし、首を振る。

 質問されそうな気配を読んで、あらかじめ機先を制したようだ。

 そんなこと言われたら、余計に気になるじゃないか!


「行きましょう、片岡君」


 先にベンチを立った深森が、俺に手を差し出した。


「なにがあっても、わたしが守るわ」


 ……まるで、これから始める張り込みのことじゃなく、もっと先のことをほのめかしたように聞こえる。


 深森は、夕日をバックに神秘的な表情で俺を見つめ、どこか寂しそうに微笑んでいた。



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