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反野一族物語シリーズ  作者: ヒコーキガエル
6/7

アオイチ・ラストティーン_1

反野一族物語シリーズ連載から4年。

物語では10年後。

滅びた本家に替わって分家の物語が始まりを告げる。

 これは、僕の反省の物語だ。

 起こってしまったこと。怒ってしまったこと。

 それを反省するための物語だ。



 私(尋島青市)が13歳の時、母さんと二人で暮らす家にあいつはやって来た。

 祝島ほぐしまくれ(くれは土へんに会)。同じ13歳で、男の子。

 「気を悪くしないでほしいけど、まさか祝島一派がまだいたなんて思わなかった」

 反野一族分家の中では最も早く没落した一派だと聞いていた。

 「私も附子島一派から聞いた時は嘘だろって思ったよ。でも迎えに行ったら本当にいるんだもん。殺しの手も鮮やかなこと。このまま祝島を取り潰すのもどうかってなって、私が預かることになったわけ」

 私の母、尋島藍は夕飯の準備をしながら淡々と話した。母さんはお人好しとか偽善とかを嫌うので、預かることに他意はなく、ただ単に殺人鬼の駒を育てたいだけのようだ。

 「くれ唯くん、カーペットに直じゃなくて座布団に座ったら?」

 母さんに促されて、彼は気まずそうにこっちを見た。

 「居候だし、ぼくはその……全然、こういう扱いの方が落ち着くんです」

 「はぁ~~~~~~~~!?」

 母さんが包丁の手を止めて彼ににじり寄った。

 「あのね、あなたが居候なのはその通りだから否定しないけど、卑下するつもりは毛頭ないから。いきなり家族になれ! ってのは無理だけど、あなただけ奴隷のように扱ったりはしないから。ショウイチと同じように扱うつもりなんだから。そうやって卑屈にならないで、普通に振舞うこと。いい?」

 「は、はあ」

 「返事ははい」

 「はい……」

 彼の佇まいといい言動といい、彼が今までどうやって育ってきたのか、当時の私にだって想像に難くなかった。

 「この緑の使って」

 座布団を渡してやると、彼はおどおどしつつも受け取って、

 「ありがとう」

 と消え入りそうな声で、しかし表情は嬉しそうに言った。



 反野一族とは、古代、神の手によって下界に降ろされた者たちのことである。彼らは悪を絶つため殺人を生業として世間を制し、平らな和のために奮闘した。しかし時代の変化によって世は殺人を嫌うようになり、反野一族は迫害を逃れ人里離れた奥地で静かに暮らすようになった。だが、奥地に潜もうと古来より続く殺人欲が消えることはなく、一般人に扮しつつ暗殺業で己の殺人欲を殺していた。そのようにして反野一族本家はギリギリの状態で生きながらえていたが、最終的には限界が訪れ、少女の叫びと共に本家は滅んだ。

 滅んでしまった反野一族本家だが、実は五つの分家が今も残っている。

 異端の極み、端島一派はししまいっぱ

 黄昏時に尋ね問う、尋島一派ひろしまいっぱ。私や母さんも尋島一派。

 永く生きて語り継ぐ、附子島一派ふししまいっぱ

 取り囲み逃がさない、蛇島一派へみしまいっぱ

 まつりだ、祝えよ、祝島一派ほぐしまいっぱ。くれ唯はこの一派。

 反野一族本家は私が3歳の時に滅んでいるので、現在の時系列だと10年前に滅んだということになる。分家は、本家から追い出された・あるいは自分から出ていった人たちのことを指しており、本来は互いに敵対し合う関係であったが、時間の経過や世代交代、本家の破滅を経て、今は協力関係である(冷戦状態ともいう)。ちなみに端島・尋島・附子島・蛇島・祝島という順番は本家から追い出された、あるいは出ていった順番でもある。




 「ただいま」

 「おかえり」

 彼と共に住むようになってあっという間に一年が経っていた。くれ唯は最初こそ私と一緒に同じ中学校に通っていたが、気の弱い彼はいじめられ、そのうち学校に行かなくなった。私はちょっとだけ「ズルいな」と思いつつも大部分では「(どうやろうとその人の人生なので)どうでもいい」と思い特に突っ込まず、母さんも最初こそは悩んでいたものの、「通信教育さえやってればいっか」にシフトしたらしく、ノータッチである。まあ母さんの場合は殺人鬼の駒育成だけを目標にしてるので、必要最低限の知識ぐらいでいいでしょ的な感覚だと思う。事実、どんだけ学校をサボっていようが、週1の鍛錬は相手が私だろうとくれ唯だろうと容赦ない。

 「母さんは?」

 「一人取り逃がしてまだ帰れないって」

 「えぇー……」

 「アオちゃんの誕生日なのにね」

 「…………」

 カレンダーには大きく「青市誕生日!」と書かれている。私は今日で14歳。いつも海外を飛び回っているけど、せめて今日ぐらいは帰ってきてほしかった。

 「あの、ケーキ、食べる?」

 「え? あるの?」

 「買ってきた」

 「あんたが!?」

 「そんなに驚く?」

 「驚くよ! 鍛錬以外じゃ出かけないのに! マジで言ってるの?」

 「マジだって」

 お皿に乗ってホールのショートケーキが運ばれてきた。

 「えええええっ」

 「アオちゃん、14歳、おめでとう」

 「あ、ありがと。ホールって……そんなお金どこにあったの」

 「出かけないからお小遣い貯まってく一方」

 「後で母さんに建て替えてもらいなよ。安くないじゃん」

 「いいよ」

 サプライズに驚きつつもショートケーキを口に運んだ。すっごく美味しかった。

 「私にお兄ちゃんがいたらこうだったのかなって思った」

 「アオちゃんの方が年上でしょ、2か月ぐらい」

 「そうだけどさあ。嬉しいよ、ありがと、くれ唯」


 彼の恥ずかしそうに笑う顔を今も覚えている。

 忘れたくて仕方がないのに、脳裏に焼き付いている。


 その晩、洗い物をしているくれ唯。宅配ピザでお腹いっぱいになって寝ている青市。生ゴミを捨てるために開けたゴミ箱。ケーキ屋の箱は目の覚めるような赤。その赤色が染み出して他のゴミに染みていく。くれ唯は「あらら」と言って、そのゴミ袋を強く封する。遠くでパトカーのサイレンが鳴り響いている。寝ている青市は気づかない。テレビではこの近くで起きた殺人事件を報道している。ケーキ屋の店員や客全員が見るも無残な姿で殺されているのがつい先ほど見つかったと。くれ唯は表情一つ変えずテレビを消す。

 「ふわぁ」

 その後ろで眠っていた青市が起き上がる。

 「私、寝ちゃってた」

 「よく寝てたから起こすの可哀想かなって」

 くれ唯は変わらず微笑む。青市は気づかない、封をされたゴミ箱の中に血に濡れたケーキ屋の箱があることなど。くれ唯がどうやってホールのショートケーキを手に入れたのかを。



 私とくれ唯は15歳になった。13歳の頃は私の方が高かった身長も、すっかりくれ唯に抜かされてしまった。私は高校受験のため夏休み中は友達と図書館に入り浸り、たまに母さんの殺人業の相棒を担った。くれ唯はこの頃特に身体を鍛えるようになって、体格がもりもり大きくなった。引きこもるのをやめてランニングや筋トレをしていた。

 「ただい……、あれ、アオちゃん帰ってるの?」

 先に帰っていた私はリビングでテーブルに突っ伏していた。

 「おがえり」

 顔を上げてそう言うとくれ唯はぎょっとした。

 「なにその鼻水と涙。汚いよ。テーブルについてるし。何があったの」

 「一緒の高校行こうって言われた人いてさ、それでもし合格したら付き合おうって言われてさ」

 「アオちゃんそれ告白じゃん? なんて言ったの」

 「断りたくないけどさ、断った。恋愛沙汰で本家滅んだようなもんだし、無関係の人巻き込みたくなくて。でもさ、もし私が尋島青市じゃなかったら付き合えてたのかなとか思うとさ。ああもうごめん、普段絶対こんなこと考えないのに。何なんだろう私も繁殖期ってやつ?」

 「思春期ね」

 「自分もさ、こういう人並みの感覚持ってんの信じられないし、信じたくないし、心底めんどくさいし、今自分すごくめんどくさいし。恋愛感情なんていらないのにさ、殺人願望あるかわりに恋愛願望捨てられたりしないのかな。ああもうクソだ。ごめん、私らしくない」

 「いいよ」

 「さっさと泣いてさっさとスッキリさせるから。その人さ、ずっと委員会一緒でいいやつでさ、あー、だめだなほんとに。自分がめんどいよ」

 「気の済むまで泣けばいいって」

 「くれ唯のくせに優じぃぃ」

 私はそれからしばらく泣いて、母さんが帰る頃にはいつも通りに過ごしていた。

 くれ唯もいつも通りだって、思ってた。

 思ってたんだ。




 夜中に目が覚めて、喉が渇いて台所で水を飲んでいた。

 ガチャガチャ。

 玄関で音がした。

 酔っ払いかな? って思ったらドアが開く音がした。

 母さんは確かに8時に帰ってきた。くれ唯は私より早く寝てた。

 「……だっ、誰……?」

 商売道具のサバイバルナイフは自室だった。ぬかった。常日頃から持ち歩けって母さんに言われてるのに。とりあえず包丁を持って、玄関の方へ向かった。

 「あれ、アオちゃん?」

 「あ、あんた何してんの夜中に」

 音の正体は寝たと思っていたくれ唯だった。

 「トレーニングは朝にしなよ、成長期でしょ」

 「もう伸びるとこないよ」

 「電気付けなよ、暗いじゃん」

 私がぱち、と電気をつけると、くれ唯の衣服が濡れていることに気づいた。

 それも雨ではなく、血の色に。

 「ペンキ被ったの?」

 「あ、これは……」

 「野犬相手? にしては多い気もするけど。なに殺人衝動抑えられなかった?」

 「……抑えられなかったって言うよりは」

 「ちゃんと処理した?」

 「……怒らないの?」

 「一般相手は厳禁だけど抑えられないことがあるのもわかるから。母さんには黙っておく。服洗ってきなよ」

 「……あのさ」

 「うん?」

 「褒めてほしいって言ったら気持ち悪い?」

 「はあ? 寝ぼけてんの? くれ唯くんえらいえらい。これでいい?」

 「……うん」




 次の朝、私は告白してきたあの人の訃報をニュース番組で知った。

 あいつを見ると照れくさそうな顔しやがるから力の限りぶっ飛ばした。

 「アオちゃんをあんな気持ちにさせたあいつが悪いと思ったんだ、ぼくは!」

 「じゃあ殺すっててめえどんな神経してんだてめえが死ね今すぐ死ね何度でも死ね」

 母さんが止めに入ったせいでくれ唯は生き残って、私にはやり場のない気持ちが残った。

 母さんは私を何度もなだめて、あいつには何度も諭したようだけど、割れた花瓶が元に戻ることはなかった。


 「くれ唯は附子島一派に預けることになったから」

 「殺さないの?」

 「あんなんでも祝島一派の生き残りだから殺さないわよ。ショウイチ、あなたもいい加減割り切って。気持ちもわかるけどそういう世界で生きてること自覚して。あんたが殺した誰かも誰かの愛する人なんだから」

 ナイフを掴もうとした手が即座に踏んづけられる。

 「くれ唯は附子島一派に渡す。私たちは前と同じく二人暮らしに戻る。いいね?」

 「……はい」

 涙に色があったなら、その時の私の涙は絶対に真っ赤だったと思う。




 最後の晩餐。

 当然会話はない。焼き魚と味噌汁とご飯を食べる音だけが響いている。

 ガタン!

 突然、母さんが倒れた。問いかけにも反応しない。

 「寝てるだけ」

 「あんたがやったの!?」

 「睡眠薬入れただけ。死なないよ」

 「なんなのあんた……、私の大切な人をどんどん殺すつもり?」

 「殺さないよ。取引しよう。今アオちゃんが飲んだ味噌汁には麻痺系の薬物が入ってる。あ、ちゃんと呼吸はできるから。それで、藍さんは睡眠薬。明日の朝には起きるから、その時『ぼくと仲直りした、ぼくが出ていかなくても大丈夫、一緒に暮らそう』って言ってほしい。それだけ」

 「は……? あんたそれ、脅しのつもり?」

 「取引だってば。こんなに居心地のいい家から出たくない」

 「ここは最初から今までお前の家じゃねえよ」

 「そういうこと言ってると、ぼくもこうしなきゃいけない」

 母さんの首元に錆びた何かが押し付けられた。

 「何それ」

 「昔住んでた家の鍵」

 「ひどく錆びてるし……なんでまたそんな鍵を……」

 「だって、普通絶対人体に刺さらないものが刺さった方が痛いじゃん?」

 「えっ? はっ?」

 その鍵で殺人をしてきたって? その錆が血錆だって?

 「みんな最初はびっくりするんだ、自分に刺さるわけないものが刺さってるから」

 鍵が物凄い速さで振り上げられる。

 「か―――」

 叫んでいては間に合わない。

 カランカランカラン。

 床にたたきつけられた鍵が回転する音。

 「はーっ、はーっ、はーっ」

 「やっぱりちょっと薬物足りなかったかな。でも動けるとは思わなかったよ」

 「私は尋島一派最強の女の娘、次期棟梁になる青市様だ」

 口ではそんなことを言ってのけるが、正直身体はズタズタだった。無理な駆動をしたので足の健をやってしまっている気がする。これ麻酔? が切れたらすんごい痛くなるやつ。

 「えいっ」

 ドッ。

 くれ唯の蹴りが顎に入った。ストレートな脳震盪狙い。

 「ぐぅっ……うぅっ」

 やっとのことで顔を上げるが、身体が動かない。

 「初めて見た、アオちゃんの血。本当に青いんだね?」

 私の鼻と口からだらだら流れる血は真っ青だった。

 母さんは、「昔の本家は血が青かったから、あなたは先祖返りしたのね」とよく私の青い血を羨ましがっていた。反野一族発足当時はみな血が青かったらしいが、他と交わるうちに赤い血に塗り替えられてしまったという。とても誇らしいことらしいけど、いざ人前で出血したら大騒ぎになってしまうので私は今まで一度も体育の授業を受けたことがない。

 余談はここまでにして、窮地である。

 「私怨で人殺しをするやつが殺人業をやっていけるわけがないんだ」

 「お、何、強がり? それとも煽り?」

 「どうせ祝島一派はふざけて殺してお前以外死んだんだろ」

 メキ。

 首元に鍵が押し付けられた。

 「エリート一派に生まれてよかった? 私は殺しのエリートの母を持つから幸せ? 一般人に紛れて恋に勉強に殺しに大忙し?」

 「そんなこと言ってない」

 「ぼくが藍さんに拾われる12年間と同じことをしてあげたいよ。ぼくは優しいからそんなことしないけど。でもアオちゃんが同じ目に遭ってどんな顔をするのか見てみたい。ぼくだけに見せてほしい」

 「一つ屋根の下2年間も住んでたのか、こんな変態と」

 「歯が立たないほど強い変態ぼくと?」

 「いいや、こんなに救いようのないド変態クズと」



 争いは同じレベルの者同士でしか発生しないという。

 つまりこれは、私が彼の宣戦布告に応えてしまえば、私自身もこのド変態と同レベルに墜ちるということを意味する。

 だけど、それが何だって言うんだ。同レベルに墜ちるのを嫌がるプライドなんていらない。

 そもそも人殺しの一家に生まれて人殺ししまくってる時点で地獄行きだし。

 だから私はあえて彼に怒ろう。あえて事を起こそう。

 取り返しのつかないほど、修復が不可能なほど。



 これが後に僕の大いなる反省になる。

 起こってしまったこと。怒ってしまったこと。

 あの時はベストだと選んだ選択肢が、後になって壁として立ちはだかる。

 でも15歳の僕はこう言うだろう。「ああするしかなかった」って。

 だから19歳の僕は「じゃあしょうがねえな」って返すんだ。

 過去の僕がやらかした過ちを、今の僕が償ってやるんだ。




 尋島青市は祝島くれ唯との死闘を繰り広げ、くれ唯を半殺しにするもののあと一歩で逃げられてしまう。その後附子島一派と協力して彼の行方を追うが、ついに見つからなかった。

 このご時世で完全な行方不明は考えづらく、第三者が匿ったりしているのでは? との意見も出た

が、真相は闇の中だ。


 16歳になった青市は都内の高校へ通うことになるが、新たな敵対者が現れる。

 アオイチラストティーン、現在も継続中。続きを待て。

アオイチ10代の物語です。

私が「僕」になるまで。

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