毎夏の行事
僕の住んでいる地域にある遊園地。そこはすでに廃園になっている。相次ぐ事故とよくない噂によってこれ以上の経営はよろしくないと捨てられてしまったのだ。
解体する費用をケチったみたいでいまだにその姿を残している。だがそのおかげで今では格好の心霊スポットになっている。錆びついて不気味なアトラクションたちや近くに霊園があることがその価値をさらに高めているのだろう。
中でも評判なのは観覧車。もう動くことのない観覧車の中から声が聞こえるという話だ。
つい先日も高校の先輩が彼女を連れて肝試しに行ったら、その声を聞いたらしい。子供の声が助けを求めたと言うのだ。青ざめた先輩の顔は本当に怯えていた。先輩はなるべくその恐怖を多くの人に伝えたいみたいで学校中の人たちに話して回っていた。
夏の学校には丁度いい話題だ。前々からあった噂ではあるが体験した人が同じ高校にいると怖いとか怖くないとか関係なく面白い。
しかし、この噂は廃園になった当時にはなかったものだ。
元々の噂は錆びついた観覧車が不気味な音をたてながら動くというものだった。
小学五年生の夏。その少し後にその新しい噂が広まった。
僕はその声の主を知っている。小学校の頃の同級生、山澤君だ。
僕たちは小学五年生の夏休みにあの遊園地に行った。だから噂は新しくなった。僕たちが新しい都市伝説を作ったんだ。
そろそろ夏だし彼に会いに行ってもいいかもしれない。あの時から僕は毎年、夏のどこかで無人の遊園地に行くことにしている。
学校の帰りに花を買って遊園地へ行くことに決めた。今年はどんな花にしようか。それを考えるのもなかなか楽しい。放課後まではまだしばらくあるからゆっくり考えよう。
学校から遊園地までの道のりは案外遠い。住宅街がなくなってからもしばらく歩いたのちに大きな霊園を通り抜ける必要がある。夏の暑さのせいか余計に長く歩いている錯覚を覚える。
大小さまざまな墓石と所々に見えるカラスの姿がいい味を出している。空を染める夕日もこれから廃園となった遊園地に行こうとする僕の気持ちを煽ってくる。
そういえば、ここの霊園も怖い噂があってもいいはずなのに全くと言ってもいいほど無い。幽霊も遊園地に集まるのだろうか。
やっと着いた遊園地のゲートは思っているほど汚くない。
管理人さんが今でも掃除をしているのだろうか。でも管理人さんの目を掻い潜って遊園地に入り込む人がいる。それだけ人気がある心霊スポットなのだ。
門を通り抜けると名前の思い出せないマスコットキャラクターの大きなイラストが僕を出迎える。まだ経営が続いていた時はここで記念撮影する人が後を絶えなかったが、怪奇現象の目撃情報がないこの入り口で集合写真を撮る人は少なくなってしまった。僕もここには全く興味がないので立ち止まることもしなかった。
遊園地の中は時間が止まったように幻想的だ。ここで鬼ごっこをしたら楽しいと思う。終わったときに人数が違っているなんてことがあるかもしれない。
途中でミラーハウスやジェットコースターが目を引く。山澤君の事を知っている僕はあれらもそのうち動き出すんじゃないかと思っている。あのアトラクションたちにも何かしらの噂があったが僕には関係ないことだった。僕が覚えているのは観覧車だけ。
観覧車の前に着くと汚い空き缶に入れられたカサカサな花が転がっていた。これは僕が前回山澤君を訪ねたときに持ってきたものだ。
「まだ残ってたんだ」
それは意外なことだった。肝試しに来た人たちが面白がって持って行ってしまうと思ったからだ。去年は花は千切られ缶は踏みつぶされていた。
持ってきた花を空き缶に移し替えてペットボトルの水を中に注ぐ。こんなことを毎年行っているのは罪悪感からだろうか。
前を向くと錆びて一部が茶色くなった観覧車が回っている。
あの時もそうだった。僕が山澤君を置いてきた日も。
だから、彼は乗っちゃった。怖いものとか不思議なものが好きだから。
僕は止めるつもりが無かったし、実際に止めなかった。山澤君はいつも自分勝手で、その時も肝試しに行きたくないと言っていた僕を無理やり連れてきていた。
少しぐらい怖い思いをすればいいと思った僕は意気揚々と乗り込む山澤君を無言で見送ったし、今も間違ったことをしたとは思っていない。正直に言って彼の事は好きじゃない。
彼が乗ったのは比較的錆びの少ない水色のゴンドラだ。もうすぐ下まで来る。近づいて目を凝らせば見えてくる、あの時と変わらない山澤君の泣き顔。
『たすけて。だして。たすけて。だして』
彼の震える声に、同じことしか言えないのかとうんざりする。少しは自分で脱出する努力をしたらどうなのだろう。どうせ出てきてももう死んでるけど。
再び上がっていき声は小さくなっていく。
「うん。花も替えたし帰るか」
観覧車を背にする。ここ来るのはまた今度、次の夏が来た時だ。
その時、蝶番の軋む音。観覧車のゴンドラが開いたみたいだ。
「なんだ。やればできるじゃない」
汗と尿、それに腐った肉が混ざったみたいな臭いが辺りを漂う。鼻がねじ切れそうだ。どんどん僕に近づいてきているのが分かる。
酷い臭いに我慢しながら振り返る。そこに立っていたのは多分山澤君だ。顔がボロボロで汚いけれど、服は同じのを着ていたから何となくわかる。
「久しぶり、山澤君」
山澤君はもう目と鼻の先だ。数分見つめ合った。目が染みる。
「でも、そんな姿じゃ帰ってもみんなに怖がられちゃうよ」
僕は山澤君の汚い胸ぐらを掴んで押し返す。彼は抵抗しないで少しずつ後退る。服から垢が落ちるのが見えて不快な気分になる。手の汚れが気になるがこればかりはしょうがない。観覧車の前まで押し戻したくらいで山澤君が出てきて開きっぱなしのゴンドラが戻ってくる。何かぶつくさ言ってる。恐らく帰りたいとかそんな事だろう。
「また来年来るから我慢しててね」
肩を軽く押すと山澤君は頭からゴンドラの内部に倒れる。大きな音が響き渡りとてもすっきりする。
扉を閉めて外からロックをかけて上に登っていく山澤君を見送るとやり遂げた感じがしていいことをした気になった。
しかし出てくることを覚えてしまったか。来年からはさらに面倒くさくなりそうだ。
その時、僕は報告しなきゃいけないことがあったのを思い出した。
山澤君を乗せたゴンドラに向かって、大声を出すため深く息を吸い込む。彼の残り香で咽そうになるのを我慢して腹の底から声を押し出す。
「山澤君! 言いたいことがあったんだ! 由利っているだろ! 君の妹だよ! 僕たち付き合うことになったんだ! 今度来るときは連れてくるよ! 嬉しいだろ! 彼女も君の立派な姿を見たら喜んでくれるよ!」
広い遊園地に僕の声だけが響く。観覧車はいつの間にか動きを止めている。吐きそうな臭いも残っていない。
「ちゃんと聞こえたかな」
明日学校に行ったら声が聞こえたって言ってやろう。そうしたら怖いもの見たさで来る人がもっと増えるはずだ。山澤君もお客さんがいっぱいいた方が嬉しいだろう。
花を置いた近くにあるペットボトル。そこに残った水で山澤君に触れた手を濯ぎ僕は観覧車をあとにする。
観覧車から少し離れた場所に供えた日々草が水滴でキラキラと光っている。
落ちかけている夕日の橙色と日々草の濃いピンク色が暗い雰囲気の遊園地にいいアクセントを加えている。これなら山澤君も喜んでくれるだろう。
来年の山澤君と由利の表情を想像する。
いつもよりも絶対にこの行事が楽しくなるような気がした。