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お久しぶりの方しかいません。お久しぶりです。
「ではまず、不躾ながらお願いしても良いでしょうか?」
「お願い、ですか?」
俯いていたディーネは顔を上げてイヴァンスを見る。ちなみに、既にお互いの手は離している。
「先程の質問の通り私はここに来るのは初めてで。勿論ディーネさんのご都合がよろしければの話ですが、案内をお願いしたいのです」
「わ、私で良ければ!」
イヴァンスのお願いにディーネはぶんぶんと首を縦に振り了承する。余程の事がない限り断る事の出来ないお願いなのは、イヴァンスも理解しているのかいないのか…。
「ありがとうございます。では早速ですが第一訓練所に案内して貰っても良いですか?」
「はいっ。ここから大体数分ぐらいの距離です!」
ディーネが先導する形で進むとイヴァンスがその隣を歩く。ディーネは極力顔に出さないよう頑張っているのだろうが、緊張しているのは見れば誰でも分かる様子だ。
「そういえばディーネさんは見た所二課生のようですが、今は何を教わっているのですか?」
イヴァンスは緊張を解すためにかディーネへと話しかけた。
「さ、最近の授業は特殊訓練所を利用しての仮想実戦が多いです」
「特殊訓練所…。もしかして竜と戦えるというものですか?」
「あっ、失礼しました!そうです。これまでの竜との実戦データを使って仮想的に竜を実現させて、その竜と戦える施設が特殊訓練所なんです。先生方いわく実戦とは程遠いですが竜に慣れるための施設といった意味合いが強いらしいです」
「そうですか」
イヴァンスは何かを思い出すかのようにしながら頷く。恐らく昨日の試験の事だろう。
仮想空間故に実戦程の威圧感は確かに無いが、人間よりも遥かに大きい図体はそれだけでかなりの迫力はあり、その上で動くのだから訓練としては最高峰のものになる。仮想空間内では死ぬことはないとはいえ、一撃でもまともに貰えば文字通り死ぬほどの痛みがあるのだから。
「ちなみにディーネさんは実物、竜と実際に会ったことはありますか?」
「い、いえ。遠くで見たことはあるのですが、お恥ずかしながら会ったことは無いです。こんな事を言うのは失礼かもしれませんが、特殊訓練所で初めて竜を見た時は仮想的存在だというのに思わず尻込みしてしまいました」
ディーネは失態を晒すかのように落ち込んで話す。そんなディーネにイヴァンスは慰める様にこう答える。
「ディーネさん。まず、初めて竜に会う事。それは恥ずかしい事ではなく誇るべきことなのです。このご時世竜の襲撃は絶えません。しかし、その状況で初めて見るということは誰かがそれを阻止しているという事。その誰かというのは貴方が目指している人達でしょう?ならばそれを誇りに思わずどうするのですか。次に尻込みした、という事は恐怖心を抱いたという事。それは生きたいと願う人間ならば抱いて当然の事なのです。勿論そのまま恐怖に負けて動かずにいたら死んでしまうでしょうが、だからこそ生きたいと決意しどうするかと考えるのです。生を求めるのは悪ではなく、死こそが悪なのです。恐怖は無くすものではなく飼いならすもの。そうすれば貴方の中で最も重要で強力な力となるでしょう」
「…はい、そうですね」
「偉そうに言いましたが私はハンターに成り立てですし、内容は受け売りですけどね」
重くなった空気を和ませる為か、イヴァンスは笑顔で最後にそう付け加えた。
「いえそんな。とてもためになりました、ありがとうございます」
ディーネは立ち止まりイヴァンスに礼をする。
「そう言っていただければ幸いです」
イヴァンスも同じく礼をする。傍から見ればお互いに礼をしていて、何をしているか全くの不明な行動だ。そしてそれを二人共が思ったのだろう。どちらもクスクスと笑みが溢れていた。ディーネの方はそれに気付くと戒めていたが。
「え、っと。じゃあ案内を再開しますねっ」
顔を上げて再び歩き始めたディーネとその隣を歩くイヴァンス。…ディーネからは最初と違い緊張している様子は感じなかった。
***
そして同時刻。イヴァンスとディーネが歩いているのを遠くから目撃した人物が居た。
「にゃふふ、これは大事件。ディーが見知らぬ男と二人で歩いているなんてあいつが見たらどうなるか。早速連絡するにゃ!」
その目撃者は頭の上にある特徴的な茶色の耳と、お尻から伸びている尻尾を持つ猫の獣人で二課生の制服を着ていた。
笑みを浮かべながら連絡する相手は一体誰なのか。それをあの二人が知るのは少し先の事である。
***
それから数分後。目的地である訓練所に近付くに連れ人の声が聞こえ始めてくる。
イヴァンス達が向かっている方向には闘技場とでも言うような周囲を壁に囲まれた楕円形の建物がある。大きさはかなりのもので実にクレセールの三分の一が訓練所という程。
「あそこに見える大きな建物が訓練所です。見た目は大きいですが中は第一訓練所、第二訓練所、特殊訓練所と分かれていますのでそこまで大きいと感じる事は少ないと思います」
「なるほど。ちなみに中に入ることは出来ますかね?出来れば中も見たいのですが」
「でしたらそのまま入ることが出来ますよ」
そう言ってディーネが入り口まで案内する。入り口である石造りの門を過ぎると左右に扉が用意されていて、正面には小さな庭園が見える。
「左右の扉は男女別の更衣室になっています。シャワー室も用意されているので良く訓練終わりに使われていますね」
「それは良い設備ですね。汗をかいたままでは気持ち悪いですから」
そのまま二人は正面の庭園へと向かう。庭園はよく手入れされているようで色とりどりの花が二人を迎えた。庭園は十字路になっており、近くに道案内を見ると左から第二、第一、特殊訓練所への道となっているようだ。
「クレセールはいたるところに花が植えてあるのですね」
「花を見たり匂いを嗅いだりしてリラックスしましょう、って事で多く植えられているそうです。アロマセラピーと言われていますけど、実際に訓練終わりとかに綺麗な花を見て癒やされていますから、効果は絶大だと思います」
ディーネの感想も確かで、匂いも良く色とりどりの花を見ていると訓練後で疲弊した時や、ささくれた心を癒やしてくれそうだ。
「ここからはどうしますか?順番に第一訓練所から見ていきますか?」
「そうしましょうか」
ディーネの意見に同意し二人は十字路を真っ直ぐ進む。少し進むと急に視界が広がり、大きな広場が二人を迎えた。壁はあるものの芝生が敷き詰められて空が見えるそこは窮屈な感じはしない。その広場では十数人程度のタレントと思わしき者達が訓練に励んでいた。
「第一訓練所は見ての通り大きな広場となっていまして、その広さをいかした訓練が主になっています。後は課生集会の時にも利用されたりしていますね」
「これはこれは。なかなか良い訓練所ですね。…あれは。ハンターの方も居るのですね」
「はい。個人的にタレントの誰かを師事していたり、タレントの育成に熱意あるハンターの方が来てくれています」
ハンターから師事を受けている者もいれば、離れて数人でやっている者も居る。その辺りは個人の自由だろう。
それから暫く訓練中のタレントを見たり広場の観察をして、イヴァンスとディーネの二人は第一訓練所を出た。
「では次は第二訓練所をお願いします」
「分かりました」
最初の庭園へと戻り、第二訓練所へと向かう二人。その道すがらディーネが第二訓練所について説明をする。
「続きまして第二訓練所は個室の訓練所となっています。入り口は小さいですが、中に耐久性に優れた仮想空間が用意されてますので第一訓練所ではし辛い訓練が行われています。魔法とかがそうですね。後個室なので数に限りがあって一応予約も出来ますが基本的に先着順です。ですがこの時間に満室という事は無いと思います」
話をしていると第二訓練所の入り口が見えた。窓口らしきもの場所とそこから螺旋状に伸びる階段。第二訓練所は円形の作りで、途中途中でフロアと扉が用意されている。一階から五階まであり一階ごとに八つ扉があり合計四十五部屋存在する。吹き抜けになっているので下から五階まで見上げることが出来、数人のタレントが吹き抜けを利用して会話しているのも見える。
「第二訓練所は窓口で入室の手続きをしないといけません。自分の年度と名前を書くだけの簡単なものですけど、ヴァンさんの場合は窓口の人に印章を見せれば大丈夫です」
「ここの個室の様子を見る事は可能なのでしょうか?」
「窓口の裏手が待機所になってましてそこで全個室の様子が見れますよ」
「それは良かった。早速見に行きましょう」
二人は受付の人へと会釈しながら待機所に向かう。そこには誰も座っていない長椅子が用意されていて、窓口の壁には映像が映し出されていた。今の映像は数人の男女が魔法の練習をしている場面で、映像の下には階層と部屋を示す3-4が表示されている。少しすると別の映像に変わり下には4-1と表示されている。
「待機所では階層順に使用されている個室が一定時間ごとに切り替わって見れます。個室の前にも映像は用意されているので、特定の人物のを見たい場合は個室の前に行くことが多いですね」
「では少しここで休みつつ映像を眺める事にしましょうか」
「分かりました」
二人は長椅子に座り映像を暫く見て、使用されている個室を二週した辺りでイヴァンスがディーネへと話しかけた。
「今更ながら一番最初に聞いておくべき事を忘れていました。ディーネさんはこんな時間に何をしにクレセールへ?」
こうして案内を始めて時間が過ぎているが、まだクレセールの授業が開始される時間には遠い。ディーネは少し迷った後イヴァンスへと告げる。
「最近実技で失敗続きでその克服をしようと思って訓練してまして。あ、でも別に急ぎの用件じゃないので!だからこそ案内役を受けましたし」
「そうですか。でしたら良かったらその失敗を教えて貰えますか?私に力になれることでしたらお手伝いしますよ」
「いえいえいえいえいえ!!ヴァンさんにお手伝いしてもらうような事じゃないですから!」
手を振り首を振り全身を使って遠慮するディーネ。イヴァンスはそれを笑みを浮かべて見ている。
「そんなに遠慮しないで下さい。私はまだ新米のハンターですがディーネさんよりか経験はあります。経験者の力を借りるのは良い訓練だと思いませんか?それに今回の案内のお礼という事で私が出来る事をしたいだけですから。無理強いはしませんが、私に出来る他のお礼ですとお金とかになりますし…」
そもそもお礼がいらないという事なのだが、イヴァンスは完全にお礼を返す気でいる。
「わ、分かりました。ではその、助言をお願いしても良いでしょうか?」
ディーネもそれが分かったのか意を決して訓練の手伝いをお願いすることにしたようだ。
「ええ、任せて下さい」
イヴァンスは力強く頷く。そしてディーネは助言を貰うべく話し始めた。
「私潜在魔力は高いのですが、魔法に注ぐ魔力の調整が下手でよく暴発してしまって、魔法の効果範囲が大きくなったりしてチームメンバーに迷惑をかけてしまっているんです。なので魔法の練習をという感じです」
「魔力調整ですか。…一度見てみた方が早そうですね。ちょうどいいですし、第二訓練所を借りるとしますか」
「えぇ!いやあの!助言だけで…」
ディーネの静止を聞かずに窓口へと向かうイヴァンス。先程の無理強いはしないという発言は彼の中でどうなっているのか、問いただしたいところである。
それからあれよこれよと直ぐに手続きを終わらせ5-2の訓練所を借りたイヴァンスと彼に付いてきたディーネ。
空間自体は昨日の特殊訓練所のものと変わらず、広さが二十メートル四方に狭まった程度。二人で訓練するには十分な広さだ。
「ではまず攻撃系統の魔法を…、そうですね『魔力弾』を使ってもらえますか?あ、魔力の調整は行わないでくださいね。暴発しても構いませんので、限界まで魔力を注いでください」
イヴァンスはそう言い用意された的を指す。窓口でイヴァンスが頼んだ仮想空間用の火竜型の的で、破壊されても数秒で復元されるように設定されてある。
「わ、分かりました」
指示されたディーネは既に覚悟を決めている集中している。タレントから考えてみればハンター、それも隊長クラスにアドバイスを貰う事自体相当な幸運だ。ならばその幸運に浸るのも悪くない、と覚悟を決めたのだ。…どちらかというと流されやすい性格という感じなのだろうが。
ディーネは右手の指を的の頭へと向ける。すると指の先に突如として青白い光が生み出されそれが段々と弾丸の形へと生成されていく。弾丸の形が完成するとそれは指から離れて的の頭へと一直線に向かい、命中すると的の頭は弾け飛んだ。
復元されつつある的を見ながらイヴァンスはディーネに拍手を送る。
「その年で並列発現とはお見事です。属性付与も出来るのでしたら、『魔力弾』は簡単過ぎましたね」
イヴァンスの称賛にディーネは困惑した表情になった。
「え?今のはただの『魔力弾』ですよ。指示通りの」
「無意識だったという事でしょうか?しかしそれでも…」
元々魔力の塊をぶつける『魔力弾』は初級として教わる魔法で本来は頭を吹き飛ばす程の威力は無く、的の強度を考えれば普通は凹ませるぐらいが精々だ。既に修復されてはいるが、先程までは完全に頭が無くなっていた。その威力は初級を軽く飛び越えている。そしてその理由がイヴァンスの言う属性付与なのだが…。
イヴァンスの思わぬ反応にどうしたら良いのかとディーネはただ止まっていた。そこにイヴァンスが説明を始めるのだった。
「良いですかディーネさん。今、貴方が発動したのは厳密に言えば確かに『魔力弾」ではあります。しかし水属性が付与された、と付きますが」
「えっと、つまり私が具現化したのは『魔力弾』の水属性である『水弾』だった、という事でしょうか?」
属性魔法は魔法に一定の法則を追加するもので、例えば先程の『魔力弾』を炎の塊で構成し発現すれば『炎弾』となり、命中した相手を燃焼させたり火傷を負わせることが可能である。
「いいえあくまであれは『魔力弾』です。しかしその効力は『水弾』に似たものになっています。これがどういう意味か分かりますか?」
「………。いえ、分かりません」
「属性魔法の『水弾』は水で具現化されその効力もまた水に関連したものになります。これが、言ってしまえばただの魔力の塊の『魔力弾』に付随する訳がありません。ではなぜディーネさんの『魔力弾』に水属性の効力があるのか。それは水属性を付与する魔法を『魔力弾』に行使しているからです」
「…」
「二種類の魔法を同時に発現していた、つまりディーネさんは並列発現をしていたという訳です。どうやら無意識下でのようですが、それでもこれは素晴らしい才能ですよディーネさん。意識して並列発現を可能とする道がかなり短縮されるでしょう」
並列発現とは、同時に複数の魔法を具現化する事を意味する。今回の場合ではあまりその凄さが分からないかもしれないが、簡単に言えば『炎弾』と『水弾」の全く別の魔法を同時に放つことが出来るという事だ。勿論熟練の者ならば二種類と言わず三、四種類も可能だ。単純に手数、火力が増えるという事であり魔法使いなら誰でも目指す境地である。本来ならば熟練の魔法使いが何年も修行して会得するものであり、そう簡単に行使出来るものではない。
今一その凄さが実感出来ていないディーネは放心していたが、ボソボソと呟く。
「確かに昔から魔法の効力が高いなとは思っていました。ですがそれは潜在魔力が高いからだとばかり。周りの人にそう言われ続けましたし」
「そう思うのも無理はありません。こう言っては失礼ですが普通はディーネさんの年で並列発現を習得出来る訳が無いのです。潜在魔力が高いのが悪い、という訳ではありませんが隠れ蓑になってしまったのでしょう。正直私も、魔法に敏感になっていなければ勘違いしていたかもしれません」
そう言うとイヴァンスはディーネに近付き、何と頭を下げた。その行動にディーネも放心状態から戻ってきたが、今度は大慌てしている。
「ディーネさん。勝手なお願いで申し訳ありませんが、どうか零番隊に入隊してもらえないでしょうか。私には貴方の力が必要なのです」
「え?え?ええぇぇぇぇぇぇえええええ!!??」
恐らく今日一番の驚きようであるディーネ。今日一日だけでディーネの精神はお祭り騒ぎの用に忙しく揺れ動いているだろう。イヴァンスは顔を上げて話を続けた。
「勿論、ディーネさんのご希望もあるでしょうから無理にとは言えません。ですが、どうか考えて貰うだけでもお願いします」
「ちょ、ちょっと待ってください。落ち着いてからでいい、ですか?」
「…少し気が急いていましたね。失礼しました」
イヴァンスは反省とばかりに謝罪し、ディーネから少し距離をとった。落ち着くのだったら一人の方が良いという配慮だろう。
ディーネの頭の中は沸騰しそうな程熱くなっていた。まさかこんな事になるなんてという感じだろう。色々と考えが浮かんでは消えてまた浮かんで。際限なく出てくる考えにディーネは限界を迎えそうだった。
そしてディーネの取った行動は、自らを冷やすことだった。
「こうなってしまった原因の私が言うのは憚られますが、こんな荒療治をしなくとも。とりあえずこれをどうぞ」
頭上に水を生み出しそれを思いっきり被ったディーネに、イヴァンスは苦言を呈しながら自分の外套を渡す。それをおっかなびっくりしながら受取るディーネは、ずぶ濡れではあるが先程より落ち着いている様子だった。効果は一応あったようだ。
「すみません…。ですがお陰で少し落ち着きました」
「それなら良い、という訳ではありませんよ。そのままでは風邪をひくかもしれませんし、授業にも出れないでしょう。ここで一度解散としましょう」
「はい、すみません。でもその前にいくつか質問させてもらっても良いですか?」
魔法で既に服や身体を乾かしつつあるディーネがイヴァンスへと問う。
「…構いませんよ」
イヴァンスはディーネの服装が乾いていくのを確認し、問題なさそうだと判断したのか了承していた。
「そもそもの話になってしまいますが、零番隊って何をする隊なのですか?噂がそのまま真実ではないと思いますし」
「私は噂がどういったものかは知りませんが、そうですね…。今の所としては人手不足の部隊の手伝いをする隊、といった感じでしょうか。ですから防衛、偵察、救援、復興、討伐全てに参加する事になりますので、戦闘は勿論雑務も必要とされる隊となります」
「な、なるほど…。では次に今どれぐらいの人が所属しているのですか?」
「私含め一人ですね。隊員という区切りであれば零人です。零番隊が実際に活動を始めたのは昨日からですので。なので今、現在進行系で隊員集めをしている訳です」
「そうですか。ちなみにその隊員への勧誘の判断基準というのはありますか?」
「戦闘も雑務も一人ではなく、零番隊全員で解決出来れば良いので適材適所な人材であれば気にしませんね。性格の良し悪しも多少は見ますけど」
「では最後に。私を勧誘した理由はその、やっぱり並列発現、とやらのお陰ですか?」
「いいえ違います。そもそも私が勧誘を決めたのはその事に気付く前、初対面の時ですから」
「えぇ!?」
流石にこれには再び驚きを隠せないディーネ。そんなディーネにイヴァンスはその理由を話す。
「これは私事になってしまうのですが、私は魔力が無く魔法が殆ど使えないのです。なので勧誘での最優先事項は魔法使いを探す事でした。とはいっても、最近クレセールで特進が大量に行われていたと聞いていたのであまり期待はしていなかったのですけどね。ですからディーネさんに会った時はかなりの幸運だと思いましたよ。潜在魔力がかなり高くそしてタレントという事。つまりはその、失礼ながら勧誘しやすい存在だと思った訳です。後は人となりを知るために案内をお願いして、今に至る感じですね」
「魔法が使えないってどういう…え、でも隊長ってことは相当の実力者で…」
やはり魔力が無い、魔法が使えないという部分が気になった様子のディーネ。先程の様にまた悩み始めたので、流石に二度はさせまいとイヴァンスが声をかける。
「最後の質問は答えましたのでこれで解散にしましょう。乾かせるとはいっても、やはり一度濡れた物を着続けるのはあまり気分の良い事ではないでしょう。時間もそろそろ余裕は無くなってきていますからね」
「あっ、はい分かりました…」
「返事は早い方が良いですが直ぐにという訳にもいかないでしょうし、希望はありますか?」
「えっと今日で大丈夫です。授業終わりまでには答えを出します」
「分かりました。ではクレセールの授業が終わる時間には入り口で待っていますね」
「いえ、そこだと少し目立ってしまうので違う所に。今から第二訓練所を予約しておきますので、そこで待っていてもらえますか?図々しいお願いですけど…」
「これは、配慮が足りず申し訳ありません。あまり好き好んで目立ちたくはないですよね。分かりました、その借りた場所で待機する事にします」
話は纏まり、二人は訓練所を出ようとする。そこで上着を借りている事に気付いたディーネ。
「あ!すみません上着が濡れてしまって…。洗濯して返しますので、お借りしてもよろしいでしょうか?返事の時に一緒にお返ししますので」
「別に気にしなくても良いですよ。元々、私のせいのようなものですし」
「いえこれぐらいはさせてください!じゃないと私、申し訳無さで一杯一杯になってしまいそうなんです!」
「…分かりました。ではお願いしますね」
ディーネのちょっとした迫力に負け、イヴァンスはディーネに頼むことにしたようだ。
そうして二人は訓練所を出て解散となりディーネは寮のある方向へ、イヴァンスはクレセールの見学を再開するのだった。
***
「あいつ誰だよ」
「幼馴染のあんたが知らない相手を私が知ってる訳ないにゃ」
「っち、仲良さそうだな」
訓練所からイヴァンスとディーネが出てくるのを目撃していた、猫の獣人と目つきの悪い男。男がイヴァンスへと向ける視線はとてもじゃないが友好的なものと解釈することは出来ない。
「にゃふふ。モテる女は辛いねぇディー」
その男の心情を察しているのか獣人は楽しそうにディーネの方へと目線を向けていた。
***
いやぁ、やっぱご都合主義は良いね。現実が嫌になるぐらいだ。




