笑顔男子
風に吹かれたら倒れそうなナカの後ろ姿が一戸建ての家の玄関に消えるのを見届けて、わたしとユウキは同時に息を吐いた。
「ミサちゃんは優しいね。たまたま乗り合っただけの相手なのに、こうしてきちんと家まで送り届けてあげるなんて」
ユウキがいつもの笑顔を浮かべる。
違うの。
そう言いかけて、わたしとナカのあいだにあるのは確かにそれだけの関係なんだと気づく。
わたしが一方的に彼のことを気にしているだけだし、言葉を交わしたのだってまだ二度目だ。
なにより、彼のことを知ってからまだ三日しか経っていない。
それなのに、ナカのことが気になる。見るからに不器用そうで、放っておけない。
「そんなことないよ」
わたしは曖昧に笑って誤魔化した。
「そんなこと、あるよ」
ユウキのほうが、もっとずっと、誰にでも公平で、優しいと思う。
今だって、結局、ナカを家に送り届けるまで、ずっと肩を貸してあげていた。
「そうだ。せっかくここまで来たんだし、うちに寄って行かない?」
「え?」
突然の提案に戸惑う。
友だちとはいえ、男子の部屋にひとりで遊びに行くのはどうかと思う。
別に、ユウキを疑うわけじゃないし、ユウキがどうこうってわけでもないんだけれど。
「ここからすぐ近くだし、お茶くらい出すよ。疲れたでしょ? 母さんに、おいしい紅茶用意しといてってメールするから」
「そんな、悪いよ……」
「大丈夫、大丈夫。うちの母さん、専業主婦でいっつも家にいるから、たまに友だちとか連れてったらすごく喜ぶんだよね」
ユウキのお母さんなら、やっぱりすごくふんわりして優しい人なんだろうな、と思う。
けれどやっぱり、今日は帰りたい。
試験も近いし。
そう言って断ろうとしたとき、にっこりしてユウキが言った。
「中学の卒業アルバムもあるけど、見る?」
卒業アルバム、の言葉に思わず反応してしまう。
そこには、ナカも写っているはずだ。
昔のナカがどんな風だったのか、知りたい。
「じゃあ、少しだけ……」
わたしは、そう返事をしていた。