専門店
希望、非望、絶望。
そうして残された、街並み。
紅くて群青な夕闇から始まる今宵がまた訪れる。これから星たちは誘うのだろう、この空へおいでと。
家々の灯りがともされてゆくのを後目に、僕も僕の店の灯りをともした。立て看板を『open』に差し替えて扉を閉め直す。きっと僕の店からも、街を覆うのとおんなじ、青白い光が漏れている。
スーツのボタンを留めたところで、早くもお客様がベルを鳴らした。いつもならまだまだ誰も来ない時間。どこの家も晩ごはんの準備をしている。今外を出歩く貴婦人がいるとすれば、それは買い忘れた調味料でも求めているのだろう。
奥の部屋からカウンターに来ると、灯りの色のせいなのか、血色の悪い妙齢の女性がいた。
「いらっしゃいませ」
「…夕飯に混ぜる薬は」
「それならば、こちらをお勧めします」
小さな瓶をショーケースから取り出すと、彼女はあからさまに身を乗り出して僕の手元を見た。瓶の中のさらさらとしたそれは、やはり灯りの色のせいか、青白い。
「いくらですか」
「皆様の年齢は」
「私と、3歳と8歳の息子、あと80過ぎの祖母」
「でしたら大きい紙25枚です」
彼女は鞄から25枚の紙幣を取り出し、カウンターへ置いた。やけに落ち着いたお客様。僕はそれを数えて懐に仕舞い、横の棚にある更に小さな瓶へ粉を移して栓をする。
「貴女とお婆様には小匙2杯、お子様は小匙1杯ずつどうぞ」
「効きますか」
「はい、必ず」
緊張していた顔を一瞬綻ばせ、踵を返した彼女の背中には羽が見えるようだった。
「さようなら」
僕の言葉と、再び鳴らされたベル。もう彼女がその音を聞くことはない。
僕はカウンターの横に吊るしてある縄の強度を確かめながら、さまざまな大きさの七輪にかかった埃を吹き飛ばした。沢山の薬品。粉も液も、錠剤もある。鍵のかかった戸棚の中の銃は以前磨いた時の湿っぽい輝きを湛えたままだったので、弾丸の様子だけ調べた。
一見雑多に見える品々。しかしどれも、絶望に打ち拉がれるこの街の人々を楽にすることができる。
僕だって星になりたい。それでもあの日、僕らの希望を非望だと暴き絶望に変えたあの日から、僕は人々を救う店主なのだ。逃げる訳にはいかない。
希望を亡くした人々の、最期の希望である僕の店。
『Suicide Shop』