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スタグハントゲーム


 夕焼けが映える時間帯。

 帰り道の車中にて、未夏が後部座席の車窓から遠くを眺めている。


 最初は徒歩で帰ろうと未夏も思っていたが、散華の家の玄関を出ると送迎車が用意してあった。

 車に乗り慣れない未夏でも外観からして高級だとわかるほどだ。

 遠慮する素振りを見せたのだが、友人を送り届けないのは無作法にあたると執事の一言で強制的に乗車させられたのだ。

 そういうわけで夕治と共に帰宅の途についている。


 車内から見える移りゆく街並みの光景。

 茜色に染まる建物の前を、人が生き急ぐように歩いている。


 この街は他の都市と比べて賑わっているほうだ。

 だが賑わっているからといって、必ずしも民が笑顔であるとは限らない。

 喧騒がある場所にこそ、闇が存在するからだ。


 人は孤独を忌み嫌い、成長を妬む。

 他人に対してなら、どこまでも非情になれる生物だ。

 未夏はもう、闇の中でしか生きられない存在だと自知していた。


 以前は疑うことを知らなかった人間だったのに、今では疑いから入ってしまう。

 これが大人になるってことなのだろうか――

 それとも生まれ育った環境のせいだろうか。


「……あの子、本当に役に立つのかしら?」


 ガラス越しに映る夕治に、散華の有用性を聞いてみる。


 投資ファンドの必要性は未夏も熟知していた。

 個人でやるにも限界が来ているのは確かだったし、三人でするならリスクも分散出来る。

 ニュースや情報を知るのも三人で振り分ければ良いのだし、なによりも限られた時間を有効に使えるだろう。


 しかしそれは――信頼出来るパートナーが必須条件だ。


 まったくの素人である散華をリーダーにして良いものなのだろうか。

 会った回数としてはまだ少ないが、今日の同好会の内容からすると、いささか疑問が残った。


「大丈夫だ。散華には人を惹きつける能力がある。日記だってそうだ。ただの投資日記なら誰も読まないよ。自分が面白いと思うこと。やりたいこと。それらを熱く日記で語ってるから人は付いてくるんだ。まぁ散華はそれを無意識のうちにやってるみたいだけどな」

「……ただの夢追い人なだけじゃないの?」

「そうかもしれないな。でも俺は――この三人での未来が見たいんだ。未夏を巻き込んですまないと思ってるけどさ……」

「私は良いのよ。それにあの子は何となく私に似てるから。境遇は違うけどね」


 未夏は夕治以外、誰も信用していない。

 父親に裏切られたことへの弊害によるものだ。

 そのせいで友達も作らずに、一人で行動することが多かった。


 散華も一人で行動することが多い。父親の存在が大きすぎるからだ。

 擦り寄ってくる連中は散華自身の存在を認めず、父親の地位と名誉しか見ていない。

 そんな連中を散華は嫌い、父親の威厳を借りて他者を寄せ付けないようにしていた。


 他人を信用せずに生きてきた二人。

 確かに境遇は違うが、似ている面もあるだろう。


「それに散華は周囲から疎まれていたからな。散華の家は言わずと知れた名家だし、今から独自の経営論を学ばせるのも将来に役立つはずだろ?」


 名家の御令嬢である散華。

 しかも跡目を継ぐ人物が一人だとすれば、当然経営を任されることもあるだろう。

 ましてや株式など、経営者にとって基礎中の基礎だ。

 興味がある今のうちに、必要最低限なことぐらいは学ばせるのも有りだろう。


「そんな未来が、本当に来るのかしらね……」

「ああ、来るさ。この三人なら何だってやれるはずだよ」

「夕くんがそう言うなら……期待しているわ」


 隣席に居る夕治からは、心なしか余裕さえ垣間見える。

 これ以上訊くのは無粋だろう。

 そう思った時、窓から見える光景に田園が見えた。


「それより夕くん。このあとちょっと時間もらっていい?」

「いや、用事は特にないけど……どうしたんだ?」

「ねぇ運転手さん。ちょっと寄って欲しいところがあるんだけど、良いかしら?」


 未夏が言うと、運転手が何も言わずに首肯した。

 そのまま未夏が行き先を告げる。

 ここからそう遠くは無い場所だった。夕治が尋ねる。


「……あの場所に行くのか?」

「ええ。家に着いてから行っても良いんだけど、もうだいぶ遅いし、ちょうど帰り道にあるから……夕くんの帰りがちょっと遅くなるけど、ごめんね」

「俺は別に良いよ。久しぶりに行ってみたいと思っていたからさ」


 夕治が言うと、たおやかな笑みを見せながら未夏が礼をした。



 ややあって目的地までたどり着く。

 薄暗い街灯の下に駐車され、夕治たちが車から降りる。

 視界の先には校門が見え、奥には遊戯施設と黄色い建物がそびえ立っている。


 ここは児童福祉施設――

 身寄りが居ない児童や保護者が養育不可能な場合に、一時的に託される場所だ。


 もう日も沈みかける頃だが、まだ園庭を走り回っている子どもたちの姿が見える。

 その光景を前にして夕治が語りかける。


「……もう随分と寄付したんだろ? 自分の為に使ったらいいじゃないか」


 未夏がここに来た理由を夕治は知っている。

 昨今の日本経済。雇用が減ると同時に顕著になったのが――育児問題だ。

 帰りが遅い就労者のために託児所が増える一方、それでも尚、雇用の絶対数が足りなかった。

 安定した収入を得られない人が断腸の思いで子供を施設に預ける。

 それが社会問題にまで発展していた。


 未夏がRMTで売った資金は、全て銀行口座に振り込まれている。

 その銀行口座はここ――児童福祉施設の費用に使われている。

 児童保育施設に寄付をする。

 これが未夏が夕治から学んだ教養の極意だった。


「自分のお金は、自分が働いたお金で投資をして稼ぐわ。でもゲームは違う。仮想世界と現実世界を一緒に考えてはいけないのよ」


 風に揺れる長い髪を押さえながら、未夏が物憂げな表情で子供たちを見つめている。


 自分が手助けされた時の恩を他の人に返す。

 その恩が、巡り巡って自分の恩になるかもしれないと信じて。


「それにね……もう私みたいに、何も出来なかった人を作りたくはないの。夕くんみたいに助けてくれる人が、この子たちには必要なのよ」


 無論、この施設にいる子供たちは、投資については何も知らないだろう。

 だがそういう世界にもし飛び込んだとして、そこで救いの手を差し伸べられたら、それはただの偽善に過ぎない。

 特に投資の場合においては、騙されるのが結果として見えている。

 だからこそ未夏も児童福祉施設の子供には直接会っていない。

 感化されやすい年頃に投資について教えたくはないからだ。


「……このことは、青山さんには秘密にしておいてね?」

「約束だからな。わかってるよ。でも……なんで言わないんだ?」

「ゲームはね……ゲームとして楽しむのが一番なのよ。もしこういうことを知ってしまったら、色々とやり辛くなると思うわ。負けてしまうことの後悔、重荷。そういうのをあの子はまだ、背負えないと思うのよ」


 遠い目をして呟く未夏。かつて未夏は絶望を味わった。だからこそ分かる。

 投資というものは勝つことの積み重ねによって資産を増やしていく。

 だが当然、負けることもある。


 そして二回、三回と連続して負けると、不安になってくる。

 自分の投資手法が本当に合っているかどうか。

 このまま負け続けたらどうしようか。


 たった一回の勝ちではピークまでは戻らない。

 切羽詰まった状況。負の連鎖。

 そういう場面になったとき、散華は投資の本当の恐ろしさを知ることになるだろう。


 絶望や経験こそが、リスクを最小限に抑制する糧となる。

 ただ、その絶望に飲み込まれてしまっては、負けたときの怖さだけを感じてしまって一歩前に踏み出せなくなるのだ。


「あの子が今の態度をとれるのは、守られている存在だからよ。これがゲームだと思ってるうちは、きっと投資で勝つことは不可能でしょうね」


 ゲームではやり直しが出来るが、現実ではやり直しが効かない。

 自身の力でなんとか立ち直るしかないのだ。


 散華の今の状況では、どうしても心にゆとりを持ってしまう。

 その現状では、散華は勝つことは出来ないだろうと未夏は思った。


「……たしかにそうだろうな。でもな……未夏」


 一拍置いて、夕治が遠くを見ながら呟く。


「辛いことがあったら、いつでも相談していいからな?」


 消え入りそうな声だったが、未夏にはその声が染み入るように胸に響いた。

 しかし、夕治の誘いも虚しく、未夏は首を横に振る。


「私はもう……守られるべき存在に戻ることは無いわ。今のままがちょうど良いのよ」


 誘いに乗ったところで、今の散華と同じになってしまうだろう。

 家のこともある。家族のこともある。

 未成年で保護者がいない子供にとっては苦労の連続だ。

 経験がないことばっかりで弱音を吐きたくなることもある。

 だがそれでも、頼れる存在に近づくためには、依存してはいけないのだ。


「さて、子供たちの元気な姿も見れたことだし……もう帰りましょうか」


 くるりと踵を返しながら未夏は思う。

 楽しそうな児童を見ていると心が安らぐ。気が付くといつもこの場所に来てしまうのだ。

 疑いから入ってしまう自分には心が洗われるような感覚になる。

 この児童みたいに無邪気に笑える日はくるのだろうか。

 そんな不安や葛藤を胸に、薄闇に浮かび上がる育児保護施設を後にするのだった。


先月残業時間140時間でした……;w;

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