メカニズムデザイン①
朝宮未夏は、今日も街を一人で彷徨っていた。
夕暮れ時の繁華街。人々が所狭しと溢れかえっている。
幾度も細い道を迂回し、やがて未夏が都心部の中央にあるカフェテリアに入っていく。
そのままテーブル席に座ると、コーヒーの豆の匂いと淡い麦の香りが鼻腔をくすぐった。
天井にはモニターが吊るされていて、四方八方どこからでも夜間取引の状況が見られるようになっている。またテーブルにもモニターが設えてあり、老若男女楽しく市場のことを話して食事が出来るような空間。
――ここは夜間取引など、証券関係を主に会話とするインテリアカフェだ。
スポーツカフェと同じような構造。
画面が幾許と代わり、人々の会話が飛び交っている。
夕方になると証券市場関係者やスーツを着た人などで賑わい、ビールなどを交わし酒の肴として楽しんだり、モニターを傍観しながら情勢を見て取引したりと、来客者の用途はさまざまだ。
どの店も盛況で、巷では今一番人気があるスポットだった。
朝倉未夏は今日、このカフェテリアで客と待ち合わせをしている。
今日の商談相手は自分より年上の男性客。相手と会うのも初めてだ。
念のために十分前に着座し、人目につきやすい場所で未夏がコーヒーを飲んでいると、一人の男が声を掛けてきた。
「遅れてすみません。まさか女性の方だとは思ってませんでしたので……」
柔和な口調で話してくる男性。
温厚そうな顔で、背丈は普通より高いくらいだろうか。
スーツを着用していて、いかにもどこにでもいるサラリーマン風の格好。
事前にもらった情報と遜色ない、未夏のイメージ通りの商談相手の相貌だった。
「それでは商談をはじめましょうか。まず今日の金額から聞こうかしら」
未夏が冷然と相手に訊く。
人目がつく席で金銭の会話をするのも気がひけるので、紙に書いてテーブルに置き、商談相手に差し向けた。
「私の仮想マネーは今このくらいです。ここからどれだけ必要なのか教えてもらえますか?」
流麗な文章で書き上げられたメモ。
未夏が筆談で伝えると、男が目をしばたたかせた。
このバーチャル取引ゲームの資産は、最初は百万円からスタートされる。
未夏が今、提示した額は七百四十三億。実に七万倍まで元手を増やしていた。
「……そんなにあるんですか? 最初は三百万ほどで良いのですが……」
「わかりました。じゃあレートはどうしましょう。今はざっと百万円の仮想マネーに対し、現実での金銭だと千円ぐらいで取引されているのが現状ですので……同じ値段でいいかしら?」
「それで構いません。手渡す場所はここでいいですか?」
「いや、お金はあくまで銀行口座に……振込手数料分も補償致しますので」
そうして淡々と作業を終え、未夏の仮想資産の一部が相手の男性へと移る。
男も満足した顔で、未夏に視線を送った。
「有難うございます……正直助かりました」
「いえいえ、次も機会がありましたら、いつでもおっしゃってくださいね」
未夏が頭を垂れて一礼する。
商談相手も軽く会釈して、別れを告げてから去っていった。