二人零和有限確定完全情報ゲーム
ニ〇十五年。とある会議室にて。ここで世紀の発見が言い渡された。
「今日は皆さんに――重大発表をしたいと思います」
勿体つけるように言う科学者たち。それを半信半疑で見つめるマスコミたちの光景。
「人類は今日をもって生まれ変わります。十九世紀は飛行機、二十世紀はコンピューターと。そして今日――新しい歴史が、今ここに生まれようとしているのです」
リーダー格の科学者が、演壇をバンと叩いて言葉を継ぐ。
「本日は――魔法と言う概念の発表を行いたいと思います」
それが十年前のことだった。
古代遺跡から偶然発掘された魔法陣。
それを調べていくうちに辿り着いた極致――魔法。
今では現代社会に、魔法という概念が定着しつつある。
「魔法ねぇ……子供の頃は、それが現実になるとは思わなかったな」
自室のベッドに寝そべりながら、夕治が独りごちる。
今ではスマートフォンがあれば、誰にでも簡単に魔法陣を描くことが出来る。
そして呪文を唱えるだけで、炎や水などが作れる社会――人々が活気に溢れ、これからの未来を想像することが出来ないような時代が訪れた。
民が歓喜に満ち溢れ、魔法という世紀の大発見に魅入られたが、一方で弊害もあった。
ヒールという回復魔法が生まれると医者の数が減っていき、長距離移動が出来る魔法が生まれたあとには旅客機などが減少した。パーソナルコンピュータが世に出回ったのちに、人手が機械に移って労働人口が減少したが、今度はそれ以上に雇用が減っていった。
「えっと時間は……もうこんな時間か。じゃあ行くとするか」
夕治がベッドから起き上がる。身支度を簡単にすまし、部屋をあとにする。
そんな現代社会で、日本が打ち出した政策。それは――投資国家の形成。
モノづくりの日本という象徴を残しつつ、それに加え様々な分野への投資活動を行い、対価として株などの企業資産価値を売って相乗利益を生み出すという政策だった。
だがそれは、あくまで名目上の政策だ。
実際は、労働で金を得る資本主義に終わりが近づきつつあった昨今。
マネーゲームで資産を奪い合うことでしか金銭を稼ぐ手立てが無いのを暗喩した政策である。
それが二○ニ五年――現状の日本社会だ。
そして、そんな社会から生み出されたゲームがある。
『バーチャル取引ゲーム』――これが今、巷では流行の兆しをみせていた。
投資の実践を架空のゲームで身に付け、実際の市場に役立てようという代物。
スマートフォンを使って操作をするアプリケーションソフトだが、SNS――日記投稿サイトと連動して資産を競い合うゲームが、今や社会現象になるまで発展するほどの人気だった。
またこの投資ゲームには一つの特典がある。
年間ランキングの五位以内に入れば、自分の好きな会社に就職出来るというものだ。
超がつくほどの就職氷河期に舞い降りたひとひらの希望。
特典を目指し、数多くの人が参加していった。
夕治が今向かっている先も、そのゲームのためによる行動だった。
このゲームの投資分野はさまざまで――株、FX、先物など数多くの市場を取り揃えている。
各自そこから得意とする分野を選択してゲームをする場合が多い。
特に株とFXの人気が高いようだ。
現実の証券市場と同じように値が動くため、これといって基本操作を覚える必要もなく、初心者でも身銭を切らずにプレイが出来る。
与えられた仮想マネーを元手にして投資をして儲ける。
ある程度の才能があれば、少しづつ着実にと資産が増えていくだろう。
だが、ランキングが上がるにつれて資産が豊富になってくると、一つの市場だけでは額が大きすぎて満足に資産を動かせなくなる。
少額の取引を行っても大して見返りがなく、大規模な取引をすると相手が嫌がって逃げてしまうからだ。
実際の証券市場にも同じことが言えるだろう。
億単位の金を持っていると、多少人を巻き込むという形でしか取引が出来なくなる。
もちろん証券市場に上場する全ての企業に分散投資をすることも出来るが、莫大な情報量と時間が掛かるので、とても効率的に稼ぐとは言えない。
たったひとつの企業に投資するだけでも、決算書類、会社の情報、設立の流れ、他会社との連携、不祥事など、ありとあらゆることを頭に入れなくてはならない。
しかも、それだけの情報を仕入れても、投資で必ず勝てるとは限らない。
勝てる勝率が僅かながらに上がるだけだ。
単純明快に遊べるゲームに、そういった煩わしさを与えるのは、敷居が高くなるだけで誰もやりたがらない。だからこのゲーム――一つの例外的処置があった。
ランキングの近い相手と対戦して、勝った場合には相手の仮想資産を奪うことが出来るのだ。
バトル内容は投資だけではなく、相手の望むような形式で対戦を組める。
もちろん自分の特技で戦うこともできるし、相手の不利な条件で戦うことも可能だ。
「俺が優位に立てる、対戦方法なら良いんだけどな……」
歩きながらポツリと呟く夕治。相手からは、まだ対戦内容を聞かされていない。
今日対戦する相手は、同じ学校に在籍している生徒――名前は青山散華。
世界的に有名な企業、青山財閥の会長の一人娘だ。
学校で同じゲームをしていたという機縁で知り合い、その相手と対戦するために、夕治は敵陣の待つ家まで出向いていた。
しばらく夕治が歩くと、対戦場所に指定された屋敷が視界に入った。
立派な門構えで、西洋の城を想像させるような造り。
細部には魔法陣が散りばめてあり、鼠一匹の侵入を許さぬほどの門扉が、夕治の前にそびえ立っている。
夕治が屋敷の前でインターホンを押す。ややあって、くぐもった男の声が聞こえ出した。
『……どちらさまでしょうか?』
「あ、えっと……同じ学校の生徒なんですが、ちょっと青山散華さんに話がありまして」
『……ええ。存じております。どうぞ中にお入りください』
門扉が鈍い音をたてながら開く。
眼前には長い森林道があり、その一番先には洋館が建っている。
距離があるので小さく見えるが、実際は相当大きな建物だと判断できた。
まさかこれほどの大金持ちだとは思わなかったのだろう。
夕治が目を瞠りながら、扉が開く様子を眺めていた。
「……対戦相手を間違えたかな」
少し後悔の念を抱く夕治だったが、中にへと入っていく。
一本の森林道を真直ぐに歩いていき、やがて屋敷の前まで辿り着くと、
「ようやく来たわね! 庶民の分際でアタシを待たせるなんて、良い度胸じゃないの!」
甲高い女の声。対戦相手の青山散華が、ドアの前に腕を組んで立っていた。
すらりとした長身に、凛然と輝く金髪のツインテール。
その髪を赤いリボンで束ねている。
来客者を迎えるためか白いドレスで身を包み、たおやかな表情で夕治に目線を向けている。
艶美でいて――理想的な女性の体躯に、一体どれだけの人が魅了されたのであろうか。
「……まだ待ち合わせの時間より、だいぶ早いと思うけど」
言いながら、夕治がポケットから携帯を取り出し、時刻を確認する。
十七時四十分。待ち合わせの時間は十八時だったので、二十分も早い。
「うっさいわねー。待たせたのは事実なんだし、黙って重く受け止めれば良いのよ。アタシとこうやって話せるだけでも、ありがたいと思いなさいっ!」
「……分かったよ。じゃあ早速だけど、今日の対戦内容を教えてくれないか。この時間だと……夜間取引とかFXで勝負するのか?」
夕治が訊くと、散華は頭を振って否定した。
「とりあえず中に入って――そこで話しましょう!」
言って散華が踵を返し、ドアを開けて屋敷の中へと歩を進める。
夕治も続いてあとを追った。
中に入ると、西洋風の空間に二階へと連なる階段が左右にあるのが視認出来た。
そして前方には中二階へと続く階段があり、その先には玉座が設えてある。
赤い絨毯が敷かれている階段を散華がゆっくりと昇り、玉座がある中二階まで辿り着く。
と、散華が玉座に腰を下ろし、手を肘掛けに置いて足を組んだ。
「やっぱり気品あふれるアタシには、こういう場所で話すのが適切よねー」
散華が鼻を鳴らし、見下ろす体勢でニヤリと笑みを浮かべる。
典雅で優美漂う姿をしているのに――口が悪く、人を見下す癖がある青山散華。
天は二物を与えないというのは、まさにこのことだろうと、夕治が苦笑する。
「……なによ、その顔。文句でもあるの?」
「いやいや……散華は相変わらずだなと思っただけだよ。それより今日の対戦内容――」
夕治が告げようとすると、散華が手を前にかざして発言を制止させた。
「そうそう。まだ言って無かったわね。今日は――かくれんぼで勝負よ!」
「……おい。その勝負、投資と何も関係無いだろ!」
「だって転校してまだ二週間で、夕治のことをまったく知らないんだもん。でもアタシはこの家のことは隅々まで知ってるのよ。子供の頃に暮らしていた家だし、これなら夕治に優位性は無くなるはずよね? それに夜間取引とか言われても分からないし……悪い?」
蔑むような目で夕治を睨みつける散華。
プライドが高く、下手に反論すると叱責して、更に自分に有利な条件をつけてくるだろう。
やれやれと肩をすくめながら、夕治が嘆息をつく。
「……じゃあそれで良いよ。鬼はどっちにするんだ?」
「夕治が鬼に決まってるじゃないの。アタシが鬼なんて考えられないし。ただし――隠れる場所はこの屋敷の中に限定するわ。そして制限時間は一時間!」
言って散華が腰を上げ、指をパチンと叩いて合図をする。
呼応したように二階から執事が出てきて、続いてメイドたちが姿を現した。
その数――およそ百人。
「……おいおい待てよ。こんなにも、この屋敷には人が居るのか?」
「そうよ、勝負には全力で挑むわ! もう同意したんだから、今更変えられないわよ? じゃあアタシは隠れるから、夕治は目隠しをして――十分後にスタートよ!」
言いながら、散華が指を差して夕治を威嚇する。
対戦方法は隠れんぼ。でもまさか――こんなにも数が居ると思わなかった夕治。
ましてや散華は金持ちだ。携帯などのGPS機能を使ってくる可能性もあるだろう。
だがこの勝負。夕治にも勝算があった。
相手の特技などは分からないが、こちらとしても有利に展開を進められるはず。
そんな思いを胸に、準備は着々と進められていくのであった。
そうして――闘いの火蓋は切られた。
夕治が目隠しを取って振り向くと、玉座には誰も居ず、執事だけが立っていた。
片眼鏡を掛けた白髪の初老男性。執事が口角を上げ、澄まし顔で夕治を凝視する。
負けじと夕治が対峙して睨みつけるが、執事の行動や表情では散華がどこに行ったのかは判断できなかった。
その様子を見たあと、夕治が勢い良く二階へと駆け上がっていく。
二階の廊下を夕治が走っている途中、何人ものメイドたちとすれ違った。
全員が表情が見えないようにサングラスやマスクをしていて、耳にはインカムマイクをつけている。
人聞きで散華がどこに隠れたのかを尋ねても、メイドたちは絶対に教えてくれないだろう。
それにこの屋敷は結構広い。外観から判断すると、小学校の校舎ぐらいあるだろうか。
二十部屋ほどある広々な空間。
もしかしたら隠し部屋や地下室などもあるかもしれない。
室内を全部調べていたら、それだけで勝負の時間が終わってしまう。
――なるほど。これは結構、考えた勝負なのかもしれないな、と夕治は思った。
しかし、散華は一つ誤算をしていた。
この世界には――魔法が存在するということを。
夕治が屋敷を一周したあと、二階の一番奥の部屋を開ける。
と、そこで夕治は誰も居ない部屋に向けて、こんな言葉を発した。
「この部屋に居るのは分かっているぞ! もう袋のネズミだ。大人しく出てこい!」
ただ、この部屋のどこに居るのかまでは分からない夕治。
そのままドアを閉め、部屋をあとにする。
そうして執事の待つ謁見の間まで降りてきて、ゆっくりと玉座に座った。
もうこれだけ種を蒔いたので大丈夫だろう。あとは時が来るのを待つだけだ。
そう思いながらしばらく夕治が構図を練っていると、近づいてくる人影があった。
「おや……降参ですかな?」
不敵な笑みを浮かべながら、執事が声を掛けてくる。
おそらく執事は散華の隠れ場所を知っているのだろう。
ここは一つ、揺さぶってみようと夕治は試みる。
「いや、もう二階の右奥の部屋に隠れているのは分かったよ。でもそれだと面白くないし様子見ってところかな。それに相手が魔法を使ってくる可能性もあるから、ここは慎重にいかないとね」
「ほぅ……ブラフですかな?」
「ブラフなら部屋の指定まではしないさ。分かっているから言っただけだよ。執事が一番分かってるんじゃないのかな?」
「それは――どうでしょうか」
あくまでもポーカーフェイスを貫く執事。寡黙でいて、動じる気配が全く無かった。
その様子を眺めたあと、夕治は瞑目して考える。
残り時間はあと五十分。このまま無駄に時間を過ごすのは、勝負として得策ではない。
だが……これは賭けだ。例えバーチャルの資産だとしても、約束される将来――憧れる職業に就ける権利が報奨としてついてくる。
だからこれは、ゲームでも遊びでも何でもない。
自分の未来が掛かっている勝負だ。
時期として、そろそろ第二の行動に移るべきか迷った時、
「よし――いまだ!」
声を張り上げて颯爽と玉座を立ち、夕治が二階まで駆け上がっていった。