2−7
のに、やっぱりあっさり眠ってしまったようだ。
気づいたらテーブルに突っ伏して眠っていた。
肩に薄手の毛布がかけられている。
「あ、起きたー?」
真緒さんが私に気づくとそう言った。
ダイニングテーブルの向かい側で、その隣に座る隆二さんと、話をしていたみたいだった。
「……あれ、すみません」
目を擦りながら顔をあげる。
恥ずかしい。
「ううん」
真緒さんは軽く首を横に振った。
「だいじょーぶ?」
ふわっとした問いに、小さく頷く。
「ん、ならよかった」
真緒さんがくしゃっと笑った。
「そろそろ起こした方がいいかなって、話してたところなの。今ねー、五時をちょっと過ぎたとこだよ」
「あ、はい」
じゃあ、そろそろ、帰らなくちゃいけないのか。
考えて憂鬱になる。
普通の笑顔を作れるだろう。叔母さんの前で。
「制服はねー、お風呂場のとこに干してあるよ」
干して?
「あー、悪い。勝手に洗った」
隆二さんが苦虫をかみつぶしたような顔で言った。
「一応、目立った汚れをとったぐらいだから、もう乾いているとは思うんだが。……全部終わってから思った。男に洗濯されるのって、嫌だったよな、悪い」
本当に、申し訳なさそうな声で言われるから、恐縮してしまう。
「え、いえ、そんな」
確かに、よく知らない人に自分の衣服を扱われるのって嫌だけれども、そんなこと言える立場じゃないのは十分よくわかっているし、それに、
「そんな、嫌じゃないです」
この人になら、まあいいかな、と思ったのだ。
完全なる善意でしてくれたことだと思うし、別に変な下心がなかったこともわかっているから。
なんとなく、隆二さんならいいかな、と思った。
「……ならいいんだが」
「あの、ありがとうございます。すみません、なにからなにまで……」
というか、
「なんでもできるんですね」
パンク直して、洗濯までして。
「こいつがなんにもできないから仕方ない」
隆二さんは、皮肉っぽく笑いながら隣の真緒さんを指差した。
「むー、テレビの録画できないくせに」
「見ないから構わない」
「またそういうこという! この機械音痴が!」
むすっと真緒さんが膨れる。
楽しそうで、羨ましい。
「っと、着替えてくる?」
ひとしきり隆二さんを睨んだあと、真緒さんが私の方を向いて言った。
「あ、はい」
頷く。立ち上がったところで、
「あ、あの、この服は、今度、洗濯してお返ししますね」
今着ているルームウェアを指差す。
「良いよー別に、洗濯機の上にでも置いといてくれればー」
「だけど」
悪いじゃないか、それじゃあ。
「持って帰ったところで、洗うの大変だろ。叔母さんにばれないように」
隆二さんが言った言葉に、すっと冷静になる。
そうだ、叔母さんにバレないように洗うなんて。
澪とか目敏いし、新しい服持っていたら問いつめられるかもしれない。
「ホント、置いといていいよー。どうせ洗うのは洗濯機だし」
「……まあ、確かに洗うのは、俺じゃなくてましてや真緒でもなくって、洗濯機様様だなー」
のんびりとそんなことを言う二人を交互に見比べて、
「……えっと、じゃあ、すみません。お願いします」
お言葉に甘えることにした。
「うん、気にしなくていいよー」
「お願いします」
今度、お菓子かなんか買って来よう、また改めてお礼に来よう。そう決めた。
お風呂場に行くと、制服がハンガーにかかっていた。
言われたとおり、目立ったシミがとれて、綺麗になっている。
制服に袖を通す。
まだ少し湿っているけれども、あのままよりはよっぽどマシだ。本当に、とってもありがたい。
「本当にありがとうございました」
パンクの直った自転車。
綺麗な制服。
あたたかいお風呂。
何から何まで、甘えてしまった。
「ううんー、気にしないでー」
「真緒に貸し三だから」
「あれっ、増えてない!?」
真緒さんが驚いたように隆二さんを見て、隆二さんが楽しそうに笑った。
本当にこの人達は、とっても楽しそうに笑う。
なんの憂いもないかのように、屈託なく、子どものように。
それが眩しくて、羨ましい。
「送らなくて平気? 道、わかる?」
「大丈夫です」
まっすぐ行って、交差点を右、で図書館ですよね? と確認すると、真緒さんが大きく頷いた。
「図書館までわかれば平気です」
「うん、よかった。じゃあ、気をつけて帰ってね」
「はい、ありがとうございます」
「また、図書館でねー」
ひらひらと手をふられる。
それに手をふりかえすと、自転車に跨がり、勢いよく踏みこんだ。
パンクが直った自転車は、すぃっと軽く進む。
どこまでも、軽く。私を連れて行ってくれる。
「気をつけてねー」
背後からかかった声に、ちょっとだけ振り返ると、小さくなった真緒さんが手をふってくれていた。
見えないかもしれないけれども、ぺこりと頭を下げる。
気持ちはだいぶ軽くなった。
少なくとも今日は、叔母さんの家に帰っても乗り越えられる。
そう、思えた。




