1話目
BLまでは行きませんが、少年同士の話がお嫌いな方はご遠慮下さい。
クリスマスを目前に控えたある日のことだった。教会の地下に位置する図書館へペルジーノが本を返しに行く途中でマルコが走り寄ってきた。華奢な作りの銀の手すりにかけた手をすべらせ螺旋階段を降りてくる。ペルジーノは立ち止まりマルコを待った。しかしマルコはペルジーノに追いつくよりも前に息を切らせて言う。
「ペルジーノ、ペルジーノ。シスタァ達が探していたよ。司教様のお部屋に来るようにって」
ペルジーノも少し声を張り上げて問うた。
「司教様が僕に何の用があるって言うんだい」
ペルジーノに追いついたマルコは一度大きく息を吐いて彼を見上げる。四年下の彼の成長期はまだだ。
「わからない。心当たりはないのかい。僕、司教様のお部屋なんてここへ初めて来たときくらいしか入ったことがないよ」
ペルジーノを見上げるマルコの目は揺らめいていた。
ペルジーノが相当な悪さをして呼ばれたのだと思ったのだろうか、もう一度早口でマルコはこう言った。
「一体なんだって言うんだろう。ペルジーノ、本当に心当たりはないんだろうね」
ペルジーノは見当もつかないというふうに肩をすくめて見せる。
「とにかく行ってみるよ。教えてくれてありがとう」
ペルジーノはマルコに持っていた本を渡しもう一度階段を上り始めた。未だ心配そうにこちらを見ているマルコに手すりから身を乗り出してペルジーノは言う。
「マルコ、悪いけどそれを返しておいておくれ。二度と戻ってこれないかもしれないから」
ペルジーノの冗談にマルコは複雑な笑みを見せて頷き、階段を下りていった。それを見送ってからペルジーノは司教の部屋へ向かう。
ペルジーノは四歳の時に母親を亡くし、このマンセンブルク教会に引き取られた。彼はすぐに閉鎖的な空間の中での立場を理解した。そしてその道理に従った。彼の尖った鼻と唇は繊細な彫刻のようだったし、この地方では彼の黒い髪は珍しかった。だがそれを鼻にかけることはせず、生徒とは普通に接した。彼はいつだって中立な立場を維持した。シスタァたちは規則正しく、律儀で優秀な彼を可愛がった。彼は皆に慕われた。
ここに来てからの十一年間で彼は自分の生き易い環境を作った。
階段を上りきり、長い廊下を歩く。いくつもの窓からは白い筋となった光が溢れ、あたりを幻想的に照らし出した。大理石の床にペルジーノの足音が高く響く。廊下を抜け、正面広場を曲がった突き当りのドアの前で立ち止まる。
来る途中から考えてはみたものの自分が呼び出された理由は思い浮かばなかった。
ペルジーノは多少の疑念と不安を覚えながら司教のドアをノックした。