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隊長は15歳



「おや、これはヴィル“隊長”」


 煌びやかな隊服を完璧に着こなした紳士が、10代半ばの子どもに帽子を取って挨拶をする。不自然すぎて御芝居にしか見えないが、二人は同じ“隊長”である。


 紺色のシックな厚手生地に金糸が映える隊服は、部隊長以上の階級だけが着ることのできるエリートの証。紳士然とした男――アルバートは長身のうえ顔立ちも整っており、男女問わず羨望の眼差しを集めようという出で立ち。


 一方のヴィルはというと、あちこち丈を縮めたことが見て取れる不格好な隊服のくせ、まだ些か大きく、軍服に着られている状態だ。


「…おはようございます、アルバート隊長」


 厭味な態度にヴィルが素直な挨拶で返すと、相手は薄ら笑いを浮かべた。


「最年少部隊長の初任務だというのに、元気がないようだね?」


「いえ…なかなか難しそうな事件だと思っていただけですよ」


「ハハ、君ともあろう者が何を言うのか。期待の星にかかれば、すぐに解決するだろう?」


 この人は、この性格でなければなあ。出そうになる溜息を呑み込んで、ヴィルはアルバートから目線を逸らした。

 男の、理想的なスタイリングを崩さない髪も、細められたエメラルドグリーンの目も、うんざりだった。まだギリギリ20代なんだから顎髭は止しとけばいいのに、と心中でぼやく。



「まあ除隊させられても…前に言ったとおりだ。心配することはない」


 再び見上げたアルバートの顔には、憐みとも嘲りともつかない微妙な表情が浮かんでいて。

 ヴィルは、とうとう小さく嘆息した。









 アドレーは、ヴィルの知る範囲では一番の大都市である。


 険しい山々が連なり、深く暗い森が支配する中に突如現れるこの大都市に、最初は誰しも呆れかえるものだ。大河が流れる交通の要所のうえ気候は意外にも穏やかで、人間が住むにはこれ以上の土地はないと言われている。


 町は美しいレンガで統一され、大通りは馬車が走れるよう広く作ってある。最近は側溝やガス灯が整備され、衛星や安全にも配慮が進んでいる。


 街より一段高い場所に構える城は、活気あふれる街を見下ろしているようだ。その城の広大な敷地の片隅を、ヴィルは短い足でせっせと歩いていた。遠目に見える連峰は雪を被って涼しげだが、すっきりと晴れた本日は長袖では少々暑い。ヴィルが目的地に辿り着いた時には、うっすら汗をかいていた。


 城と同じ色のレンガで組まれた小さな建物…それは、誰がどう見ても「倉庫」だった。

 城郭の外側、もう街まですぐというギリギリの場所にあるその「倉庫」には、場違いな金属プレートが打ち付けてある。


「第六部隊…うわあ、ホントにこんな端っこにあるんだ」


 プレートに確かにそう刻まれているのを確認し、ヴィルは古臭い木の扉を引いた。




「きゃあ、可愛いじゃないっ!」


 しなやかで素早い動きは反射。ヴィルは斜めに前転するように避け、サッと戦闘モードで構えた。獲物を捕え損ねた相手は、唇を尖らせる。


 しかし、入ったとたんに叫ばれ、巨体が突進してくれば誰でも逃げるだろう。


「なによう、逃げるなんて失礼ね!」


 すねる仕草は可愛い…のだが、いかんせん筋骨隆々の男がやっては台無しである。長い髪をポニーテールにし、小麦色の肌に合う大胆な化粧をしているが、体つきはどこからどう見ても男。それもかなり鍛え上げられた肉体だ。


 目を白黒させるヴィルを見て、壁際にいた青年が笑った。


「そりゃ逃げるよなー。でも、いい身のこなしだったよ、ねえベル?」


 話しかけた青年が優男なのと対照に、ベルと呼ばれた青年は悪人のお手本のような強面だった。盗賊の親方にしか見えない青年は黙ったままで、ギラギラした殺気をヴィルに向けている。


 ええと、と独り言のように言いつつ、ヴィルは警戒を解いてクルリと部屋の中を見回した。内装は倉庫そのものだ。隅の木箱の上には、人形のように可憐な少女が座っていた。


「みなさん第六部隊の方ですね?座っている彼女がアンニカさん、お二人がエリオさんとベルンハルトさん…」


 順に視線を合わせて行くと、最後のひとりは強烈なウインクかましてくれた。


「で、アタシがラディスラフ。ラディって呼んでちょうだい」


「は、はい、分かりました」


 戸惑いを隠せないヴィルの方に、エリオが近づいてきた。ヴィルの低い所にある小さな頭をグリグリと撫で、ちょっと顔を覗き込む。


「へーえ、君が噂のヴィル隊長か…思ったよりずっと子どもっぽいなあ」


「あら、小さくて可愛いじゃない!」


「おい…ガチで手を出すなら、俺らの見てないとこで頼むぜラディ」


「大丈夫よ、子ども相手に無理やりはしないわよ」


「手を出す事は否定しないんだなおい。で、隊長殿は、今いくつだ?13くらいか?」

 

 自分を除け者にして不穏な会話がなされた事について、ヴィルはとりあえず聞かなかった事にしようと思った。


「15歳です」


 答えると子どもっぽいと言われた。言われ慣れており今更なんとも思わないヴィルは、自分の部下に当たる面々の顔を再確認してエリオに問いかけた。もう一人のメンバーは何処にいるのか、と。


「ジルなら、もう一年は来てないぜ?」


 はい?と首をかしげたヴィルに、ラディが言葉を繋げた。


「ずっと家に籠っているから。いわゆる引きこもりね」


「彼も部隊の一員なんですよね?」


「ここにいるのは異端児ばっかなんだぜ?隊長殿だって、そうなんだろ?」


 そう言われて納得してしまう自分に、ヴィルは遣る瀬なさを覚えた。


「貴様がバロナ山の竜を倒したというのは本当か」


 低く唸るような声にヴィルが振り向くと、ずっと禍々しいまでの殺気を放っていたベルンハルトと目があった。その辺りの兵士や魔物なら逃げ出すような迫力である。


「本当ですよ」


「にわかには信じられないなぁ」


「まあ、そうですよね」


 ヴィルは15歳、そのうえ同じ年の子どもと比べても背は低い方。しなやかな筋肉がついているのだが見た目では鍛えていると分かりにくい。

 それに一番“信じられない”と思っているのは、ヴィル自身なのだ。


 ヴィルは森の中で生まれた。近くに田舎村があるのだが、田舎も田舎、僻地も僻地。大好きな両親と三人で仲睦まじく暮らしていた森こそがヴィルの世界だった。ヴィルが14歳の時に父は出稼ぎに行くと出て行き、まだ帰ってきていない。その頃にはもう、ヴィルは父も認める凄腕猟師になっていたので生活に支障はなかった。


 転機は、突然やってきたわけではない。


 今となっては…知らないうちに泥沼へズンズン踏み入ってしまったようなものだとヴィルは感じている。


 始まりは父が出稼ぎに行ってすぐ、変な生き物を狩った事。何だが見た事のない動物を狩っちゃったけど、山犬の変種かなにかかな?とヴィルはそれを村へ持っていった。そうしたところ、博識な村長が腰を抜かした。それは魔物だったのだ。それも、ランクでは中の下くらいの。


 魔物と人間は棲み分けをしているので人々は基本的に魔物を目にすることなどない。村長は書物で絵を見たので、知識だけはもっていた。その後だんだん森に魔物が増え始たので、ヴィルは安全のため母を村で住まわせ、魔物を出てくる端からすべて狩りまくった。


 その腕前に近隣の村からも助力を求められ、次第に噂は広がり比較的大きな街からも泣きつかれた。ヴィルは後に知った事だが、魔物の増加は帝国全体に起こっていたのだ。困っている人を放っておけない性格なので、ヴィルは魔物退治にあけくれた。人間を見ると襲いかかってくるような凶暴な魔物だ、戦う事に不安がなかったわけではない。けれどヴィルが、他の人が傷つくのを見過ごせるわけもなかったのだ。


 そして自身も驚くほどに、ヴィルは強かった。


 ヴィルの基準は父しかいなかったので分からなかったのだが、どうやら父は相当の手練で、我が子にもそうなるよう仕込んでいたらしい。狼も子犬程度に扱えるほどの技能など、ただの猟師には不必要であり過剰だ。しかし、子どもはそれが“まだまだ”だと教え込まれていた。常識というのは環境によりけり、刷り込みは怖ろしい。


 そんなこんなで、とうとうヴィルは行きつくところまで行きついてしまった。




 最上クラスの魔物、竜を倒してしまったのだ。


 正直なところ、ヴィルは竜なんて知らなかった。声のかかった街へ移動中に襲いかかってきたので狩ったまで。「道中で空飛ぶトカゲ狩ったんですが、食べられるでしょうか?」と街に持ち込んだところ、「ぎゃー!?俺たちが倒してほしかったのソレですう!!」という展開になった。


 先ほど言ったように、竜は“最上クラス”の魔物。


 つまりヴィルはもう向かうところ敵なしと言っていい実力。


 バロナ山のあたりも田舎だが、噂は帝都まで届いて、ヴィルは帝都に召喚された。そして皇帝によって部隊長に任命されてしまったのだ。皇帝の命に背けるはずもないが、何より一緒に帝都へ移った母のために、ヴィルは大人しく部隊長に収まったのだ。


 武勲を称えられた任命ではないと、ヴィルはよく分かっていた。エリオの言うように、異端だったから軍に引き込まれたのだ。帝国としては竜を一人で倒してしまうような化物を野放しにするのは避けたい。できれば目の届くところにおいて、あわよくば力を有効に使いたいのである。ヴィルは特に怒ったり悲しんだりはしておらず、しょうがないよね、と思っている。ただ少々…もとい、かなり悩ましい状況に陥ってきているのだが。



「エリオさんが異端って言ってましたけど…みなさんは、どうしてこの部隊に?」


 第六部隊というのは問題児の寄せ集めだと、事前に親切な軍人さんが嬉しそうに教えてくれていた。おしゃべり好きらしいエリオが、ニコニコしながら口を開く。


「俺とベルは、ヴィルと同じような流れかな。問題児認定で、一般人だったけど引っ張り込まれたクチ。他はもともと国家部門で働いてたけど、手に負えないってことで飛ばされてきたんだよね」


「国家部門…という事は、軍人さん以外もいるんですね?」


 正確にいうと、第六部隊は特設部隊であって、軍の一部だが軍でもないという半端な扱い。他にも国家部門では魔術部や歴史部や色々な分野の人材が抱え込まれている。実質は“第六部隊”というのもそれで一部門なのかもしれない。ラディは、アタシは見てのとおり軍人よ、と自己申請してくれた。


「アンニカさんは、以前は何処に所属していたんですか?」


 軍人でないと思われるのは、まずアンニカだった。ずっと黙ったまま身動きひとつしないで座っていた美少女の、可憐な唇が初めて震える。


「…神官部、精霊研究室」


 涼やかで、思ったよりも通る声だった。


 自分の問いかけに答えてくれたことに安堵し、ヴィルは微笑んだ。軍服ではなく町娘のような可愛いドレスの上にローブという服装は、なんだか精霊という言葉にしっくりくる気がした。ウェーブのかかった長い髪は薄い空色、瞳はグレーと、彼女自身も精霊のような神秘的な雰囲気を持っている。年のころはヴィルより少し年上くらいで、まだ女性と言うより少女だ。


「ボク、あんまり帝国の組織体系に詳しくないんですけれど…アンニカさんは、精霊使いなんですか?」


 コクリ、と小さく頷くアンニカ。精霊はどこにでもいて、誰もが多く目にするもの。しかし意思の疎通ができる者はごく少数で、できる如何は素質があるか無いかによる。訓練してできる類いの事ではないのだ。


 精霊は基本的に人間と関わる気などない。自然界の化身ともいえる精霊とコンタクトをとり、気象や大地の情報を得る事ができる精霊使いは、人類の宝とも言われている。


「わ…ボク、精霊使いさんに会うのは初めてです!」


 よっ、田舎者!とエリオが茶化した。


「だって生粋の田舎者ですもん。精霊と会話ができるって、本当ですか?精霊って、どんなかんじの事を考えているんですか?」


 アンニカは、無表情のままプイと顔を背けた。


 答える気はない、という意思表示なのは明白で、ヴィルはショックで固まった。


「アンちゃんは、そう簡単に仲良くしてくれないわよ?」


「ま、それは俺たちもそーじゃない?正直なところ隊長殿を信用してないし?」


「アンタ結構、腹黒いものね。アンちゃんは基本的に人嫌いだし、ベルは自分より強い人間しか認めないし…ジルはもう、論外よね。アタシは可愛いもの好きだから気に入ったけど…まだ隊長としては認められないわね、ごめんなさい」


 ラディだけが、少し困ったような顔をした。


 でもヴィルとしては想定の範囲内だ。


「分かりました。では自己紹介していただいたので、任務の話に移りますね」

 ポケットからメモ帳を取りだして言うと、他のメンバーが目に見えて硬直した。


「え?」


 何事?と眉を寄せたヴィル。エリオが引きつった笑みを浮かべた。


「隊長殿…俺らがさ、他の軍部と足並みそろえて働いてると思うの?」


「…は、い?でもボク、部会に参加して話を聞いてきましたよ。うちの部隊には特に役割は振られてないですけど、自分たちで考えて動けって事じゃないんですか?」


「いやいやいや。あれね、純粋なのね隊長殿は。役割が振られないのは、そもそも何も求められていないから」


「だいいち、今日は隊長が見たくて集まったけど、いつもは誰もココに来ないもの」


「ええっ!?どういう事ですか?仕事じゃないですか!」


「あのねえ、ココはあくまで異端を引きとめるための部隊で、名目だけで何にもしてないの。わかったかなボク?」


 嘲る調子のエリオに、ヴィルは怒らず…放心した。





「え、でも、ボク、早く結果出さないとクビって言われているんですが?」









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