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ねぎまみれの日(前篇)

 農家という生き方には、敵が多い。


 旱魃、長雨、洪水、曇天。

 作物の病気に、重税、相場。

 思いもよらないことが原因で、当てにしていた収入が得られないことは日常茶飯のこと。

 エーファは今、大きな障碍の一つに直面していた。


白ネギ(リーキ)は要りませんか……」


 古都の住人にとって、白ネギは冬でも食べられる貴重な野菜だ。

 城壁の外で暮らす農民たちも秋から春先にかけては挙って白ネギを育て、古都へ出荷する。


 煮てよし、焼いてよし。

 香りのよい白ネギは暗い色になりがちな冬の食卓に彩りを添え、体の不調を未然に防いでくれる大切な作物だ。

 エーファの友達であるカミラの師匠、薬師のイングリドによると、白ネギを食べ続けることで疲れにくくなり、肩こりも治りやすいのだという。


 そんな白ネギが、今年は豊作だった。

 いつもなら枯れてしまう弱い芽もすくすくと育ち、はじめは多くの農家を喜ばせたものだ。

 ところが、その豊作が問題となった。


 豊作貧乏。

 農家にとっての最大の敵の一つだ。

 あまりにも豊作で、収穫しても引き取り手がいない。


 エーファの家は商品として売るつもりはなく、家族で消費する分をほそぼそと育てていた。

 そのエーファの家でも膨大な量が収穫できてしまい、毎日毎日食卓は白ネギに占領されている。

 煮たネギ、焼いたネギ。


 はじめはお腹いっぱい食べられると喜んだエーファの弟と妹もすぐに白ネギに飽きてしまい、妹のアンゲリカに至っては白ネギを見ただけで涙ぐむ始末。

 仕方がないのでエーファが白ネギを古都の市場まで運んでいく。


 途中の道では、顔見知りの農家の人たちが焚火で何かを焼いていた。

 ネギだ。

 香ばしいネギの香りが漂うが、仕方がない。売り物にならないネギは、焼くしかないのだ。


 漸く市場に辿り着くと、そこには白ネギの山、山、山。

 城壁の周辺だけでなく、近隣の農村でも白ネギの記録的な大豊作だったようで、白ネギが次々と運ばれてきているのだという。




「という夢を見たんです」


 そう言ってエーファは、家から運んできた白ネギをカウンターに置いた。

 昼営業の前、まだ朝と言っていい時間。

 エーファの話を聞いていたタイショーたちは、夢か、と安堵したようだ。


 話をしたいくらい生々しい夢だったのだが、現実でなくてよかった。

 実際には夢のようなことはなく、例年よりも少し多めに収穫できた程度だ。

 いつもお世話になっている居酒屋ノブに、ということで、綺麗なものを選んで持ってきた。


「夢とはいえ、凄い話ね……」


 目を丸くするシノブの隣でタイショーが腕を組んで頷いている。

 タイショーの実家の近くには農家が多かったそうで、そういう話を聞いたこともあるらしい。

 意外なことに、一番反応したのはリオンティーヌだった。


「そうなんだよ……豊作貧乏になると大変でな……」


 リオンティーヌは東王国の小領主の娘だ。

 豊作で相場が下がり、収入のない農民からも税を取らねばならない。


「うちの近くに〈オリーブ臼〉っていう仇名の領主がいてね…… 普段はただでっかいだけで役に立たないって意味だと思っていたんだけど、実はどんな時にもオリーブを絞るみたいに税を……」


 そこまで言って、リオンティーヌは身震いした。

 人間だれしも、思い出したくないことがあるものだ。


「やめやめ。そんなことより、この白ネギを使って何か美味いものを作っておくれよ」

「そうだな。綺麗なネギだし」


 タイショーがネギを下拵えするのを、エーファはワクワクしながら眺める。

 普段見知った食材が、いつもとは全く違うものになるのを見るのは楽しいものだ。


「へぇ、大将、ホワイトソース作るんだ」とシノブが尋ねると

「ハンスがどんどん腕を上げてるから、負けられなくてね」とタイショーが笑って答える。


 急に話題の俎上に載せられ、昼と夜の仕込みをしていたハンスが咳き込んだ。


 タイショーの持つ木べらが深底のフライパンで踊ると、牛乳やバターが滑らかなソースへと姿を変えていく。

 ハンスが茹で加減を見ているマカロニという食べ物はゲーアノートの好物であるスパゲッティの遠い親戚に当たるらしい。

 親戚とわざわざ断るからには、兄や姉、弟や妹もいるのだろうか。

 小麦を練ってアンゲリカの指ほどの大きさに整えたものに、穴が開いている。


「この穴があるから、ソースがよく絡むんだ」とリオンティーヌが教えてくれた。


 リオンティーヌの故郷である東王国の南の方でも、このマカロニという食べ物が食卓に並ぶことがあるそうだ。

 くつくつと料理の煮える音が、耳に心地いい。

 このとろとろのスープで出来上がりなのかと思ったら、まだ途中なのだという。


 耐熱皿に白ネギを並べ、上に煮込んだソースをとろりと掛けた。

 これだけでも美味しそうな皿に、チーズと小麦粉を振りかけると、そのままオーブンへ。


 その間にタイショーは昼と夜の仕込み作業に合流する。

 てきぱきと作業をこなすタイショーとハンス。

 掃除と味見に余念のないシノブとリオンティーヌ。


 いつも通りの居酒屋ノブだ。

 ゆったりとした時間が、店内に流れる。


 チーン。

 オーブンの音で、エーファは目を覚ました。

 いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

 手に大きな手袋をはめたシノブが、ホカホカと湯気を立てる耐熱皿をエーファの前に置く。


「お待たせしました。大将のまかない白ネギグラタンです」


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― 新着の感想 ―
>うちの近くに〈オリーブ臼〉っていう仇名の領主がいてね →うちの近くに〈オリーブ臼〉っていう【渾】名の領主がいてね
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