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異世界居酒屋「のぶ」  作者: 蝉川夏哉/逢坂十七年蝉


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御曹司と硝子職人(前篇)

 三日悩んだが、答えが出ない。

 あの弁当には何故、アスパラガスが入っていたのか。何故、入れることができたのか。

 ロンバウトはただでさえ目付きの悪いのを更に目を細めて古都の街を見下ろした。


 ビッセリンク商会の新しい支社は、古都の中心部の中洲に程近い。

 ここは元々バッケスホーフ商会が所有していた建物だ。所有者がいなくなった後も窃盗の類はなかったらしく、然程荒れていなかったのでそのまま使っている。

 古帝国時代に築かれた都市というだけあって、古都の造りは古めかしい。古式ゆかしいといえば聞こえはいいが、効率を重んじるロンバウトにしてみれば不満な点も多かった。


「この街は、不完全なのだ」


 帝国北部の水運と陸運の結節点となるべき街なのに、北の海へ直接出る水路には莫大な関税がかけられている。途中の貴族を全て黙らせることができれば、随分と大きな利益を生む可能性は十分にあるが、難しいだろう。

 本来なら新たな水路でも引くべきだろう。もちろん、そんな計画を古都の参事会が計画しているとは考えにくい。ビッセリンク商会の資本でやるべきだろうか。


 ロンバウトは小さく肩を竦めた。

 今の目標はこの街からの脱出だ。どう儲けるかではなく、どう見限られるかを考えなければならない。それなのに、どうしても頭は利益を出す方法を考えてしまう。職業病だ。


「ロンバウト様、支度が整いました」


 頷きを返し、階下に下りる。支社開設のためにしなければならないことはまだまだあるが、ロンバウトが直接決済しなければならないことはほとんど蹴りが付いた。

 空いた時間を使って、古都を見て回る。それが今日の仕事だ。


「舗装されていない道も多いのだな」

「帝国の都だった時代に随分と拡張されたようですから」


 ベネディクタに解説させながら見て回る街には、想像していたよりも活気が満ち溢れている。

 ビッセリンク商会が以前に古都について調べたのは、北方三領邦の独立騒動前のことだった。

 あれから僅かな期間で、古都は随分と賑やかになったということだろう。


「そういえばベネディクタ、お前はこの辺りの出身ではなかったか?」

「はい。と言っても育ちは帝国西部のラ・ガンです。生まれたのがこの辺りだ、というだけですね」

「そういうものか」


 この赤髪の秘書がどれほどの苦労をして今の地位にあるのか、ロンバウトには想像すらつかない。

 孤児の身から読み書き算法に簿記と礼節を修めるなど、普通の努力では不可能だ。


 いずれは然るべき地位に就けてやりたい。

 ロンバウトは部下を使い惜しみしない男だが、労苦には必ず報いる。それは女性であるベネディクタについても例外ではない。


「しかし腹が減ったな」


 考えてみれば朝から何も食べていない。

 <四翼の獅子>亭の司厨長は未だに欠勤を続けている。ベネディクタに調べさせたところでは特に医者や薬師にかかっているということもないようなので、仮病で休んだことの追及と後難を恐れてのことかもしれない。


 いずれにしても、ロンバウトは腹が減っていた。

 今すぐ何かを食べなければならないというわけでもないが、無視できるような空腹感でもない。


「ベネディクタ。この近くに飯屋はあるか?」

「ここは馬丁や遍歴商人たち相手の宿が連なる地域ですので、宿で何か軽食を出させますか?」

「宿の飯か」


 稼ぎの少ない遍歴商人相手の宿の質があまり高くないことはロンバウトも承知している。

 好奇心からは食べてみたくはあるが、それは今でなくても良い。


「少し歩きながら考えてみるか」


 夏が近いからか、街は微かに汗ばむ陽気だ。

 こういう昼に何を腹に詰めるかは午後の仕事の質に影響する。

 重いものを食べる気分にはとてもならないが、軽く済ませると夕食前に空きっ腹を抱えてベネディクタを走らせることになってしまう。そういう無駄なことは避けたい。


 馬車の舞い上げる砂埃を避けながら通りを歩いていると、一風変わった酒場が目に入った。

 居酒屋ノブ。

 店名に聞き覚えがある。確かあの仕出し弁当を用意した店のはずだ。

 ロンバウトも目にしたことのない異国風の建築様式。興味がそそられないと言えば嘘になる。

 アスパラガスの謎のこともあった。調べてみる価値はあるだろう。


「いらっしゃいませ!」

「……らっしゃい」


 涼しい。

 店に入って感じたの始めに感じたのはそのことだった。

 どういう工夫があるのか、表の通りよりも随分と過ごしやすい。

 店内を見回すと、少し遅い時間だからか昼食を摂っている客の姿は疎らだ。銀髪の老婦人と赤髪の娘、職人風の男と、見知った顔はいない。

 さすがに参事会員が普段からここで食事をしているわけではないようだ。あるいは、夜になればそういう客も入るのかもしれない。


 何を出すのか品書きを見ようと店内を見渡すと、入り口近くの一角に真新しく張り出されたものがある。

 目を凝らしてじっと見つめると、これも品書きのようだ。


「……ヒヤシチュウカ、はじめました?」


 ヒヤシチュウカとはなんだろうか。あまり耳に馴染みのない響きだ。

 店構えも異国風なら、料理も異国風ということか。面白い。

 あの仕出し弁当にも見知らぬ料理が入っていた。こういう店で食事をするのはロンバウトの好むところである。


「お昼は日替わり定食か冷やし中華からお選び頂けます」


 冷たい濡れ布を手渡しながら給仕にそう言われると、少し悩む。

 ヒヤシチュウカは気になるが、ヒガワリ定食というのも見てみたい。

 ロンバウトは商人に必須の資質は好奇心だと考えている。自身も強い方だいう自覚はあった。


 しかしまさか、ただの昼食でここまでそそられるとは思ってもみない事態だ。

 ベネディクタは店内の様子に興味があるのか、店の内装や他の客の方に視線を彷徨わせている。


「よし、決めた。ヒヤシチュウカを貰おう」

「では私はヒガワリ定食をお願いします」


 二人分の注文に畏まりましたと愛想よく返事をして、女給仕が厨房に伝えた。

 雰囲気のいい店だ。<馬丁宿>通りは支社から少し離れているが、味さえよければ偶に使ってみてもいいかもしれない。

 職人風の男が声を掛けてきたのは、そんな時だった。


「す、すみません、少しお聞きしたいことがあるんですけど」


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