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髭を蓄えた男

 これでタイムトラベラーが監禁(かんきん)されている監房(かんぼう)を開けることができる。急ごう。騒ぎが大きい内に事を済ました方が良い。

 俺は真新しい扉の前に立ち、ポチに教えてもらった暗証番号を扉の横にある機械に入力する。

 炭酸飲料を開封した時のような音が断続的に聞こえてくる。それは扉と壁の隙間から聞こえているようだ。

 頭上から聞こえていた音が足元の方に移っていき、それが床に到達すると共に重量感のある扉が(わず)かに開く。そして、一時(いっとき)の間を置いて、ゆっくりと扉は開いていった。



 中の様子が全く分からない。まるで異世界の入口に立たされてるみたいだ。俺は思わず中に入るのを躊躇(ためら)ってしまった。本当にこの中に入っていっても大丈夫なのだろうか。それ程までに目の前にある空間は異様な雰囲気を(かも)し出していた。

 俺を生唾(なまつば)()み込みと目の前の暗闇に左足を()み入れる。左足が床に着くと今度は右足を前に持っていく。

 俺の眼球は何も(とら)えられない。まだ暗闇に目が慣れていないのだ。足を進めると俺の身体は壁にぶち当たる。それもそのはずだ。この異様なまでの暗さが奥行きを分からなくさせているが、この監房はそんなに大きいものではない。俺は身体を右に向けると辺りを見回した。

 黒く塗り潰された視界に何かが浮かび上がってくる。監房の奥に何者かが座っている。しかし、それがこちらの挙動(きょどう)に反応を示すことはなかった。

 座ったまま眠っているのだろうか。


「瀬戸猛だな。お前を逃がしてやる。その代わり、タイムトラベルについてお前が知っていることを全て話すんだ」


 何も反応がない。聞こえていないのだろうか。俺はその男の肩に手を掛ける。そして、その男の身体を強く揺さぶった。


「お前がタイムトラベルを用いた犯罪捜査に関わっていることは知ってるんだ。俺と一緒に来い」


 俺はその男の腕を(つか)むと強引に引っ張って外に向かう。その男は抵抗することなく後に付いてきている。衰弱(すいじゃく)しているのだろうか。(ひどく)く弱っているように見える。

 俺の目に光が差し込み、目の前が白く(かす)んでいった。

 (まばた)きを何回かすると視界が明瞭(めいりょう)になっていく。そして、俺はその目で男の全貌(ぜんぼう)を確かめる。

 俺が男を見て最初に思ったことは『可笑(おか)しい』だ。それは俺が連れているのが五十歳前後の男だったからである。

 俺の勘ではここにいるのは瀬戸猛という名の捜査官のはずだった。彼は今年の春に警察学校を卒業しているので二十歳前後だと考えられる。タイムトラベルの後遺症でこんな姿になったとでも言うのだろうか。だが、瀬戸猛の同期生に見せてもらった写真の姿とこの男の姿はあまりにもかけ離れている。仮に瀬戸猛がタイムトラベルの後遺症で老化してしまったのだとしても、この顔付きになるとはとても考えられない。

 俺は()を連れて来てしまったのだろうか。

 俺に腕を握られているそれ(・・)からは生気が感じられない。まるで、この世のものではないかのようだ。



 考えても仕方がない。俺は気持ちを切り替えると留置所内を歩き回った。ここは警視庁のどこに位置している。どこが最も逃走に適しているんだ。

 カプセル爆弾の数にも限りがある。慎重(しんちょう)に逃走経路を見極めなければならない。犯罪者たちが逃げていった警視庁の見学施設はフェイクだ。あそこは警視庁のど真ん中に位置している。そして、あそこから逃げるには一階の正面エントランスに行く必要があるが、すぐに機動隊に包囲されてしまうだろう。俺が自動小銃を乱射をしたのはついさっきだ。まだ機動隊が近くにいるはずだ。彼らがこの騒動の鎮静化(ちんせいか)に当たるのは自然の流れだ。しかし、俺はこの騒動の収束には時間が掛かると踏んでいる。自動小銃をぶちかました俺の逮捕にあんなに手間をかけたのだ。脱走した犯罪者のほとんどは軽犯罪で拘留(こうりゅう)されている者だろう。そんな彼らに対して日本の警察が強行手段を取るとは考え難い。

 留置所は建物の角に位置しているようだ。外に面している部屋の壁に穴を開ければ容易に脱出が可能なはずだ。

 運が良い。建物の外側に位置する部屋の一つが施錠(せじょう)されていない。

 ここは運動場のようだ。使用していない時は(かぎ)を掛けないのだろう。俺はその部屋の窓に近づくと、そこから外の景色を(なが)める。

 外の様子は分からないが、この部屋が外に面しているのは確かなようだ。

 ここに穴を開けよう。

 俺は謎の男を残して、さっきまでぶち込まれていた独房(どくぼう)に向かう。またあの(にお)いを()ぐのは気が引けるが、あそこから脱出するなら必要な物がある。

 俺は独房にやって来ると、ゲロ(くさ)い袋の中から小指ほどの大きさの物体と数本の(ひも)を取り出した。そして、近くにあった毛布を持って運動場に戻る。

 まずは下駄(げた)の制作だ。俺が小指大の物体を素早く振ると、そこから小さな刃が飛び出した。そう、これは小型のバタフライナイフだ。俺はそれを使って持ってきた毛布を丁寧(ていねい)に切り()く。そして、それをそこにいる男の足に(くる)んで、ナイフと一緒に持ってきた紐で結んでいった。大した物ではないが無いよりはマシだろう。それを自分の足にも(ほどこ)すと俺はカプセル爆弾を二つ取り出した。

 俺は男と共に運動場を離れ、辺りを見渡す。

 あそこで良いか。俺は二つのカプセルを同時に変形させる。そして、すぐにそれらを放り投げた。一つは勿論(もちろん)運動場の窓付近にだ。もう一つの方は犯罪者たちが留置所から抜け出るのに使った大穴にだ。爆発音がする時にその出所を探られるのはまずい。大穴に向かって投げたカプセル爆弾は本命をカモフラージュするためのものだ。

 二つの爆発音と共に留置所内は爆風に包まれる。


「おい、いくぞ。そんなに高さはないから足で着地するんだ」


 この男がちゃんと理解しているかは分からないが、もう後には退()くことはできない。俺は(ひげ)(たく)えた男を外に突き落とす。そして、男が着地したのを確認すると俺もそこから飛び降りた。

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