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至福の一時

 俺はロビーで取り押さえられると、そのまま留置所に連れて行かれる。このどこかに(なぞ)の捜査官が幽閉(ゆうへい)されているはずだ。まずはその正確な場所を確かめなければならない。俺は身体を暴れさせて刑務官の拘束(こうそく)を解き、留置所の中を走り回る。ロープに(つな)がれているその姿は、(しつけ)のなっていない飼犬(かいいぬ)の様だ。

 留置所内を()け抜けると、一つの部屋が目に入る。その部屋の壁だけ不自然に綺麗(きれい)なのだ。まだ()り固められたばかりなのだろう。外からは中の様子が分からないようになっている。そして、扉には暗証番号の入力装置が付けられていた。その雰囲気からして、ここが増設された監房(かんぼう)であることは間違いなさそうだ。俺はここに瀬戸猛がいることを確信し、その場で立ち止まった。

 気が付くと俺は床に寝そべっていた。身体がひどく痛む。何も(なぐ)り倒すことはないじゃないか。確かに警視庁のロビーで自動小銃を乱射したが、そんなに凶暴(きょうぼう)な男ではない。人を(あや)めたのも生涯で一人だけだ。それも十年以上前の話で、とっくに時効は迎えている。

 俺は刑務官に起き上がらせられると、そこから監房の中に引きずるうように連れて行かれた。



 独房(どくぼう)の中で俺は(かべ)の材質を確かめる。テストした壁とそこまで違いがあるとは思えない。この程度の壁なら大丈夫だろう。

 俺は下の歯に(はさ)んでいた糸を引っ張っていく。

 激痛と共に荷物が食道を進んでくる。それなりに覚悟(かくご)していたが、こんなに(つら)いとは思わなかった。一気に取り出してしまいたいところだが、そんなことをしたら食道を傷つけてしまいそうだ。それが喉元(のどもと)の辺りにまでやってくると、俺は激しい吐気(はきけ)(おそ)われる。俺はそれを胃液(いえき)と共に吐き出してしまった。

 胃液まみれのそれは異様な臭いを放っている。今日は食事を取らなくて良かった。もしも胃袋に何か入れていたら、それもぶちまけていたのだろう。

 俺はゲロ臭い袋を開け、中から様々な色のカプセルを取り出していく。そして、その中の一つを飲み込んだ。この青いカプセルは胃薬だ。数刻前に異物を呑み込んで、今度はそれを吐き出したのだ。酷使(こくし)させられたモノは(いた)わってあげなければならない。今度は赤い色のカプセルを取り出す。このカプセルは数粒あるが、とても危険な物だ。小さくてもその威力(いりょく)(あなど)れない。俺はこの赤いカプセルを引っ張って変形させる。そして、それを部屋の(すみ)に置くと、そこからできる限り離れて毛布に(くる)まった。

 爆発音と共に暖かい風が俺の身体を吹き抜けていく。部屋の隅を見ると、そこには直径一メートルほどの穴が開いていた。成功だ。ついでに(となり)監房(かんぼう)にも穴が開いていた。


「国に属さぬ同志たちよ。私は諸君を解放しに来た。共にここから逃げ出すぞ」


 俺は高らかに(さけ)んだ。この留置所にどんな犯罪者が収容されているのかは調べていない。よく考えると『国に属さぬ同志たち』と叫んでるのだから、その言葉は外国人テロリストに向けたものだろう。それなのに日本語で(うった)えかけるなんて頓珍漢(とんちんかん)なことと言える。

 しかし、留置所内はどこの国の言語かも分からない歓声(かんせい)()いた。そう、俺の言葉には人種の壁なんて存在しない。まあ、そんなことはどうでも良いのだが、彼らには騒ぎを大きくする役目がある。途中、一人の刑務官が現れたが、カプセル爆弾を投げつけるとどこかに吹き飛んでいった。さっきのお返しだ。

 他の刑務官はどこかに退避(たいひ)したようだ。留置所内は様々な人種の犯罪者たちで(あふ)れていた。俺は吹き飛んでいった刑務官の下に駆け寄っていく。まだ生きているようだ。俺は倒れている刑務官の口に黒いカプセルを入れると、その口を指で(つま)んだ。


「俺のプレゼントはまだ呑み込んでないよな。イエスなら(まばた)きを二回するんだ。ノーなら三回だ。ゆっくりやれよ。早いと分かんないから」


 刑務官は力強く目を(つぶ)った。その回数は二回だ。


「そうか、それなら助かる可能性がまだあるな。お前が(くわ)えているのは俺がさっき投げつけたカプセル爆弾だ。こいつはね、衝撃(しょうげき)を与えると爆発する魔法のカプセルなんだ」


 男は口をもごもごと動かすが、俺は指の力を弱めない。刑務官はその傷付いた身体で必死に抵抗(ていこう)しているようだが、全く力が込められていなかった。そんなんじゃ駄目だ。力を入れる時はもっと歯を食い縛らないと。


「良いか、俺も腕が吹き飛ばされるのはご免だ。俺の言うことにはちゃんと従うんだぞ、ポチ」


 刑務官は子犬のような目で瞬きを二回した。その目からは大粒の涙が(こぼ)れ落ちる。


「よし、俺はね、あの厳重にガードされている監房の中に興味があるんだ。でも、あそこの壁だけ頑丈そうで、このカプセル爆弾じゃ穴が開けられないかもしれないんだ。ポチは協力してくれるよね」


 その答えは聞くまでもない。


「あの監房の扉を明けるには暗証番号を入力しないといけないみたいだね。ポチは暗証番号を知っているかな」


 ひどい顔だ。溢れる涙と(ひたい)の汗の(あわ)せ技でポチの顔はびしょ()れだ。


「じゃあ、暗証番号をポチの指で教えてくれるかな」


 ポチは腕を自身の胸の上に持ってくる。そして、その腕を激しく震わせながら四桁の暗証番号を伝えてくれた。


「良い子だね。指を離すから、カプセルをべーしてごらん」


 ポチは恐る恐る(した)を出す。その上には黒いカプセルが置かれていた。俺はそれを手に取ると、そのままポチの額に押し付ける。黒いカプセルは小さな破裂音を発する。そして、どこかから雷鳴(らいめい)のような音が鳴り響く。留置所が小刻(こきざ)みに()れる。この感じだと建物全体に振動が伝わっているだろう。周りにいた男たちが音のした方に向かっていく。そして、男たちが見学施設に面している部屋の扉を開けると、彼らから再び歓声が沸き上がった。

 男たちは次々と留置所から姿を消していく。どうやら上手くいったようだ。俺は犯罪者たちがいなくなった留置所でポチの耳元で優しく(ささや)く。「嘘だよ」、その言葉を聞いたポチは幸せそうな表情で天に(のぼ)っていた。その股間はアンモニア臭のあれで濡れている。

違った作風のものにも挑戦しようと思うので更新が遅くなります。

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