奉仕の精神
第三次世界大戦は日本を戦火の渦に包み込み、一つの経済都市を没落させた。かつての日本の首都である東京のことだ。今は日光なんてド田舎が新都を名乗っている始末だ。今やこの街は犯罪の温床と化してしまっている。ほとんどの首都機能が新都に移行したが、犯罪の抑圧という名分で警視庁だけは東京に残った。だが、奴らは何の役にも立ちやしない。ここで起こる多くの犯罪は国を失った中国人たちによるもので、それを日本国家の犬が取り締まったとしても、火に油を注ぐだけだからだ。この街には組織の枠を超えた存在が必要だ。俺じゃ駄目だ。社会保障番号を持たない奴なんて新宿に行けば腐るほどいる。もっと常識外れな奴がこの街の救世主に相応しい。
性格や人間性の重要性を説く奴がいるが、あんなものは嘘に決まっている。もし、それが事実なのだとしたら、女から金を騙し取っているにも関わらず、周囲からは誠実な男と思われている俺の存在が否定されてしまう。世の中なんてものは外見と仕草で大方決まってしまうのだ。硬派な顔付きで落ち着きがあれば誠実な男になれる。いや、誠実な男を演じさせられるのだ。人生はそれぞれに与えられた役回りを演じるだけで上手くいってしまうのだ。そう、演じれば良いだけだ。中身は伴ってなくても構わない。表面的にそう思われれば良いだけだ。
女を騙すのにも飽きてしまった。女の扱いに関しては上っ面の良い言葉だけで何とかなる。あいつらは頭の中がお花畑の生き物で、どいつも夢のある言葉に弱いという特徴がある。突っ撥ねる奴がいたとしても、それは発せられた言葉が信用できていないだけだ。一度、信用を勝ち取ってしまえば、その後はどうにでもなる。
物事はパターン化された途端に退屈なものになってしまう。人生は楽しまないと意味がない。今度は何をしたら良いものか。意外性のあるものがいい。今まで考えもしなかったことだ。慈善事業なんかが良いかもしれない。だが、俺には拘りがある。それは何事も本質を見極めてから行動を起こすことだ。奉仕の精神と言えばナイチンゲールだが、彼女は意外にもボランティアに対して否定的な考えだった。統計学者でもあったナイチンゲールはビジネスとして看護を確立させようとしていたのである。本当かどうかは知らないが、発展途上国へのボランティアにお熱になっている若者に「こんな所にくる暇があるなら、あなたの身近な人の助けになりなさい」と言い放ったそうだ。つまり、ナイチンゲールは目の前に置かれた状況を根本から解決しようとしていたのだ。崇高な彼女を見習うならば、今日の日本が置かれている状況を打破するためには、その根源となるものを浄化しなければならない。そう、東京の浄化だ。こんなにパンチの効いた慈善事業は他にない。
ある科学者が今世紀最大の発明をした。時空間移動装置の発明だ。俗に言う『タイムマシン』だ。その偉大な発明は迷宮入り事件の全てを解決に導くと言われた。しかし、蓋を開けてみると、その計画は潜入捜査官の失踪という形で失敗に終わった。だが、腑に落ちない点がある。捜査官が失踪したと言うのなら、その間抜けな捜査官の名前が公表されないのは明らかに可笑しい。捜査官の失踪によって計画が失敗したと言うのなら、また別の捜査官を過去に送り込めば良いだけの話ではないのだろうか。そして、時空間移動装置の発明者が責任を取らされ、警視庁の特別監督官を退任している。この一連の出来事には何か裏がある。その科学者が発明した時空間移動装置に何か欠陥があったのだろう。この装置は東京の浄化に利用できるかもしれない。タイムトラベルそのものは失敗しても構わない。要は腐敗した東京を浄化できれば良いのだ。警視庁が嘘を付いてまで隠していることだ。何か危ないものを秘めているはずだ。
巨大な組織を調べる時は、内部の金の流れを調べてやれば良い。行政の管轄下にある組織なら、大雑把な予算配分はすぐに調べられる。
警視庁内の金の流れを調べると面白いことが分かった。タイムトラベルを用いて未解決事件を捜査する特別捜査課が凍結され、その予算が留置所の設備投資に注ぎ込まれている。現実的な資金の使い方と言えるが、警視庁が犯罪者を一時的に収容するに過ぎない施設に予算を使うなんてありえない。今の東京都の置かれた状況を考えれば、他に使うべき所があるはずだ。警視庁の留置所に何か秘密があると考えて良い。留置所への追加予算はダミーとも考えられるが、もっと良い隠し方はあっただろう。つまり、留置所への追加予算はダミーなんかではなくて、実際に設備投資が行われたということだ。そこに公にできない要人が収容されているのだ。今回の場合、時空間移動装置によって過去に送り込まれた捜査官が怪しい。彼は失踪したと発表されているが、実際は潜入捜査によって明らかになったタイムトラベルの欠陥を隠すために幽閉されているに違いない。POUCと呼ばれている未解決事件捜査計画はタイムトラベルに関する規制法案を緩和してまで行われたものだ。それによって発覚した不都合な真実を警視庁が隠蔽していても不思議ではない。まずは、警視庁の留置所に収容されているタイムトラベラーを奪還する事にしよう。