夢について少女が語ったこと
少女が浜辺にただひとり立っている。地平線に淡い燐光が現れて、海にその染みが広がる。通りに人の姿はなく、街灯はまだ青白い疲れをばらまいている。やがて彼女は濃密な光の風に包み込まれていく。
黎明が広がっていく。
すっかり夜が明けると、空はいつもと変わらず、蒼く平坦に張りつめ、雲一つなかった。彼女はあてもなく散歩するのが好きだった。ふとした道を曲がり、ふとした庭で立ち止まり、また歩き出す。
軽快な足取りで二つほど通りを曲がった時に、少女の歩む先に一枚の紙切れが転がってきた。彼女はそれを拾い上げ、書かれていた文字をを読み上げる。「ぐのーてぃ、せあうとん……」。どういう意味だろう?そう考える間も無く、それは突然ふっと消え失せた。どこからともなく声が聞こえた。
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「おめでとう、君はゲームに参加する権利を得た」
若い男の声だった。少女は周囲を見回したが、誰もいなかった。
「……誰?ゲームって?」と少女は独り言のようにつぶやいた。
「さあ?そんなことよりゲームに参加するの?しないの?」
「だからそのゲームって何?」
「ゲームはゲームだよ。決められたルールに従って決められた目標を達成する、それだけ。もちろん君の得になることも損になることもない」
少女は一瞬考える仕草をした後に、確かな目つきで虚空を見つめ、
「じゃあ、やってみる」と言った。
それと同時に、少女は頭に激しい痛みを感じ、気を失った。
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少女は、ベッドの上で目を覚ました。すぐそばの机の上には一枚の紙片が横たえられていた。少女はベッドから身を乗り出し、何が書かれているか確かめようとする。表には何も書かれていなかった。裏返してみた。白紙だった。机の引き出しを開けてみた。水の入ったグラスがあった。何の気なしにさっきの白紙の紙片をグラスの水に浸してみる。すると、白煙がもくもくと巻き上がった。なんだか眠くなってきたので少女はまた眠りについた。
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少女はベッドの上で目を覚ました。すぐそばに黒い机と椅子があった。少女は椅子に腰かけ、机の上にある紙切れが白紙であることを確認した。机の引き出しを覗く。手前に水の入ったグラスが、奥の方に一枚の紙片が入っていた。紙片には山の絵が描かれていた。少女は特にそうするつもりもなくそれを水に浸してみた。すると、グラスから煙が巻き上がり、周りが見えなくなった。
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気が付くと、少女は山の麓にいた。ぽかぽかと温かい春の陽気に心を励まされ、あの靄のかかった山頂まで行ってみたい、と少女はなんとなく思った。誰かの声が春風に紛れて聞こえた気がするが、きっと気のせいだろう。足取り軽く門をくぐり、山頂へと続く石段をのぼり始める。そうして十五分ほど進むと、階段はとぎれ、その先にはゆるやかな下り坂が見えた。少女は不思議に思いつつも坂を下った。下り続けた。――坂はみるみる急になり、少女はいつの間にか足を踏み外して白い靄の中へと落下していった。
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気が付くと少女は山の麓にいた。緑に囲まれた空気は優しく穏やかで、空はこの上なく晴れ渡っているが、山の頂上は高く、その辺りには靄がかかっていた。少女に語りかける声がある。「あの上まで行きたい?いいよ、僕が手伝ってあげる」とつぜん体が軽くなった気がする。というかいつの間にか体が宙に浮かんでいる。「さあ、体を動かしてみて」動かしてみてって……?と思いつつもためしに手足をばたつかせてみると、少女の体は砲弾のように前に弾き飛ばされ、そのまま蒼くけむる山頂に向かって突入した。
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少女は平坦に張りつめた蒼色の靄に囲まれた。しばらくすると靄は解け、荒れた空とゴシック風の洋館とが姿を現した。正面の扉を軋ませて中に入ると、二つの扉があった。右の部屋に入る。中は真っ暗だったが、何かぼんやりとした気配を感じる。寒気がした。部屋を見渡していると、突然後ろから首筋を触られたような感触がして、急いで外に出ようとしたが体が動かず、少女は体をまさぐられ続け、声にならない叫びを上げた。
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少女は平坦に張りつめた蒼色の靄に囲まれていた。靄が解けると、いかにも妖しげな洋館が目の前に現れる。正面の扉を開けると、そこは小さな立方体の部屋になっていて、今入ってきた扉のほかに二つの扉があった。左の扉を開けたとたん、後ろに何かの気配を感じた。少女はそれから逃れようと、振り向くこともせずに前へ、前へと走り続けた。するといつの間にか最初の立方体の部屋に戻っていた。少女は不気味に思って洋館を出た。
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少女が浜辺にただひとり立って、ゲームに参加して、ベッドの上で目をさまし、気が付くと山の麓にいて、平坦に張りつめた蒼色の靄に囲まれていた。
少女は散歩し、会話し、ぼんやりとし、あるときは坂道を下りたり、空を飛んだりして、またあるときは金縛りにあったり、走り続けたりした。
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いま、少女はベッドの上で目をさまし、海の夜明けを見に行こうと支度をしているところだ。




