100度、殺してください。(語り:〇〇)
〇〇の館へようこそ。
初めましての人も、そうでない人も。読み聞かせの時間ですよ。
今回は、夢に関するお話です。
夢。色々な形がありますが、彼女が見ていたものは……。
それでは、ご堪能ください。
老婆が居ます。
お寺の前に佇みながら、彼女は、ぶるぶる震えていました。
「どうか、どうか!天人様!私を……ひゃ、100度殺してくださいっ、どうか……」
彼女は、そう叫びながら手を合わせます。
何故、100度も?何故、殺してなどと?
そう感じた方も居るでしょう。
実は、彼女。生まれ変わる度に、殺人を犯してきたのです。
前世では、20人余りの人を殺し。そのまた前世では、30人もの人を殺しました。
そして、次第に。計100ともなる数が、彼女の背中に乗っかったのです。
ですから、憑いている怨念も、相当な数。怨念達は、互いに顔を見合わせて。
こんな相談を、していました。
「なあ、おい。こんな形じゃ、俺らの死は報われないぜ」
「ああ、本当にその通りだ」
「そうだわ!思いついた!天人様へ、こう持ち掛けるのはどう?」
などと話しながら、恐ろしい計画を、練っていったのです。
まずは、老婆をそのまま、生まれ変わらせる。次に、平々凡々と彼女を生かせて。
ある日、息を呑む暇も与えずに。
「お前は、前世で人を殺した!極悪人だ!」
と、100人余りで罵ろう。
待っている先は、どう足掻いても地獄。
死んだら彼女は、まずは拷問に掛けられる。手足を引き裂かれ、目を抉られて。
八大地獄の名の元に、その身を焼かれることになろう。
もちろん、生きている間とて、決して幸せなど与えない。
そんな渦中に、閉じ込めてしまおうと。
彼らは掛け合い、天人様へ頼み込んだのです。
天人様は、老婆の所業に、いっそう憤っておりました。
何故ならば、彼女のもたらした被害は、あの世ですらも巻き込んでいて。手を変え、品を変え。暴挙を振るう老婆は、あまりに醜悪だったからです。
「……分かりました。では、こうすることに致しましょう」
と、天人様は切り出します。
彼女は、こう宣いました。
復讐のため、平和のため。老婆を、悪夢へ誘いましょう。彼女を、現世へ舞い戻すことは、許されません。
しかし、夢の中でなら、彼女は生まれ変わることができる。それこそ、幾度も、幾度も。
そのために計画を練りましょう。
何年も、何十年も。
もちろんその間、彼女を逃してはなりません。
衆人環視で、彼女を見張り。
或いは、牢へと閉じ込めて。彼女を、永遠の囚人とするのです。
天人様達が練った計画は、実に周到なものでした。
老婆を閉じ込める部屋を、神様の力で用意して。その渦中に、彼女を座らせる。
そして、真っ赤な眠り香を、彼女に嗅がせてやろう。という、内容。
その眠り香は、悪夢の雄叫びを取り込んだ、特別製。獏の力で祓わないと、決して解けない、強い呪いです。
さて。仕上がった悪夢の渦中に居て。老婆は大いに、怯えているのでした。
当然ですよね。誰だって、死んだ先が地獄だと判れば。それが確定していれば。
冷静さなど、どこかへ飛んでしまいます。
そして、憐れにもこう考えたのです。
そうだわ……!私がもし100度死ねば、天人様も、被害者も、私を赦すかもしれない!
100度死ぬ。それは即ち、己が宝を、100度も支払うということでした。
けれど、彼女は思うのです。
永遠の拷問に、掛けられるよりも。限りある刑罰の方が、よほどマシだと。
であればこそ、大声で頼み込む彼女に対して。天人様も、被害者も、その遺族も。
総ての声が、黙り込みました。
しぃん……と、静まり返った後。彼女の耳元で、誰もがせせら嘲笑います。
「言った!言った!ついに言った!」
「ああ、なんて浅はかな女!もう取り消せないわよ!?」
「こらぁ面白い!見物じゃあ!」
ゲラゲラ、ゲラゲラ。
連なる声が、大地を穿つ魔物の如く。
彼女へと、襲い掛かりました。
さあ、もはや逃げられない。何と、滑稽な話でしょうか。
彼女は、自分で自分の首を、締めたのです。だって、彼女に、自ら100度も死ぬ勇気などない。
誰の目から見ても、それは明らか。
天人様は息を吐いて、静かに。
とある袋を、取り出しました。
「そうですか。ならばこちらを飲みなさい」
などと、言いながら。老婆の掌中に、その袋を押し付けたのです。
中には、沢山の薬が入っていました。
小分けにされて、大切にしまわれています。
「死ぬための薬だよ!」
怨念達は、無念が晴らせると言わんばかりに。一層激しく、はしゃぎました。
そしてその日から、老婆の更なる地獄が、始まったのです。
幾度も、幾度も。老婆は、薬を飲まされました。有無を言わさず、淡々と。
やはり抵抗しましたが……。
それでも、怨念達は手を止めず。飲め!飲め!飲め!と、彼女を急かすのです。
薬を飲むと、妙な心地がしました。
体がビリビリ、灼けるように痒いのです。
それに、喉は渇くし、肩も重くなる。
一日中眠気がして、歩くことも、ままならない。
しかし、どうしたことでしょう。
一向に、死ねないのです。
泣けど、もがけど、苦しめど。
声達は、彼女にこう吐き捨てました。
「そう簡単に殺してたまるか!しばらくは、死の恐怖を味わってろ」
「もしかしたら、今日かもしれんぞ!お前が死ぬのは!」
という怒号が、辺りに響くたび。
老婆は震えて、縮こまります。布団の中で、1歩も動けず、夜を明かしました。
そして、幾度、薬を飲み続けたでしょう。
幾度、悪夢の中で魘されたでしょう。
彼女の体に、変化が現れました。
鏡で見える己の顔から、シワが、徐々に消えてゆく。手足についたシミは、ぼうっと霞んで、沈んでゆく。
まるで、幽霊になるかのような心地。
いよいよもって、ダメか。なんて思い、彼女は目を伏せます。
そこに、天人様の声がしました。
「聞こえますか。良いですか。毎日欠かさず、この薬を飲むのですよ」
などと言われたので、彼女はもはや、考えることもできないままに。
はい、と一言呟きました。
とうとう、抗う気力も失ったのです。
そしてただ、カラクリのごとく。
出される薬を、飲み続けました。
そして、飲み続けて。
幾重もの月日が経ちました。
「……もう、大丈夫そうですね」
という言葉が、老婆の耳に届きました。
老婆——いいえ。うら若い娘は、ぼうっとした目のまま。
相手に、こう問いました。
「……天人様。私は、ずっと、夢を見ていたのですか?」
その声を聞いて、相手はとても冷静に。彼女を、優しく諭します。
「いいえ。私は、天人様ではありません。私は、あなたの医者ですよ」
と言った彼女の言葉に、嘘はありませんでした。
そう。彼女は、天人様ではなく。娘を見守る、お医者様なのでした。
娘がお寺だと思っていた場所は、よく見ると、どこもかしこも真っ白で。漂っているのは、鄙びた木の匂いではなく。清潔で明るい、空気でした。
死ぬための薬。そう思いながら受け取っていたものは。彼女の心を鎮めるための、薬だったのです。
「あなたが見ていたのは、夢ではありません。病が見せた、幻です」
お医者様はそう答え、彼女に微笑みかけました。
娘は、その言葉を聞いたきり。納得のいかない想いで、俯きます。
でも……じゃあ、あれは、まやかしだったというの?とてもそうは思えない。だって、あんなに生々しくて……。
そう。確かに彼女は、味わったのです。嘘、偽り、言葉の綾。そんなものでは説明のつかない、幻の魔力を。
であればこそ、彼女は躊躇いがちに、反芻するのでした。
自分のこと、家族のこと。記憶はもうズタズタで。
ゆっくり思い出していきましょう。なんて言われたけれど、受け入れられる気がしない。
お医者様は、そんな娘を見て、こう口添えます。
「あなたは何も、悪くない。恐い人でも、
殺人鬼でもありませんよ」
彼女の瞳に、老婆の影はありません。ただ、虚ろな目をして俯く病人。その姿が、佇むばかりです。
彼女は、その日の最後にこう締めました。
「本当に恐いのは、あなたではない。幻でもない。あなたへ、幻の種を撒いた……。加害者達です」
誰しもが、悪しき幻を飼っているもの。
その幻を、飼い殺すのか。誰かに与えてしまうのか。
選択は、あなた次第です。後悔がないと良いですね。
さて。今回は、ここまでです。
良い夢を、見られますように。




