淋しがり(語り:〇〇)
ようこそ、〇〇の館へ。
初めましての人も、そうでない人も、読み聞かせの時間ですよ。
みなさんは、〈あい〉と聞いて、どんな単語を思い浮かべますか?
愛?藍?EYE?それとも、哀でしょうか。
今回は、〈あい〉についてのお話です。
その言葉が、どんな意味を持つのか。お話を読みながら、考えてみると……。
きっと、淋しがりやな兎も、喜ぶでしょう。
……なーんて。
どう味わうかは、あなたの自由。
ご堪能ください。
ある所に、淋しがりやの兎が居ました。
兎は、真っ白い毛並みをした、可愛い女の子。地位も、栄誉も、才もあって。光り輝く月の国に住む、とっても恵まれた子供でした。
しかし、彼女には唯一、足りないものがありました。それは、人間との関わりです。
人と人とで、言葉を交わし。情を深め。色んな物を、創っていく。
その様子に、兎はいつも、見惚れていました。
ある日。兎はついに、大きな声を張り上げます。
「お父さん、お母さん!私、地上へ降りたいの!人が住む場所で、思いっきり、呼吸してみたいわ!」
元気にぴょんぴょん跳ねる彼女。
その姿を見て、親達は、深々と溜息を吐きました。
「だめよ。地上は危ないの。あなたには、とてもやっていけないわ」
「そうだ、そうだ。地上は危ないんだ。
ここに居なさい」
「私達が、守ってあげるわ」
可愛い子には旅をさせよ。と言いますが、彼らはどうにも、心配性なのです。
娘がひとたび外に行きたい!と言えば、いけません。と宣うし。はたまた、彼氏を作りたい!なんて叫ぶと、一日中ハラハラドキドキ。眠れなくなって、体を壊す始末でした。
そんな有り様だから、地上に降りるなどもってのほか。
「どうしても行きたいの?なら、護衛を、何万匹も引き連れなさい」
「鎧を被って行きなさい」
なんて言うのです。
兎の子は、親の言い分に、呆れてしまいました。すっかりむくれて、ふて寝をして。
月が太陽を喰らう日、ふとこう考えたのです。
「そうだわ……!お日様の影にこっそり隠れて、そのまま下に降りちゃいましょっ」
と、言うが早いか。
るんるんっと踊るように、月面を駆け。彼女は、跳びました。地上へ向けて。
地上へ着くと、思っていたよりずっと、そこは広大で。
兎は足がすくみましたが、何とか踏ん張り、跳ねました。
そして、おっかなびっくり進んでいると。
「……ヒック。何だぁ?おめぇ……」
とんでもなく背の高い、木と目が合いました。……いえ、よく見ると人です。
手足が枯れ枝のように細く、白い、巨人!
兎はびっくりして、ひっくり返ってしまいました。
そのままジタバタしていると、頭上から、
せせら嘲笑うような声がして。
「変なやつ!晩飯にしよ〜っ」
などという、獰猛な雄叫びが、場に落ちたのです。
兎はすっかり涙目になって、ぷるぷる震えていました。
なんせ、相手はデカブツ。声が大きく、呑兵衛で、やたらと牙が鋭い人間。ゾッとするほど綺麗な顔も、むしろ恐ろしい。
「ば〜んめしっ!ば〜んめしっ!」
はしゃぐ姿は子供のようです。
しかし、兎を掴みとるその腕力は、ともすれば、岩を砕くほど。
こうしてたちまち、兎は、巨人に捕らわれたのでした。
「ばんめし〜、ばんめし〜」
言いながら、薪を集める彼。その光景を、尻目に。
兎は、カリカリ縄を噛んでいました。
噛み続けたら、いつか切れる。そう信じて、ひたすらに。
軋んだ縄の悲鳴が、場に落ちます。
それから、半刻経った頃でしょうか。
ふと、巨人の声が響きました。
「……なあ、それ。いつまで噛んでんの?」
風の怒号を思わせる、地の底から響く声。
怒気こそ含んでいないけれど、溢れる迫力。それらに、兎は今度こそ、泡を吹きそうになりました。
「ピッ……!……ピエェッ……!」
よく分からない悲鳴を上げて、泣きじゃくること、数分。ふと、顔を上げてみると。
今度は、痺れるような瞳と、目が合いました。どこまでも無表情に、相手は、自分を舐め回していたのです。
「ヒッ……!す、すみませっ、すみませっ……」
怖くて、怖くて。息が乱れる兎。
そんな彼女をよそに、巨人は、耳をかっぽじります。
「ん〜……。……ぶふぉっ!」
「何だお前?何か変なやつだな〜、オォイ!」
至極ガラ悪く、こう叫びました。
「よぅしっ、気に入った!今からお前を、俺の友達にしてやろうっ!」
とびっきりの笑顔で。
「まあよく見たら、貧相だな。晩飯にも、ならなそうだからな〜」などと。
友達という名前であれど、兎は兎。
巨人は、ただ向こう見ずな思いで、彼女を友と呼びました。なんせ、本来は交わらない者同士。であればこそ、強く惹かれたのでしょう。
巨人はぽけーっと空を眺め、こんな風に思っていました。
「いつか兎を抉って喰らい、自分のものにしてみたい」
考え出すと、涎が出て止まりません。
そして、我欲を抑えられるほど、彼は聡くもありません。
なんせ、元は風変わりな神の使い。トラブルを起こし、追放された身。言うほど高尚ではなかったのです。
そしてある晩、いよいよもって、彼はこう切り出しました。
「なあなあ、兎ちゃん。お前の毛並みは、月の匂いがするな」
ともすれば、甘い誘惑に思える一言。
しかしどう足掻いても、その音吐に宿る色は、酷薄で。兎の耳に落ちたとたん、不気味に膨らんでいきました。
「なあなあ、兎ちゃん」
などという吐息が、一歩、また一歩。にじり寄ってくるのです。
兎は、なす術もなく。彼に襲われて、おしまい。
なんてことはなく。
勇気を持って、その顔面を蹴り上げました。我慢ならずに、自慢のバネで。
ガツンッ!ドスンッ!と、鈍器のごとき蹴り技を、彼に食らわせたのでした。
さて、一通り蹴り終えた頃でしょうか。
巨人は、こともあろうに。
鼻歌を歌いながら、立ち上がったのです。
「いった〜い……」
題名をつけるとしたら、「痛いの歌」。
そう思わせるほどに単調なフレーズを、延々と呟きながら。しかしゆらりと微笑むと。
「ああ〜……けど。……うん。もっと殴って……?」
と、彼は兎に、問いかけたのでした。
それから、実に数月経ちました。
兎の元には、何度かお迎えが来ましたが……。
巨人の殺気に、皆が彼を恐れ、逃げていきます。中には、「殺すぞ」と睨まれただけで、死んでしまう者も居て。巨人は、そんな彼らの姿に、呆れつつも噴き出しました。
「困ったな。こんなに大量……。……喰えねえんだけど」
などと言って、仕方なく、体をなでてやります。するとたちまち、兎達の体は、光り輝いて。抜けていたはずの魂が、ぽうっと、その身に宿るのでした。
といったことばかり、地では繰り返され。
また、襲われては反抗して。
とうとうある晩、兎は、巨人を嵌めることにしました。
よく懐いたふりをして、しきりに甘えるのです。そして酒を飲ませ、散々っぱら酔わせます。
もう朝日が昇ったかという頃。赤ら顔でとろける巨人に、彼女はこう告げました。
「さようなら、巨人さん」
突き放すような一言です。
巨人は、飾りっ気のないお別れに、ふと瞼を開けました。
とろんとした目で兎を見つめ、口を開くと。
「……なぁに言ってんだぁ?兎ちゃん」
頬をだらしなく緩め、そう宣うのです。
「…………。……俺は、お前を、いつか取り込む。俺の掌に、ぎゅーっと収めてぇ……
優しく、可愛がるのぉ……。ふふふふふ」
甘ったるい声と、間抜けな動きで。そう述べる彼の眼に、もう光はありません。
しかし、朝日を見上げると、確かな音吐でこう吐きました。
「覚えておけよ。お前は、俺の手からは逃げられない。どんな手段を用いても、必ずお前を、取り込んでやる」
だなんて。
思えば、彼は敢えて、逃げる兎を止めなかったのでしょうか。それは分かりません。
しかし、朝焼けが眩しいこの日に、兎は、
外へ発つことを決めたのです。
振り返った彼女の視界で、鬼が微笑んでいました。
兎は、逃げました。
逃げて、逃げて、逃げて。
月からのお迎えも、突っぱねて。
ただひたすらに、大地を駆けました。
彼女は知りたかったのです。
人々の、温もりを。
さて、時は流れて数年後。
彼女の元を、1人の小柄な老婆が、訪ねてきました。
「ごめんください。あら、可愛い兎ちゃん」
ある屋敷で、大層可愛がられていた兎。
彼女は、老婆と目が合うと、ぺこりとお辞儀をしました。
老婆は気前の良い人で、彼女を見ては、たんと餌をあげます。そして、頭を撫でたり、頬ずりをしたりするのです。
ある晩。兎は、すっかり安心して、丸くなっていました。場所は、何を隠そう。老婆の膝上です。
「……ふふ。兎ちゃん、本当にお前は可愛いねえ。俺みたいな粗忽者に、懐きおって……」
老婆は、ともすれば愛おしそうに。彼女を、甘やかな目で見つめました。
そして、ぽつりとこう吐くのです。
「ねえ、兎ちゃん。覚えているかい?いつだったか……俺がお前に、殴られた時。お前の毛並みは、優しい、月の匂いがしていたねえ」
だなんて。言いながら、彼女のお腹を撫でました。
そして、朝日が来る前に。
こともあろうに、老婆は、兎を喰らってしまったのです。
痛い、苦しい、恐い。そう叫ばれても、手を緩めずに。獰猛な歯は、昔見た誰かのものと、そっくりに光っていました。
さて、その後。
兎の元には、色んな人が訪れました。
時が移ろう度に。
ある少女は、怪我をしながら兎へ近付き。
ある青年は、甘い果実をひとかけ持って、兎を釣り。
ある悪童は、兎を無理やり抱きしめて。
皆、結局はこう宣うのです。
「兎ちゃん。覚えているかい?」
「俺を殴ったあの日」
「お前の毛並みは、月の匂いがしていたね」
と。
そして甘やかに、かつ執拗に。色んなやり方で、兎を喰らうのでした。
それは、ある種の呪いでしょうか。答えは、誰にも分かりません。
ただ、言葉を交わすにつれ、兎はすっかり、心を病んでいきました。
気が遠くなるほどの、月日が流れて。
時代は移ろい、幕府が、参勤交代を始めた頃です。
すっかり憔悴しきった兎は、1人、森で震えていました。
「もう、もう、誰のことも信用しないわ……!」
なんて、呟きながら。
するとそこに、こんな声が、通りすがりました。
「おい、起きろこの死に損ないが!」
「死ね!死ね!」
「さっさと立てよ!」
見てみると、死体が、蹴り飛ばされています。いえ、よく見ると死体ではありません。痩せこけて、今にも事切れそうな、子供です。
兎はおったまげて、輪の中へと入っていきました。
「何すんのよっ!」
と叫び、いじめっ子達を蹴り飛ばします。
幸か不幸か。彼女のバネは、衰えていなかったのです。
さて。
それから彼女は、死にかけの少年と、仲良くなりました。
ある日は、一緒に食べ物を探して。ある日は、日向で横になったりして。
何とも平和で、優しい日々が、彼女達を照らしました。
久しぶりの安息に、兎は羽を伸ばします。
すっかり心が癒えた彼女は、彼を好きになりました。
懐く想いが、恋心と呼べるものなのか。
ということは、さておき。
何にも代えられないほどに、兎の中で、彼は大切になったのです。
けれど、どんな時間にも終わりが来るもの。彼は、紅顔の美少年へと、育ちました。よれた格好をしていても、隠しきれないほど。
すると、とある店から買い手がついて。
ある日、故郷を発つことになりました。
「またね、兎ちゃん。何処かで会おう」
そう優しく告げて、兎の頭を撫でて。彼は、彼女の側から離れたのです。
兎は、泣きました。
沢山泣いて、喚いて。声が消え失せるまで、喉を涸らして。
それから、こう決めたのです。
「いつか、彼を追ってこの地を発つわ!」
まだ、沢山の人と関わる勇気は、ないけれど。
さて、どれほどの年が暮れたでしょうか。
町に降り立つ影が1つ。ぴょんっぴょんっと元気に跳ねる、可愛い姿。
それはまさしく、兎のものでした。
そう。件の少年を追って来たのです。
しかし、ことはそう上手くいきません。
舞い踊る彼女に、こんな話が降ってきました。
「ねえ、知ってる?この辺りに、非道な鬼が出るんだって」
「知ってる、知ってる!女は沼に落とされて。男は花に殺されるんだろ?そして、金品を巻き上げられて……。恐ろしいったらないね」
あろうことか。少年は、巷で有名な悪鬼と化していたのです。
その周到で、計画的。
そして残忍なやり口には。祓い屋も、手をあぐねるほどでした。
一体どうしてしまったのだろう。
兎は、そう思うしかありません。
気付くと、鬼の巣窟である店の、門戸を叩いていました。
「誰だい?」
出てきたのは、肥太った狸と、やらしい目をした狐。
兎をじっくり舐め回した彼らは、ふんっと鼻を鳴らしてから。
「入りな」
と、ことのほかあっさりと、彼女を通してしてくれたのです。
不思議としか言えません。
しかし、兎はひどく感謝をして、ぴょんぴょん廊下を跳ねました。
ある大部屋に通されます。
「やあ、待っていたよ」
中に居たのは、甘い麗人の皮を被った、鬼でした。件の少年です。
彼は嬉しそうに笑うと、こう口添えました。
「噂話、びっくりしたろう?君が迷わないようにと、思ってね」
彼は笑顔のまま、兎に近付いて。会いたかったと言わんばかりに、強く、彼女を抱きしめます。
ようやく、これで。
「ようやくこれで、一緒になれるね。ここまで何年かかったことか。つい最近、完成したんだ」
そう溢し、頬ずりを寄越し。何がと尋ねる兎に、彼は答えました。
何って。お前と一緒に暮らすための、完璧な城をだよ?と。
獰猛なその顔は、いつか見たものとそっくりで。次いで鼻をくっつけて、一言。
「うん。やっぱり、お前は月の匂いがするね」
ぽんっと頭を撫でられた。そんな気がして、兎は、はたと顔を上げました。
立っていたのは、昔自分を食べようとした、巨人。……いいえ、人の姿をした、鬼です。少年でもあり、老婆でもあり。少女でも、悪童でもある彼は、囁き掛けます。
「気が済んだのか?」
なんて問われて、兎は、黙り込むしかありませんでした。
地上へ降りようと思ったことが、そもそも間違いだったのか。
すぅっと虚ろな目をして、俯くばかり。
そんな彼女に、鬼はこう宣いました。
「そうか。なら、こっちにおいで。俺が守ってあげよう」
なんて、優しく吐きかけてから。ともすれば強引に、彼女を腕へと納めたのです。
果たしてそれは、運命か。愛か。呪いなのか。などと問うたとて、空は答えてくれません。
兎は抗う気力をなくして、大人しく頭を垂れました。
しかし、彼女は気付いているのでしょうか。未だなお、天高く、自分を見守る月があることに。
鬼は気付いているのでしょうか。
永遠に変わらぬ本物など、何処にもないということに。
そんな当たり前の話に、2人は見向きもしないまま。ただ、ともに歩みます。
向かう先は、地獄か浄土か。
ただ1つだけ言えること。いつかは花が泣くのでしょう。「ああ、淋しいな」と。
いやはや。愛って恐いですね。
巨人は、己の欲から兎を追った。
けれどそれは、追いかけるうち、歪な執念へと変わった。それを愛と呼べるのかは、私には分かりませんが……。
老婆に、青年に。少女に、鬼に。
手を変え、品を変え、姿をも変えて。追い続ける彼は、何を思っていたのでしょう……。
ふふ、もしかすると、兎に対しての愛ではなく。
自分への愛に、溢れていたのかもしれませんね。
……え?どちらかというと、〈哀〉じゃないかって?
さあ?それは、私には分かりません。
では、今回はここまでです。
また何処かで、会いましょう。




