表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

淋しがり(語り:〇〇)

ようこそ、〇〇の館へ。

初めましての人も、そうでない人も、読み聞かせの時間ですよ。

みなさんは、〈あい〉と聞いて、どんな単語を思い浮かべますか?

愛?藍?EYE?それとも、哀でしょうか。

今回は、〈あい〉についてのお話です。

その言葉が、どんな意味を持つのか。お話を読みながら、考えてみると……。

きっと、淋しがりやな兎も、喜ぶでしょう。


……なーんて。

どう味わうかは、あなたの自由。

ご堪能ください。


ある所に、淋しがりやの兎が居ました。

兎は、真っ白い毛並みをした、可愛い女の子。地位も、栄誉も、才もあって。光り輝く月の国に住む、とっても恵まれた子供でした。

しかし、彼女には唯一、足りないものがありました。それは、人間との関わりです。

人と人とで、言葉を交わし。情を深め。色んな物を、創っていく。

その様子に、兎はいつも、見惚れていました。

ある日。兎はついに、大きな声を張り上げます。

「お父さん、お母さん!私、地上へ降りたいの!人が住む場所で、思いっきり、呼吸してみたいわ!」

元気にぴょんぴょん跳ねる彼女。

その姿を見て、親達は、深々と溜息を吐きました。

「だめよ。地上は危ないの。あなたには、とてもやっていけないわ」

「そうだ、そうだ。地上は危ないんだ。

ここに居なさい」

「私達が、守ってあげるわ」

可愛い子には旅をさせよ。と言いますが、彼らはどうにも、心配性なのです。

娘がひとたび外に行きたい!と言えば、いけません。と宣うし。はたまた、彼氏を作りたい!なんて叫ぶと、一日中ハラハラドキドキ。眠れなくなって、体を壊す始末でした。

そんな有り様だから、地上に降りるなどもってのほか。

「どうしても行きたいの?なら、護衛を、何万匹も引き連れなさい」

「鎧を被って行きなさい」

なんて言うのです。

兎の子は、親の言い分に、呆れてしまいました。すっかりむくれて、ふて寝をして。

月が太陽を喰らう日、ふとこう考えたのです。

「そうだわ……!お日様の影にこっそり隠れて、そのまま下に降りちゃいましょっ」

と、言うが早いか。

るんるんっと踊るように、月面を駆け。彼女は、跳びました。地上へ向けて。


地上へ着くと、思っていたよりずっと、そこは広大で。

兎は足がすくみましたが、何とか踏ん張り、跳ねました。

そして、おっかなびっくり進んでいると。

「……ヒック。何だぁ?おめぇ……」

とんでもなく背の高い、木と目が合いました。……いえ、よく見ると人です。

手足が枯れ枝のように細く、白い、巨人!

兎はびっくりして、ひっくり返ってしまいました。

そのままジタバタしていると、頭上から、

せせら嘲笑うような声がして。

「変なやつ!晩飯にしよ〜っ」

などという、獰猛な雄叫びが、場に落ちたのです。

兎はすっかり涙目になって、ぷるぷる震えていました。

なんせ、相手はデカブツ。声が大きく、呑兵衛で、やたらと牙が鋭い人間。ゾッとするほど綺麗な顔も、むしろ恐ろしい。

「ば〜んめしっ!ば〜んめしっ!」

はしゃぐ姿は子供のようです。

しかし、兎を掴みとるその腕力は、ともすれば、岩を砕くほど。

こうしてたちまち、兎は、巨人に捕らわれたのでした。


「ばんめし〜、ばんめし〜」

言いながら、薪を集める彼。その光景を、尻目に。

兎は、カリカリ縄を噛んでいました。

噛み続けたら、いつか切れる。そう信じて、ひたすらに。

軋んだ縄の悲鳴が、場に落ちます。

それから、半刻経った頃でしょうか。

ふと、巨人の声が響きました。

「……なあ、それ。いつまで噛んでんの?」

風の怒号を思わせる、地の底から響く声。

怒気こそ含んでいないけれど、溢れる迫力。それらに、兎は今度こそ、泡を吹きそうになりました。 

「ピッ……!……ピエェッ……!」

よく分からない悲鳴を上げて、泣きじゃくること、数分。ふと、顔を上げてみると。

今度は、痺れるような瞳と、目が合いました。どこまでも無表情に、相手は、自分を舐め回していたのです。

「ヒッ……!す、すみませっ、すみませっ……」

怖くて、怖くて。息が乱れる兎。

そんな彼女をよそに、巨人は、耳をかっぽじります。

「ん〜……。……ぶふぉっ!」

「何だお前?何か変なやつだな〜、オォイ!」

至極ガラ悪く、こう叫びました。

「よぅしっ、気に入った!今からお前を、俺の友達にしてやろうっ!」

とびっきりの笑顔で。

「まあよく見たら、貧相だな。晩飯にも、ならなそうだからな〜」などと。


友達という名前であれど、兎は兎。

巨人は、ただ向こう見ずな思いで、彼女を友と呼びました。なんせ、本来は交わらない者同士。であればこそ、強く惹かれたのでしょう。

巨人はぽけーっと空を眺め、こんな風に思っていました。

「いつか兎を抉って喰らい、自分のものにしてみたい」

考え出すと、涎が出て止まりません。

そして、我欲を抑えられるほど、彼は聡くもありません。

なんせ、元は風変わりな神の使い。トラブルを起こし、追放された身。言うほど高尚ではなかったのです。

そしてある晩、いよいよもって、彼はこう切り出しました。

「なあなあ、兎ちゃん。お前の毛並みは、月の匂いがするな」

ともすれば、甘い誘惑に思える一言。

しかしどう足掻いても、その音吐に宿る色は、酷薄で。兎の耳に落ちたとたん、不気味に膨らんでいきました。

「なあなあ、兎ちゃん」

などという吐息が、一歩、また一歩。にじり寄ってくるのです。

兎は、なす術もなく。彼に襲われて、おしまい。

なんてことはなく。

勇気を持って、その顔面を蹴り上げました。我慢ならずに、自慢のバネで。

ガツンッ!ドスンッ!と、鈍器のごとき蹴り技を、彼に食らわせたのでした。


さて、一通り蹴り終えた頃でしょうか。

巨人は、こともあろうに。

鼻歌を歌いながら、立ち上がったのです。

「いった〜い……」

題名をつけるとしたら、「痛いの歌」。

そう思わせるほどに単調なフレーズを、延々と呟きながら。しかしゆらりと微笑むと。

「ああ〜……けど。……うん。もっと殴って……?」

と、彼は兎に、問いかけたのでした。


それから、実に数月経ちました。

兎の元には、何度かお迎えが来ましたが……。

巨人の殺気に、皆が彼を恐れ、逃げていきます。中には、「殺すぞ」と睨まれただけで、死んでしまう者も居て。巨人は、そんな彼らの姿に、呆れつつも噴き出しました。

「困ったな。こんなに大量……。……喰えねえんだけど」

などと言って、仕方なく、体をなでてやります。するとたちまち、兎達の体は、光り輝いて。抜けていたはずの魂が、ぽうっと、その身に宿るのでした。 

といったことばかり、地では繰り返され。

また、襲われては反抗して。

とうとうある晩、兎は、巨人を嵌めることにしました。

よく懐いたふりをして、しきりに甘えるのです。そして酒を飲ませ、散々っぱら酔わせます。

もう朝日が昇ったかという頃。赤ら顔でとろける巨人に、彼女はこう告げました。

「さようなら、巨人さん」

突き放すような一言です。

巨人は、飾りっ気のないお別れに、ふと瞼を開けました。

とろんとした目で兎を見つめ、口を開くと。

「……なぁに言ってんだぁ?兎ちゃん」

頬をだらしなく緩め、そう宣うのです。

「…………。……俺は、お前を、いつか取り込む。俺の掌に、ぎゅーっと収めてぇ……

優しく、可愛がるのぉ……。ふふふふふ」

甘ったるい声と、間抜けな動きで。そう述べる彼の眼に、もう光はありません。

しかし、朝日を見上げると、確かな音吐でこう吐きました。

「覚えておけよ。お前は、俺の手からは逃げられない。どんな手段を用いても、必ずお前を、取り込んでやる」

だなんて。

思えば、彼は敢えて、逃げる兎を止めなかったのでしょうか。それは分かりません。

しかし、朝焼けが眩しいこの日に、兎は、

外へ発つことを決めたのです。

振り返った彼女の視界で、鬼が微笑んでいました。


兎は、逃げました。

逃げて、逃げて、逃げて。

月からのお迎えも、突っぱねて。

ただひたすらに、大地を駆けました。

彼女は知りたかったのです。

人々の、温もりを。


さて、時は流れて数年後。

彼女の元を、1人の小柄な老婆が、訪ねてきました。

「ごめんください。あら、可愛い兎ちゃん」

ある屋敷で、大層可愛がられていた兎。

彼女は、老婆と目が合うと、ぺこりとお辞儀をしました。

老婆は気前の良い人で、彼女を見ては、たんと餌をあげます。そして、頭を撫でたり、頬ずりをしたりするのです。

ある晩。兎は、すっかり安心して、丸くなっていました。場所は、何を隠そう。老婆の膝上です。

「……ふふ。兎ちゃん、本当にお前は可愛いねえ。俺みたいな粗忽者に、懐きおって……」

老婆は、ともすれば愛おしそうに。彼女を、甘やかな目で見つめました。

そして、ぽつりとこう吐くのです。

「ねえ、兎ちゃん。覚えているかい?いつだったか……俺がお前に、殴られた時。お前の毛並みは、優しい、月の匂いがしていたねえ」

だなんて。言いながら、彼女のお腹を撫でました。

そして、朝日が来る前に。

こともあろうに、老婆は、兎を喰らってしまったのです。

痛い、苦しい、恐い。そう叫ばれても、手を緩めずに。獰猛な歯は、昔見た誰かのものと、そっくりに光っていました。


さて、その後。

兎の元には、色んな人が訪れました。

時が移ろう度に。

ある少女は、怪我をしながら兎へ近付き。

ある青年は、甘い果実をひとかけ持って、兎を釣り。

ある悪童は、兎を無理やり抱きしめて。

皆、結局はこう宣うのです。

「兎ちゃん。覚えているかい?」

「俺を殴ったあの日」

「お前の毛並みは、月の匂いがしていたね」

と。

そして甘やかに、かつ執拗に。色んなやり方で、兎を喰らうのでした。

それは、ある種の呪いでしょうか。答えは、誰にも分かりません。

ただ、言葉を交わすにつれ、兎はすっかり、心を病んでいきました。

気が遠くなるほどの、月日が流れて。

時代は移ろい、幕府が、参勤交代を始めた頃です。


すっかり憔悴しきった兎は、1人、森で震えていました。

「もう、もう、誰のことも信用しないわ……!」

なんて、呟きながら。

するとそこに、こんな声が、通りすがりました。

「おい、起きろこの死に損ないが!」

「死ね!死ね!」

「さっさと立てよ!」

見てみると、死体が、蹴り飛ばされています。いえ、よく見ると死体ではありません。痩せこけて、今にも事切れそうな、子供です。

兎はおったまげて、輪の中へと入っていきました。

「何すんのよっ!」

と叫び、いじめっ子達を蹴り飛ばします。

幸か不幸か。彼女のバネは、衰えていなかったのです。


さて。

それから彼女は、死にかけの少年と、仲良くなりました。

ある日は、一緒に食べ物を探して。ある日は、日向で横になったりして。

何とも平和で、優しい日々が、彼女達を照らしました。

久しぶりの安息に、兎は羽を伸ばします。

すっかり心が癒えた彼女は、彼を好きになりました。

懐く想いが、恋心と呼べるものなのか。

ということは、さておき。

何にも代えられないほどに、兎の中で、彼は大切になったのです。


けれど、どんな時間にも終わりが来るもの。彼は、紅顔の美少年へと、育ちました。よれた格好をしていても、隠しきれないほど。

すると、とある店から買い手がついて。

ある日、故郷を発つことになりました。

「またね、兎ちゃん。何処かで会おう」

そう優しく告げて、兎の頭を撫でて。彼は、彼女の側から離れたのです。


兎は、泣きました。

沢山泣いて、喚いて。声が消え失せるまで、喉を涸らして。

それから、こう決めたのです。

「いつか、彼を追ってこの地を発つわ!」

まだ、沢山の人と関わる勇気は、ないけれど。


さて、どれほどの年が暮れたでしょうか。

町に降り立つ影が1つ。ぴょんっぴょんっと元気に跳ねる、可愛い姿。

それはまさしく、兎のものでした。

そう。件の少年を追って来たのです。

しかし、ことはそう上手くいきません。

舞い踊る彼女に、こんな話が降ってきました。

「ねえ、知ってる?この辺りに、非道な鬼が出るんだって」

「知ってる、知ってる!女は沼に落とされて。男は花に殺されるんだろ?そして、金品を巻き上げられて……。恐ろしいったらないね」

あろうことか。少年は、巷で有名な悪鬼と化していたのです。

その周到で、計画的。

そして残忍なやり口には。祓い屋も、手をあぐねるほどでした。

一体どうしてしまったのだろう。

兎は、そう思うしかありません。

気付くと、鬼の巣窟である店の、門戸を叩いていました。

「誰だい?」

出てきたのは、肥太った狸と、やらしい目をした狐。

兎をじっくり舐め回した彼らは、ふんっと鼻を鳴らしてから。

「入りな」

と、ことのほかあっさりと、彼女を通してしてくれたのです。

不思議としか言えません。

しかし、兎はひどく感謝をして、ぴょんぴょん廊下を跳ねました。

ある大部屋に通されます。

「やあ、待っていたよ」

中に居たのは、甘い麗人の皮を被った、鬼でした。件の少年です。

彼は嬉しそうに笑うと、こう口添えました。

「噂話、びっくりしたろう?君が迷わないようにと、思ってね」

彼は笑顔のまま、兎に近付いて。会いたかったと言わんばかりに、強く、彼女を抱きしめます。

ようやく、これで。

「ようやくこれで、一緒になれるね。ここまで何年かかったことか。つい最近、完成したんだ」

そう溢し、頬ずりを寄越し。何がと尋ねる兎に、彼は答えました。

何って。お前と一緒に暮らすための、完璧な城をだよ?と。

獰猛なその顔は、いつか見たものとそっくりで。次いで鼻をくっつけて、一言。

「うん。やっぱり、お前は月の匂いがするね」


ぽんっと頭を撫でられた。そんな気がして、兎は、はたと顔を上げました。

立っていたのは、昔自分を食べようとした、巨人。……いいえ、人の姿をした、鬼です。少年でもあり、老婆でもあり。少女でも、悪童でもある彼は、囁き掛けます。

「気が済んだのか?」

なんて問われて、兎は、黙り込むしかありませんでした。

地上へ降りようと思ったことが、そもそも間違いだったのか。

すぅっと虚ろな目をして、俯くばかり。

そんな彼女に、鬼はこう宣いました。

「そうか。なら、こっちにおいで。俺が守ってあげよう」

なんて、優しく吐きかけてから。ともすれば強引に、彼女を腕へと納めたのです。

果たしてそれは、運命か。愛か。呪いなのか。などと問うたとて、空は答えてくれません。

兎は抗う気力をなくして、大人しく頭を垂れました。

しかし、彼女は気付いているのでしょうか。未だなお、天高く、自分を見守る月があることに。

鬼は気付いているのでしょうか。

永遠に変わらぬ本物(モノ)など、何処にもないということに。

そんな当たり前の話に、2人は見向きもしないまま。ただ、ともに歩みます。

向かう先は、地獄か浄土か。

ただ1つだけ言えること。いつかは花が泣くのでしょう。「ああ、淋しいな」と。

いやはや。愛って恐いですね。


巨人は、己の欲から兎を追った。

けれどそれは、追いかけるうち、歪な執念へと変わった。それを愛と呼べるのかは、私には分かりませんが……。

老婆に、青年に。少女に、鬼に。

手を変え、品を変え、姿をも変えて。追い続ける彼は、何を思っていたのでしょう……。


ふふ、もしかすると、兎に対しての愛ではなく。

自分への愛に、溢れていたのかもしれませんね。

……え?どちらかというと、〈哀〉じゃないかって?

さあ?それは、私には分かりません。


では、今回はここまでです。

また何処かで、会いましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ