鬼と為った子供(語り:〇〇)
ようこそ、〇〇の館へ。
初めましての人も、そうでない人も、読み聞かせの時間ですよ。
皆様、鬼はお好きですか?
鬼といえば、赤鬼。青鬼。優しい鬼に、恐い鬼。色々居ますよね。
はてさて、今回は、鬼と為った子供の話。
あべこべの世界で、彼が見たものとは?
ご堪能ください。
ある所に、鬼の子供が居ました。
子供は大層うるわしく、町でも評判の、優しい鬼でした。
毎夜のように泣く、八咫烏を助けては、友達になってみたり。花の精とおしゃべりしながら、時に、花弁をつついてみたり。
そんなことばかり、していました。
ですから、彼の親は大変なほど、彼を叱りつけるのです。
「なんっておかしな真似をするの!我が一家の恥さらしだわ!」
「お前は、顔だけはいいんだから、ちゃんとした素行を身に着けなさい!」
「こんな有様で、将来はもう無理ね……」
などと。
鬼の一族というのは、それはもう奇妙で。
善悪の判断が、他所とはあべこべ。悪戯、夜更かし、盗み。それらは総て善しとされ。
人助け、早起き、気遣い。そんな行いほど、悪いものだとされていました。
「何でぼくは、こんなに叱られるんだろう……」
鬼の子供は、いつもそう呟いては、咽び泣いていました。
ある日のことです。彼の元に、1人の狸がやって来ました。
狸は、顔こそきれいでしたが、意地汚く頑固で、粗忽者。そんな輩ですから、彼をひと目見て気に入り、こう宣うのです。
「私のお婿さんになってくれたら、あなたの言うこと、何でも聞いてあげる。あなたのこと悪く言う輩、全員蹴散らしてあげるわ」
……などと。
鬼の子供は、無邪気でした。悪意を向けられても、受け止められないほど。なので、そんな戯言すらも、信じてしまいました。
「じゃあ、ぼくの友達になってくれる?」
なんて言って、狸と約束を交わしたのです。将来はきみの婿さんになるから、今は友達で居てくれ。なんて。
幸い、子供は寂しがり屋でした。彼の光に灼かれて、吸い寄せられる羽虫はおれど。同じ立場で話してくれる友達など、今まで1人も、居なかったのです。
そして、狸は傲慢でした。自分よりもきれいな者など、この世に1人だっていない。
そう決め込んでいたのです。
だからでしょうか。2人は不思議と馬が合い、話に花を咲かせました。
たとえば、昨日食べた晩飯が、くそまずいという愚痴だったり。今日は此奴から悪口を言われた、という呪詛だったり。
そんなくだらないことでも、笑い合える。
いつしか2人は、純粋に、惹かれ合っていきました。
こいつと居れば、自分の虚しさは埋まっていく。そんな、損得勘定を通り越えて。
しかし、幸せはそう長く続きませんでした。
鬼が、親達に引っ捕らえられたのです。
一体誰が、そんなことをしろと言ったのか。それとも、自らの意思でそうしたのか。親達は、鬼を牢へと放り込み、冷たい目をして言いました。
「お前は何をやっているのだ?小汚い狸なんかと、仲良くなりおって」
父親の顔は、能面のような無表情。そこに、揺らめくような鬼火が、渦を巻いています。
「いい加減になさい。お前は、私達一家に、恥を撒くだけでなく。一族の顔にまで、泥を塗る気なの?」
なんて。口調は穏やかだけれど、容赦のない、冷や水のような声をして。母親ですら、そう宣ったのでした。
それから三日後。鬼の子供は、閉じ込められたまま。薄らぼんやり、考えていました。
果たして自分は、なぜ、こんな想いをしているのか。なぜ、狸以外の者達は、自分を化け物のように扱うのか。
なぜ、母親や父親は、自分を恥だと感じるのか。
考えても答えは出ずに、その晩。
鬼は、ゆらりとこう思ったのです。
そうだ。狸以外の鬼は、人は、総て気が狂っているのだ。と。
「化け物は、ぼくじゃなくて……周りの方なんじゃないか」
疑問を懐けば、ことは容易く進みます。
鬼には、力がありました。才がありました。誰彼も構わず、その渦中へと招く。甘い色香で他者を呑み、喰らう。
優しい顔をしながら。
たった数日のうちに、彼は、町を焼き払ったのです。
皮肉なことに、滑稽なことに。
町に棲む鬼達は。親は。
彼の所業に対し、こう述べました。
「まさに、鬼の中の鬼。偉業だ」
その言葉を最期にして、散りゆく花々。
儚げな姿に、鬼は思わず、せせら嘲笑います。
世界っていうのは、こんなにあべこべなのか?
当たり前のように告げられる、光景に、絶句したのでした。
さて。それから幾重もの時が経ちました。
鬼は、狸と話をするつもりでしたが、そう上手くはいかず。自分の行いが故、彼女とは、離れ離れになりました。
焼け野原となった地に、狸は怯え、森へと帰って行ったのです。
子供は、気が遠くなるほど探しましたが、見つかりません。
やがて日が経ち、時が経つに連れ、彼はこう考えました。
「きっと、狸は天に還ったんだ。今もずっと、俺を見守っているに違いない」
そんな確信が満ちるとともに、鬼の身には、より力が入ります。
愛か、混沌か。よく分からない肉塊は、己の心を鼓舞し、打つ。まるで、血が沸き立つように。彼には、生気が渦巻くのでした。
とにかく、生きよう。生きて、肥えて、金を儲けて。そしていずれ、狸と結ばれて。そうしたらきっと、こんな一生にも、意味がある。
だなんて思い、駆け踊ったのです。
甘い香りで、人を誘い。喰い殺しては、花を散らせる。そして、その体から血を奪う。
なんてことばかり繰り返していれば、とうとう。彼の前にも、天の裁きが訪れました。
否、天上人の皮を被った、ただの獣です。
獣は、怒り狂いながら、こう叫びました。
「この無慈悲な!無法者の、悪鬼め!私が退治してくれる!」
その叫びが、果たして正義感からか。復讐心からか。それとも栄華を求める、欲からなのか。鬼には判りませんでした。
しかし、鬼は知っています。この世とは、常にあべこべなんだということを。
この男も、所詮。などと見下ろす彼の目に、熱はありません。
余りに多くの財に、色に、花に。
満ち満ち、肥え太った、うるわしの鬼。
しかし、彼の咽は、何を貪っても潤わず。とうとう、食べることにも飽きてしまった。そんな折でした。
果たして、鬼に顛末などあったのでしょうか。それは彼自身にも、分かりません。
しかし、己の口ではっきりと、彼は言ったのです。
「そうか。もう充分だ。殺してくれ」
とてもあっさりとした、冷えた声でした。
むしろ、諦観と言えるような。
鬼の目に、最期に映るのは何か。死んだ先に、狸は待っているのか。
こぼれる問いにも、空は答えません。
けれどもう、現世ですることはないだろう。
鬼は、そう思って、目を閉じたのです。
すっかり大人になった彼。
己が側には、誰も居なかったというのに。
彼は狸と会えたのか。会えたのならば、最初に何と言われたか。
答えを示さぬまま、月はどっぷりと沈んで。やがて朝が来れば、英雄が幕を下ろした、鬼退治。
空はつゆ知らぬ顔をして、明るく輝くのでした。
世の中とは、不思議なものでございますね。
優しい人が悪者にされ。邪悪な者が、良しとされる。
それは、人の世とて、同じなのでしょうか。
あまりにも救いがない、と思われたあなた。
ご安心ください。
実を言うと、お話はこれで終わりません。
鬼と為った子供は、果たして狸に会えたのか。
続きは、本ができ次第、お話いたしますね。
……しかし、未だに私には。
総てを語る覚悟が、できておりません。
ですが、ご安心ください。
いつかは、明かす日が訪れます。
……では、今回はここまでです。
気を付けて、お帰りくださいね。




