第六話:奪われた唇と、見せつけられた絶望
「エルナ、困ったよ……。君の体温だけでは、私の魔力の暴走が止まらないようだ」
セフィロスは、エルナの柔らかな肌を愛撫しながら、吐息交じりに囁いた。 エルナの膝の上で、彼が熱に浮かされたように身を捩る。
「えっ!? そ、そんなに悪いんですか!? どうすればいいんですか、セフィロス様!?」
エルナは、精霊様の命がかかっていると聞けば、たちまち焦りを募らせる。 その純粋な瞳を、セフィロスは愛おしそうに見つめた。
「……唯一、確実な方法が、一つだけある。君の、その清らかな『気』から、直接、私の魔力を吸い上げさせてほしい」
「く、唇、ですか……!?」
エルナの顔が、一瞬で茹でダコのように真っ赤になる。 いくら恩人とはいえ、それはあまりにも……。 だが、セフィロスの瞳には、まるで慈悲を乞うかのような、潤んだ色が浮かんでいた。
「……私の、たった一つの、わがままを聞いてはくれないか? 君の力でなければ、私は……」
(この子を怖がらせてはいけない。だが、これ以上の誘惑は、私の理性が持たない……!)
セフィロスの内心は、愛しき最推しとの初吻という至福と、それを「精霊の不調」という嘘で合理化している罪悪感(ただし、罪悪感は光の粒ほどしかない)で爆発寸前だ。
エルナは震える唇で「……そ、それが、セフィロス様を救うのなら……」と、か細い声で了承した。
その言葉を待っていたかのように、セフィロスはエルナの頬を包み込み、ゆっくりと顔を寄せた。 そして――。
「あああああああああああああああああああ!!!」
その瞬間、聖域に、まるで断末魔のような叫び声が響き渡った。 カイル王子だ。
「エルナ! てめぇ、何をしているんだぁぁぁぁぁ!!!」
森の結界を、まるで泥水のように押し開けて現れたカイルが見たのは、まさしく地獄絵図だった。 エルナの膝の上に座り、彼女の唇を奪っている、この世の誰よりも美しい精霊の姿。 そして、その精霊に、まるで抗うこともせず、うっとりと瞳を閉じている(※精霊様が唇を塞いでいるので開けられないだけだが、カイルにはそうは見えない)エルナの姿だ。
「俺の、俺の聖女がぁぁぁぁぁ!!!」
カイルは、嫉妬と怒りで完全に我を忘れていた。 彼の隣で、ミラもまた、息を呑んでいた。 だが、その視線の先は、カイルではなく――。
「……なんて、美しい……」
凍てつくような精霊の美貌と、彼がエルナに見せる狂おしいほどの甘さ。 ミラは、自分を罵倒し続けるカイルの醜い姿と、その精霊の神々しいまでの対比に、一瞬で心を奪われていた。
(この精霊様、まさか、あのおブスに飽きたら、私に乗り換えてくれるのでは!?)
ミラは、エルナとセフィロスの妖艶な光景を前に、カイルへの怒りではなく、新たな「玉の輿」への野心を燃やし始めていた。




