第四話:世界樹の聖域・クッキングバトルという名の一方的な溺愛
「ええっと……この『ルナ・ラディッシュ』を、薄く切ればいいのでしょうか?」
エルナは慣れない手つきで、宝石のように透き通った野菜を前に首を傾げていた。 前の国では、食事といえば冷めた硬いパンか、残飯のようなスープを仕事の合間に流し込むだけ。包丁を握って「料理」をするなんて、彼女にとっては未知の贅沢だった。
「危ないよ、エルナ。その白い指に傷でもついたら、私はこの森を悲しみで枯らしてしまう」
背後から、温かな体温と森の香りがエルナを包み込む。 セフィロスがエルナの背中にぴったりと胸を預け、彼女の細い手首を上からそっと握り込んだ。
(わ、わわ……! せ、セフィロス様、近いです……!)
エルナの心臓が激しく鐘を打つ。 だが、セフィロスの顔はどこまでも聖者のように穏やかだ。
「さあ、力を抜いて。私と一緒に……そう、ゆっくりと」
セフィロスは、エルナの手を導きながら包丁を動かす。 彼にとっては野菜を切ることなど造作もないが、こうしてエルナの体温を感じ、彼女のうなじから漂う甘い香りを独占できるこの時間は、至福以外の何物でもなかった。
(ああ……なんて愛らしい。私の腕の中に、彼女が収まっている……。このまま指を滑らせて、彼女の柔らかな腹を撫で回したい。……いや、今は我慢だ。この子が『美味しい』と笑う顔を、まずは拝まなくては)
セフィロスの内心で暴れ回る「雄」としての本能を、彼は「完璧な微笑み」という鎖で繋ぎ止める。
「……あ! 綺麗に切れました! セフィロス様、すごいです!」
エルナがパッと顔を輝かせ、振り返る。 その拍子に、彼女の柔らかな頬が、セフィロスの鼻先に微かに触れた。
「――っ」
セフィロスの喉が、低く鳴った。 無防備すぎる。信頼しきった瞳で、そんな至近距離から笑いかけられて、理性が悲鳴を上げないはずがない。
「……ふふ、そうだね。君の筋がいいんだよ、エルナ」
セフィロスは、震えそうになる指先で、エルナの口元に切り立ての野菜の一片を運んだ。
「さあ、味見をしてごらん。君が触れた野菜だ。きっと、天上の食べ物より美味しくなっている」
エルナが「はふっ」と小さな口を開けてそれを受け止める。 その瞬間、野菜に含まれていたエルナの無自覚な「浄化の魔力」と、セフィロスの「生命力」が共鳴し、野菜が黄金色の光を放った。
「……美味しい! なんですかこれ、体がポカポカして、なんだか力が湧いてきます!」
「それはよかった。……(本当は、君のその可愛らしさだけで、私は一生分の魔力を補給できているのだけれどね)」
エルナは「お料理って楽しい!」とはしゃいでいるが、彼女が切った野菜は、今や「一口食べれば致命傷すら治癒する伝説の霊薬」に変質していた。
そんな奇跡を当然のように受け流し、セフィロスはエルナの腰をさらに引き寄せる。
「次はスープを作ろうか。ずっと、私のそばを離れないで……私の手の中で、君の魔法を見せておくれ」
「はい! セフィロス様と一緒に作るスープなら、きっと世界一美味しいです!」
満面の笑みで答えるエルナ。 その「信用100%」の答えに、セフィロスは恍惚とした表情を浮かべながら、彼女の髪に、深すぎる愛を込めて唇を寄せた。




