第十四話:聖女の「めっ!」と、不埒な闖入者
「……なんだか、今日は空気が刺々しいような……?」
エルナは、首を傾げた。 精霊国の空はいつも澄み渡っているはずなのに、今日は朝からセフィロスの周囲だけ、絶対零度の吹雪が吹き荒れそうなほど重苦しかった。
その理由は、広場に到着した「北の人間帝国」からの親善使節団にあった。
「おお……なんと神々しい。彼方こそが、噂に名高い『救いの聖女』エルナ様か!」
使節団のリーダーである若き公爵が、エルナを見た瞬間に雷に打たれたように硬直した。そして、無謀にも彼女の手をとり、騎士の礼を尽くそうと跪いた。
「その真珠のような肌、慈愛に満ちた瞳……。どうか、我が国の凍てついた大地にも、その光を分けてはいただけないだろうか」
「えっ、あ、あの……お顔が近いです……!」
エルナが困惑して後退りした、その瞬間。
ドォォォォン……!!
晴天の霹靂。広場のど真ん中に、凄まじい威圧感を伴った魔力の柱が立ち昇った。 セフィロスの背後には、もはや隠す気もない「死の精霊」としての冷酷な幻影が揺らめいていた。
「……私の妻に、その汚れた手で触れようとしたのか? その腕、根元から凍らせて粉砕してあげようか」
「ひっ……!? な、なんだ、この寒気は……!?」
公爵はあまりの恐怖にガチガチと歯を鳴らし、精霊たちは「王様、やめてください! 国際問題になります!」とパニック状態で右往左往している。
セフィロスの瞳は完全に「無」の色。彼にとっては、エルナ以外の人間がどうなろうと知ったことではなかった。
「……セフィロス様」
静かですが、芯の通った声が響いた。 エルナが、怒りに狂う精霊王の前に立ちふさがったのだ。
「エルナ、どいておくれ。この虫けらを処理しないと、私の気が済まないんだ」
「ダメです。セフィロス様、やりすぎです!」
エルナは、ぷうっと頬を膨らませると、セフィロスの美しい頬を両手で「ムギュッ」と挟み込み、至近距離で彼を真っ直ぐに見つめた。
「そんなに怖い顔をして、力を使うのは……『めっ!』です! 皆さんが怖がっているのが分かりませんか?」
「…………めっ?」
セフィロスは、虚を突かれたように目を見開いた。 最強の精霊王に対し、正面から叱りつける人間(※もう半分精霊ですが)など、世界のどこを探してもエルナしかいない。
「……そんな顔をしても、許しません。今日はもう、お仕事が終わるまでおやつもお預けです。わかりましたか?」
エルナの「キリリ」とした叱責。 すると、どうだろう。先ほどまで世界を滅ぼさんばかりだった死のオーラが、一瞬で霧散した。
「………………」
セフィロスは、エルナに頬を挟まれたまま、しゅんと肩を落とした。 ……かに見えたが、その黄金の瞳は、怪しいほどに輝いている。
(ああ……。怒っているエルナも、なんて愛らしいんだ。私を教育しようとするその眼差し、その指先の感触……。たまらない。もっと、もっと私を叱ってほしい。もっと私を独占して、私だけの正義になっておくれ……!)
「……わかったよ、エルナ。君が悲しむなら、この男の命は取らない。……その代わり」
セフィロスは、エルナの手を頬から引き剥がすと、手の甲に深く、誓いを立てるように唇を寄せた。
「おやつ抜き、という刑罰は……夜、二人きりの時に、他の形で埋め合わせてもらうからね?」
「え……? あの、それはどういう……」
セフィロスは、使節団を「透明なゴミ」を見るような目で見送りながら、勝利者の笑みを浮かべた。 怒られて「しゅん」としているはずが、実は「エルナに特別に構ってもらえた」ことに最高潮の悦びを感じている――この腹黒精霊の教育は、まだまだ先が長そうだった。




