第十三話:精霊国の朝、あるいは聖女の「普通」
セフィロスの加護に守られた精霊の国は、人間界とは異なり、すべてがクリスタルのように澄み切った世界。 そこに住まう下級精霊や妖精たちは、エルナが歩くたびに、まるで春の風が吹いたかのようにざわめき立つ。
「あ、あの……昨晩の嵐で、あちらの『歌う花の庭』が少し萎れていると聞いたのですが……」
エルナが控えめに申し出ると、庭仕事を担当する小妖精たちが一斉に集まってきた。
「聖女様!」「エルナ様の祈りを!」「あの方に触れていただければ、花たちも喜びます!」
エルナは、前の国では「やって当たり前、失敗すれば罵倒」という環境にいた。 だからこそ、彼女が膝をついて、土にまみれた花をそっと撫でながら「……痛かったわね、よく頑張ったわね」と優しく微笑むだけで、それは精霊国において「奇跡」となるのだった。
「――っ、光った……!」
エルナの手のひらから溢れ出した柔らかな緑の光が、萎れていた花々を一瞬で満開に咲かせた。それどころか、エルナの慈愛に当てられた花たちは、かつてないほどの色香を放ち、国中の精霊たちがその芳香に酔いしれるほど。
「ありがとうございます、聖女様!」「なんて温かい魔力なんだ……!」
精霊たちは人間のようなドロドロしたエゴを持たない。 彼らは純粋に、エルナを「愛すべき守り神」として称え、彼女の周りにはいつも、感謝の証である「光の粒」がキラキラと舞うようになった。
「……よかった。私でも、誰かのお役に立てるんですね」
頬を赤らめて喜ぶエルナ。 しかし、その様子を少し離れた世界樹のテラスから眺めている、この国で最も強大な精霊の心中は穏やかではなかった。
「…………エルナ」
背後から、低く、甘く、けれどわずかに地を這うような「圧」を孕んだ声がした。 振り向くと、そこにはセフィロスが、完璧すぎる微笑みを湛えて立っている。……が、その周囲の空気だけが、不自然なほど静まり返っていた。
「セフィロス様! 見てください、お花がこんなに元気に――」
「……ああ、素晴らしいね。君の優しさが、この国を救っているよ。……でも、少し『与えすぎ』じゃないかな?」
セフィロスは、エルナの腰をぐい、と引き寄せ、彼女を取り囲んでいた小妖精たちを、黄金の瞳でスッ……と一瞥した。 (※訳:私のエルナに気安く触れるな。消されたいのか?)
「ひえっ!」「せ、精霊王様が怖い!」
クモの子を散らすように逃げていく妖精たち。 エルナは「? 皆さん急にどうしたんでしょう」と首を傾げるが、セフィロスは彼女の指先に、まるで汚れを拭うように何度も唇を寄せる。
「君の魔力は、私を癒やすためのものだと言っただろう? ……他の誰かを笑顔にするたびに、私の胸がどれだけ疼くか、そろそろ自覚してほしいな」
「え、えぇ……? で、でも、皆さんが喜んでくれるのが嬉しくて……」
「……ふふ。なら、その何百倍も、私を喜ばせてくれるよね?」
セフィロスは、他者へ向けた「聖女の微笑み」をすべて自分への「愛の献身」で上書きすべく、エルナを抱き抱えて自分の私室へと連れ去っていくのだった。




