第一話:月明かりの追放。でも、この魔力が消えたらこの国、終わりですよ?
(※この先に挿絵があります)
1:限界の聖女
(深夜の聖堂。魔法陣が弱々しく光り、エルナが震える手で祈りを捧げている)
「……あと、少し……。あと一刻(二時間)持たせれば、夜明けの交代が……」
エルナの視界は、ひどく白んでいた。三日前から一分も眠っていない。 彼女が魔力を注ぐのを止めれば、この国を覆う魔除けの結界は霧散し、魔物の群れが王都になだれ込む。 エルナは文字通り、命を削ってこの国を支えていた。
「おい、いつまで寝ぼけた顔をしている。もっと魔力を込めろ!」
背後から飛んできたのは、労いではなく、騎士たちの冷たい罵声だった。 彼らにとって、聖女が不眠不休で働くのは「当然の義務」であり、疲れを見せることは「怠慢」に他ならなかった。
2:無慈悲な追放宣告
(朝日が差し込む頃。交代の時間は過ぎているのに、誰も来ない。そこへ足音が響く)
「エルナ、ご苦労だったな。お前の役目は、今日この時をもって終了だ」
現れたのは、第一王子のカイル。その隣には、派手なフリルで着飾った見慣れぬ女――ミラが寄り添っていた。
「……役目が、終了……? では、ようやくお休みをいただけるのですか?」
「ああ、永遠にな。お前は今日、この国から追放される」
カイルの声には、微塵の情けもなかった。
「なっ……!? お、お待ちください! 私がいなくなれば、この国の結界が……!」
「フン、心配無用だ。こちらのミラは、お前の倍以上の魔力を持っている。お前のような効率の悪い、クマだらけの不細工な聖女など、もう必要ないのだ。君の代わりはいくらでもいるんだよ」
ミラが扇子で口元を隠し、クスクスと笑う。
「お疲れ様、元聖女様。これからは私が王子様に可愛がっていただくから、安心して野垂れ死んでね?」
(※この先に挿絵があります)
3:エルナの心情~世界樹への漂流
「君の代わりは、いくらでもいるんだよ」
その言葉が、熱を帯びた頭のどこかで、妙に冷たく響いた。
(ああ……。そう、なんだ……)
不思議と、涙は出なかった。 裏切られたという怒りも、婚約者だったカイルへの未練も、霧の向こう側の出来事のように遠い。 ただ、張り詰めていた一本の糸が、ぷつんと音を立てて切れた。
「……わかりました。お世話に、なりました」
「おい、もっと何かないのか? 泣いて縋るとか……チッ、これだから可愛げのない女は」
カイルが吐き捨てるように背を向け、新しい聖女を連れて去っていく。 その後ろ姿を見送りながら、エルナはただ、震える手で自分の胸を押さえた。
(よかった……。これで、もう、頑張らなくていいんだ)
城門を追い出され、降り始めた冷たい雨に打たれながら、エルナはふらふらと歩き出す。 三日間の不眠不休。魔力は底をつき、一歩ごとに意識が遠のく。 どこへ行くあてもない。ただ、誰もいない場所へ。 誰にも「祈れ」と言われない場所へ。
「寒い……。でも、静か……」
たどり着いたのは、国境付近にある、人跡未踏の深い森だった。 その中心に、ひときわ巨大な、けれど命の気配を失った『世界樹』がそびえ立っている。
「ここなら……誰にも迷惑をかけずに、眠れるかな……」
エルナは泥に汚れた膝をつき、世界樹の根元に横たわった。 冷たい雨が頬を伝うが、それさえも心地よい。 重い瞼を閉じようとしたその時――。
「……哀れな子だ。こんなにも美しく、尊い光を宿しているというのに」
幻聴だろうか。 風の鳴るような、けれど深く甘い声が聞こえた。
不意に、周囲の空気が変わる。 氷のような雨が消え、春の陽だまりのような温かさがエルナを包み込んだ。
「――永い時を待った甲斐があった。まさか、向こうから飛び込んでくるとは」
エルナが微かに目を開けると、そこには眩いばかりの銀色の光を纏った『何か』がいた。 自分を覗き込む、この世のものとは思えないほど美しい顔。
「君をこんな目にした連中を、今すぐ根こそぎ引き裂いてやりたいが……。まずは、その傷ついた羽を休めなくてはね」
その手が、エルナの頬をそっとなぞる。 温かい。 人生で一度も触れたことのない、圧倒的な慈しみ。
「おやすみ、私の愛し子。君を縛るものはすべて私が断ち切った。これからは、私の腕の中だけが君の世界だ」
その言葉を最後に、エルナの意識は深い、深い眠りの中へと沈んでいった。
挿絵としてAIイラストを2枚挿入しました。エルナとセフィロス(後その他)のイメージを形にしてみましたので、楽しんでいただければ幸いです




