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プロローグ
白い風が、山の斜面を渡っていた。
霧でも雪でもない。
光の粒が空気の中を泳ぎ、きらきらと、目に見えぬ形を描く。
形を持とうとしては、すぐにそれを忘れ、また溶けていく。
音がない。
息をひそめたような静寂。
ひとたび葉が触れ合えば、その音さえ吸い込まれる。
人の声も、獣の鼓動も、木々の囁きも、
すべて、どこか深い底に沈んでいる。
――ここには、ただ、風だけがある。
風は、分厚い灰の壁に触れる。
無数の季節を飲み込んだようなその壁は、
触れられても、何も返さない。
冷たく、重く、静かに、
山を囲う。
けれど、その向こうにも空はある。
見えぬ空が、確かに広がっている。
そこにもまた、光があり、風がある。
風は知っている。
この山の中に、かすかな声があることを。
それは、誰にも届かぬまま、
土の匂いと共に眠り続けている。
誰かの罪。
誰かの祈り。
誰かの嘆き。
誰かの赦し。
風はそれらを分け隔てなく撫で、
どこへともなく運んでいく。
白い風はやがて、
灰色の壁の隙間へと吸い込まれていった。
残されたのは、
薄く漂う灰の匂いと、
まだ消えきらぬ温もりだけ。
――静寂が、ゆっくり山を包み込んだ。




