お客
よくは覚えていないが、朝、目を覚ますと僕はベッドに寝ていた。
寝ぼけて、ベッドに入ったのだろうか。
とりあえず、朝ごはんを作るために、起きて、顔を洗いに向かう。
その途中でヴェルダンディーと顔を会わせた。
「あ、おはよう。ヴェルダンディー。……眠そうだね、やっぱりソファーじゃよく眠れなかった?」
ヴェルダンディーは、なんだかあからさまに疲れているように見えた。
「い、いえそんなことないです」
また、違和感のある笑みを浮かべている。
「そう、じゃあ朝ごはんにしようか。顔、洗って来るから、少し待ってて。すぐ作るよ」
「あ、でも、怪我は……」
ヴェルダンディーのは、申し訳なさそうに怪我している方の手を見つめている。
「利き手じゃないから、大丈夫」
そう言い捨てて僕は、早々に顔を洗い終えて、朝食にサンドイッチを作った。サンドイッチは、何となくだけど好きだ。
「ヴェルダンディー、簡単で悪いけど、サンドイッチ、作ったよ。僕、店掃除してくるから、さっさと食べちゃって」
「あ、俺、手伝います」
非常に嬉しい申し出ではあるけど、
「僕の怪我のこと、負い目を感じてるなら、お門違いもいいとこだよ。余計な心配はいっそ…迷惑だ」
やんわりとお断りした。そう、やんわりと。え? 突き刺さりそうだった? まさか!
「分かりました。朝飯、ありがとうございます」
僕は、その返事を聞いて店に向かった。
途中、朝日が目に突き刺さらんばかりに照っていて、喧嘩を売っているんじゃないかと疑ってしまう。
だけど、その疑いはすぐにはれた。そう言えば、最近、まともに朝日を浴びていなかった。体がついていかないのはきっとそのせいだ。
だとしても、やっぱり憎々しい。いい加減秋だと言うのに、サンサンと降り注ぐ陽気な日差し。
正直、明るいのは苦手だった。薄暗い方が親近感があると言うか、落ち着くと言うか。そんなこんなで、僕のやっているバーは、常に薄暗い。別に、電気代とか気にしているわけではない。
「あれ?」
おかしい、店の戸が空いている。ちゃんと閉めたはずなのに。
もしかして、泥棒?
そう考えて、慌てて店にはいった。
「おっ久しぶりだなぁアリー。俺のこと覚えてるか?」
中にいたのは、少し白髪になり始めたくらいの、そう、四十代くらいの男だった。憎たらしいほど堂々と、カウンターの席に座っている。今日は厄日なのか。
「え……あ、お父さん。どうして、ここに?」
昔と比べてはやり、年をとったか。白髪が増えていた。
「親父……お前のじいさんに聞いてなあ、いや、じいさんの店、継いだって聞いたときは驚いたぞ」
驚いたと言う割には、その顔はとても嬉しそうだった。
ってか、僕の方が驚いたから。
ここは、もともと僕のお祖父さんのお店だった。けど、お祖父さんは、年のせいでそろそろ続けるのが辛いからって、ちょくちょく手伝いに行っていた僕にお店を任せてくれた。
「あ、うん。ってか不法侵入だよ、お父さん。どうやって入ったの?」
そう聞くとお父さんは、豪快に笑って、答えてくれた。
「じいさんに、鍵借りたんだ。内装を見たいって言ったら、すぐだったぞ」
あんたは、詐欺師か。あんな老いぼれだますなんて、非情だね。
「へえ、こんな朝早くに……泥棒かと思ったよ」
「いやぁ、久しぶりに実家に帰ったら、じいさんが嬉しそうにお前の話をするもんだから、居ても立ってもいられなくなっちまってな」
お父さんはそこで話を終わらせればいいものを、それから、と話を続けた。
「フランシアのこと、聞いたよ」
急に空気が変わるのが分かった。
「ああ、うん」
何て言ったらいいんだろう。
「残念……だったな」
「うん」
そんな、ありきたりな、でも、誰もしないような返事しか出来ない。
「まさか、死んじゃうなんてな」
そう、お母さんは、死んでしまった。
「……うんっ。」
こみ上げてくる何かを必死に堪えた。
「それから、レイフォンさんのことも…大変なんだろ?」
お父さんは、未だに眠ったままだ。
「ごめんな」
「え?」
どうして、謝られるんだろう。
お父さんは本当に申し訳なさそうな顔をしている。
「お前が辛いとき、一緒にいられなくて」
「うん。でも、大丈夫だよ。僕もう、大人だから」
そうだ、僕は、これでも、とっくに成人して一人前にお店を経営していけるんだ。
「そうか」
お父さんは、どこか遠くを見ているようだった。
「あ、そうだ、お父さん、朝ごはん食べた?」
「いや、まだだよ」
「じゃあ、僕のとこで食べて行きなよ」
「お、いいのか。楽しみだな」
「うん、楽しみにしててよ。あ、でも、お客さんが来てるけど、気にしないでね」
「お客?」
訝しげに聞き返される。
「うん、押し掛けなんだよ。まったく、なんなんだか……」
思い出したら、だんだん腹が立ってきた。
「へぇ……お友だちかい?」
何を取り違えたの。その笑顔は一体なに?
「まっさかぁ!!全然違うよ! ……って、何か?」
文句でも?
お父さんは、ケラケラと堪えたように笑っている。
「ハハッご、ごめ……っフフッ……あんまり、ムキになるからつい」
「も、もう! だいたい、ムキになんかっ!」
いや、なってるかも知れないけど。笑われるのは不本意だ。
僕の、必死の反論も虚しく、ハイハイと、適当になだめられる。
「う~、はあ、もういいや。朝ごはん、食べるんでしょ? 僕もう食べたから、あまりのあげるよ。早く行こう。お代は、店の掃除の手伝いでいいから」
そう言いながら、踵を返す。
反論は聞いてないふりして、自分の部屋まで歩いた。
「ここ、僕の部屋。で、ここの大家さんやってるの」
「へぇ、感心だな」
「そう?あんまり働かなくても稼げる都合のいい仕事ではあるけど」
僕は、本気でそうとしか思っていない。が、真面目なお父さんは少しだけ引いたような視線の中に軽蔑の色が含まれている気がした。
気にしないで、戸を開けてなかに入る。
「ただいま。さ、お父さん、上がって。あ、ヴェルダンディー、お客さん連れてきた」
入ってすぐのところで、ヴェルダンディーと顔を会わせた。
「あ、……どうも。って、お父さんって……」
ヴェルダンディーは、少し大袈裟ともとれるほどに、あからさまに驚いた顔をして見せた。
「ああ、うん。お父さん、こいつが、お客のヴェルダンディー。あんまり気にしなくていいから。そんで、ヴェルダンディー、この人は僕のお父さん」
お父さんの方を振り向くと、お父さんも驚いた顔をしている。知り合いなのだろうか。
「……ああ、うちの息子がお世話に……」
「なってないから!むしろしてるからっ!」
「え、酷いな。昨日家まで送ったじゃないですか」
それは、そうだけど。
「何かあったのか? 具合でも?」
お父さんは、僕じゃなくヴェルダンディーに話しかけている。それも、なかなかの形相で。
「い、いえ、貧血みたいでしたよ」
「なるほど、こいつは昔から食が細いですから」
珍しいモノを見た。ヴェルダンディーが人に押されているところなんて、そうそう見られそうもない。
「ですよね、それに、折れるんじゃないかってくらい細いですよね。白いですし」
「まあ、運動もあまりしない子でしたからなあ。なんだか、不安になってきました」
確かに昔からインドア派だけど、不安になるほどでは…。ん、あれ、ここは反抗するところか。
「ちょっあんたら家に何しに来たんですかっそして、何でそんなに馴染んじゃってるの!?」
危ない危ない、納得するところだった。
「いや、それはまあ……」
「同じ匂いがしますよね」
「ああ、君もそう思ったかい? 私もなんだ」
また、話が弾みそうな予感がするぞ。