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ガラスの靴はいらない  作者: 朝日奈 松葉
サギソウ~夢でもあなたを思う~
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落ちる

 俺はしばらく、そのままの場所でその白い家を眺めていた。しかし、何をしたらいいのかよく分からなかった、と言うのが正直なところだ。急に訪ねていってもいいかもしれないが、さすがに警戒されるし、第一なんと言って訪ねればいいのか分からない。

 仕方なく、俺は不審者よろしくその白い家を観察した。

 俺の視線の先にある白い家には、申し訳程度に庭がある。それなりには整頓されているように見えるが、ただ雑草がないだけで、花も何も植えていない、寂しい庭だ。

 そんなことを考えていると、その白い家から緩いウェーブのかかった金髪の女の人と、ブロンドの中年の男の人、それから、ブロンドの髪の若い男が最後に出てきた。少し遠くて表情はよく見えないが、和やかな雰囲気は伝わってくる。ここから見ると、なんだか家族のようだ。いや、実際に家族なのかもしれない。

 三人は、俺がいる方とは正反対の方向に歩き出した。もし俺のいる方に来ていたら、なんて考えるだけでどうしたらいいのか分からなくなる。

 俺は、罪悪感に苛まれながらも、なぜか三人の後をついて行くことにした。少しだけ、女の人の方に、ラグさんと同じ雰囲気を感じたからかもしれない。

 気付かれるかもしれないと思っていたが、三人は一度も振り向かずに歩いて行った。三人は寄り添うように近づいて、歩いている。それは、もたれ掛かっているようにも見えた。ずっしりと、相手に依存して離れられないような、そんな感じだ。

 そして、ついた先は穏やかな浜辺。その浜辺は、小さい頃によく母さんと父さんが連れてきてくれた思い出深い浜辺だ。ちなみに何をしたかというと、夕食の食材集めだ。ここで採らないと今晩の夕食はないぞ、と両親に脅されて必死に兄貴と貝を拾ったりカニを捕まえたりしたのを覚えている。おかげで、ここでならサバイバルも夢じゃないくらい、ここでの食材の集め方をマスターした。そう、あの岩の陰なんかは、ムラサキガイがたくさんいるし、若干だけど食べられる海藻も採れる。

 三人はどうやら、俺たちのように食材集めに来たわけではないらしく、岩場が多く歩きにくい浜辺を歩いた後、灯台のある岬の方へ上っていった。

 その灯台というのも、かなり古く、次の地震では崩れるんじゃないか、といつも噂されているような危うい灯台だ。もちろん、そんな灯台に近づく人はほとんどいない。

 それでも、三人は岬の方へ歩いて行く。金髪の女の人が、あたりを見回した。女の人が着ている白いワンピースが揺れた。

 ここから三人までは、それなりに距離があるので、例え相手から俺のことが見えたとしても、そんなに問題はないだろう。

 女の人の髪が潮風になびいている。その光景は妙に絵になっていて、つい見入ってしまった。見入って、そして気付いた。その光景はどうして絵になっているのか。

 その絵には、妖しい危うさと、生きていることへの焦りと、確固たる意志があった。

 俺は走った。どんどん何も考えられなくなっていく。そんな、頭でただ、走る。

 何か、何か良くないことがこれから起きる気がして。

 もっと早く、走ることだけを考えて。この潮風よりも、あの女の人の決意よりも。

 若い男は、空を眺めている。中年の男は、女の人と海に近づいていく。

 突然、女の人は若い男の方を振り返る。中年の男を背にして。

 女の人は、中年の男と手をつないだ。そして、若い男に何かを口にする。

 何を言っているのか、俺は十分に聞き取れる距離にはいない。

 若い男は、慌てて二人に近づいた。

 そして、俺は良くないことが何なのか、悟った。

「……駄目です!」

 とっさに俺は、叫んだ。こんなに近いのに、三人とも振り返らない。

 でも、女の人は、どんどん、崖の方に近づいていく。中年の男の手をつないだまま。

 女の人の体が、傾いていく。それにつられて、中年の男の体も傾く。若い男が、中年の男に手を伸ばした。

 そして、女の人だけが、落ちた。

 俺は、崖から手を伸ばした。その時に見えた、女の人の顔は、よく知っている顔で。

「ラグさんっ!」

 手は、届かなかった。

 ラグさんが、真っ青な海に落ちていく。

 何かをやり遂げたような、すべてを諦めたような顔で、ただ、空を見つめて。――――ラグさんは、海に飲まれていった。


今回は、前回出てきた分裂病の話を……ちゃんと説明になるか不安ですが。

主に思春期から三十代にかけて発症することが多く、発生頻度は胃潰瘍と同じくらいで、約百人に一人だそうです。

症状は、現実と非現実との区別が付きにくくなり社会生活に支障が出てくるそうです。それから、自閉症、両価性、感情の障害、観念連合の障害は症状の経過中に必ず出現するそうです。

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