弟君
「あ、やっぱり。あのバーのマスターさんですよね? どうしたんです? 具合でも悪いんですか? 真っ青ですよ?」
心配そうな声でやっと現実に引き戻される。
「いや、大丈夫」
雨はやんで、真っ赤な夕日が差している。
確かに現実に戻されたけど、未だに自分の手が真っ赤に染まっている気がする。
それはただ、夕日に照らされて赤いんだと、頭では理解しているのに、どうしても受け入れられない。
立ち上がろうとしてよろけてしまう。そのまま地面にぶつかるものと覚悟を決めていたが、なかなか予想していた衝撃が訪れない。不思議に思って目を開けると、弟君に抱き留められていた。
急に伝わる暖かさが、僕を混乱させる。
「あっぶな。救急車呼びましょうか?」
そんなに酷い顔をしているんだろうか。
黒い目が、僕をのぞき込んでいる。その顔は、人のことを心配している人の顔だった。
「大丈夫だから」
そういって、その腕から逃げ出そうとする。
「って、説得力ないし。せめて家まで送っていきますよ」
「いや、いいから」
なかなか解放してくれそうにない。少し暴れてみる。
「え~……」
やる気のなさそうな返事に苛ついていると、いきなり腕の力を抜かれた。
「ひぅっ。」
腕の力を前提に暴れていたので、思いっきりバランスを崩した。
今度こそ、地面にぶつかることを覚悟した。
「よっと。ほら、全然大丈夫じゃないじゃないですか」
またもや、弟君の腕に捕まった。というか、変な声が出てしまった。顔が赤くなるのを止められない。
「いい、もう離して」
この腕の温かさはさっきの血のようで、とてもいただけない。
「そう、じゃ救急車を呼ぼうか」
そう言って、ケータイを取り出し始める弟君。
「えっいや、いいから! ホント大丈夫だからっ!」
僕は慌ててその手を押さえようと手を伸ばした。が、こうしてみると、弟君は意外にも僕より背がかなり高くなかなか手が届かない。決して僕が小さいんじゃない。僕だって、168センチはある。え? いや、小さくなんか無い!
「じゃあさ、送らせてくれる?」
「わ、分かったから!だから止めてっ!」
「本当に?」
「うん、ホントホント……あ」
言ってしまった。
弟君は、ニヤリと口元をゆがめている。……やられた。
「お、お前・・・」
ふつふつとわき上がってくる怒り。
「うん? 行こうか。場所は?」
「とりあえず、僕の店に……って! おい! さっきのは反則だ!」
「え~、大人って嘘つくんだ? 自分の言った事に責任を持たないんだね?」
「うっ」
何かキャラ違くないですか、この人。
なんだかんだで、結局、歩きな事は変わらないのに店の前まで送ってもらってしまった。