ラグさんの話 2
あの子、ラグナードって家族が少なそうに見えるだろう? いやあ、いいんだ。事実だし、本人もそう言っていたしね。で、実は、凄く多いんだよ。全員生きていたら、って話だけどね。
あの子には、母親、血の繋がった兄が一人、それから下に義理の弟が一人、あと、父親と呼べる人が二人いるんだよ。ああ、もちろん、父親の片方とは血が繋がってないけどね。
何から話そうか。
ああ、そうだね、まず俺が誰かってところから説明しようか。ヴェルダンディー、俺はね、あの子の叔父だよ。
あの子の初めの父親のアーロンは、交通事故で死んでいるのは? 知ってるか、そうか。俺は、その人の弟なんだ。俺と兄さんは、それなりに仲の良い兄弟だったと思っているよ。良く一緒に遊んだよ。まあ、年の離れた兄弟だったからね、喧嘩のしようもなかったんだろうが。
それで、そんな兄さんが死んだ時、俺は年甲斐もなく大泣きしてね、葬式の時も泣いてた。そりゃあもう、海が出来るんじゃないかってほど泣いたんだよ。……ん? 海は少し言い過ぎたかな。
でも、あの子は泣いてなかったんだよな。その時の事故で、自分の兄も死んだって言うのにさ。ただ、ぼうっとして、遠くを眺めてたんだ。俺は、頭に血が上ってね、あの子に近付いていった。今思うと八つ当たりだったな。……で、近付いてみると何かもごもご言ってるんだよ。俺は気付かれないくらいに近付いて、耳を澄ましてみた。興味が湧いたんだ、家族が死んでも泣かない子が、家族の葬式で何を言っているのか。
そうしたら、ね、
「アリーは死んでないの、お父さんは死んだの、窓が赤いの、これ誰の血? これは僕の血」
とか何とか、何度も繰り返してたな。正直ぞっとしたよ。あの時まだ、小学に入るか入らないかの子
が、淡々とそれだけを口にしてたんだよ。兄さんとは仲が良かったから、随分、兄さんの家に入り浸っていたんでね、あの子とも面識はあった。なんだか、夢見がちな子だったけど、外で遊ぶのが好きな活発な子だった。本当に同じ人間なのか疑いたくなったね。
それに何を言っているのかも分からなかった。大体、アリーって言うのは、その時に死んだあの子の兄の名前なんだ。それで、死んでないなんて言ってるのは、きっとまだ死とかそう言うのを理解できてないんだって、自分に言い聞かせたね。
その時はついに、あの子には話しかけられずじまいだった。それからなんだか気味が悪くて、あまりあの子には近付かなくなった。
でも、それから何年かして、俺は兄さんの墓であの子に会ったんだよ。小学の高学年くらいだったのかな、大分大きくなってたから。……ああ、すぐに分かったさ。俺にとっては義姉さん、あの子の母親だけどね、フランシアにそっくりだったんだよ。瓜二つ。
で、その時はあちこち擦りむいた痕があったり、どこかにぶつけたような痣があったんだ。まあ、その年代の子はやんちゃだからね。外で遊んだ怪我でもしたんだろうと思って、特には気にしなかったけどね。……いやあ、ゲームなんて流行ったのは最近だよ。あ、あの頃もあったけど、今よりは外で遊んでたかな。絶対に。
それでさ、その時も何かをぶつぶつ言ってたんだ。その時はなんて言ったか覚えてないけど、泣いてたっけなあ。それで、その時思ったね。なんだ、この子も泣くんだ、って。それから妙に落ち着いてね、その子に話しかけてみたんだ。そう、かなり近づいて、話しかけた。そしたら、あの子は、はっとしたように辺りを見回して、俺の顔をじっと見てた。それから、俺に、「おじさん、どうしたの?」って、笑顔で話しかけてきた。さっきまで泣いていたのにだよ? それで、少しおかしいな、と思い始めた。でも、その時はただ、大学に合格したから、兄さんに言いに来たんだ、って普通に答えたけどね。
それで、しばらく話をして、お菓子を買って、一緒に食べて、そうして過ごした。でも、そうして過ごすうちに、違和感を覚えたんだよ。
話をすれば本のことばかりだし、人称は僕だし。前は、本なんて全然読まない子だったし、自分のことも、俺って呼んでた。なんか、変わったなあって、その時はそれぐらいしか考えなかった。話してるのも楽しかったしね。
それから、良く会うようになった。待ち合わせ、と言えるだろうか、ただ、会いたくなった時にそこへ行くと、大抵あの子もいたんだよ。そう、兄さんのお墓に。今思えば何だが不思議だったような、不気味だったような待ち合わせ場所だね。
他愛もないことを話したよ。今日は、宿題を忘れて、先生に怒られたとか。クラスで一番背が高いんだとか。……ん? ああ、あの頃は大きい方だったんだよ。今では考えられないくらいにね。
そう、でも良く頭が痛い、って言うようになった。それから、急に夜中、俺の所に来ることもあった。それでも、なかなか、良好な関係だったんじゃないかと思うよ。
まあ、何にでも終わりはくるもので、俺たちが会うこともだんだん少なくなっていった。丁度、中学に上がる頃だったから、好きな子でも出来たんだろうと思って、その時も深くは考えなかった。
それからしばらく、あの子には会っていないんだ。でも、ある筋の人から連絡が入ってね、あの子の連絡先を教えられた。前に住んでいた家には多分もういないだろうからって。その人のこと? ……ああ、話したいのは山々なんだが、あの子が知ったら怒るだろうからね。教えないよ、自分で聞いてごらん。
それから、俺は疑いながらもそこに行ってみた。そこが、今も住んでるあのアパート。しかも、入ってみると大家の部屋だったんだよ。うん、確かにそこにはラグナードがいたよ。楽しそうにしてたなあ。
そうそう、そのアパートの大家って言うのが、ブーケ夫妻って言う老夫婦でね。今はもういないよ。亡くなったんだ、大分前に。
そこで俺は、心臓が飛び出るほど驚いたことがあるんだ。……いや、本当に驚いたんだぞ。だってな、あの子がおれにこう言ったんだ。「久し振りだね、お父さん」って。俺はもう、頭の中が真っ白で、何も考えられなかった。おかげで、その日のことは良く覚えてないんだ。
で、その次の日に、フランシアが再婚相手を刺して自殺した。いやあ、現実味がなかったね、その頃は。まるで、小説の中にいるようだった。何せ、再婚相手がいることなんか、全く知らなかったしね。あげく、ラグナードに義理の弟までいて。
夢現のままフランシアの葬式が終わっていった。
それから、その義理の弟と、再婚相手について調べてみたんだ。その頃の俺に、現実味が出るかと思ってね。
再婚相手はレイフォンス、義理の弟はカルムと言った。驚いたことに、カルムはレイフォンスの連れ子だったわけじゃなく、再婚した後養子縁組で迎えられた子供だったらしい。
それで、なんだか余計に現実味がなくなってしまってね。それ以上は調べていない。
調べるのを止めて、その時あの子のことが思い出されたんだ。さすがにおかしいだろう、俺をお父さんなんて呼ぶなんて。だから、病院に連れて行ってみたんだ。
そうしたら、先生はなんて言ったと思う。あの子は病気なんだって言うんだ。正確には解離性同一性障害と言うそうだよ。心の病気らしい。
少し語弊があるけど、多重人格、って言うのが近いかもしれないね。人格が一人の中に複数存在しているんだそうだ。そうだとすると、人称が変わったのも、好みが変わったのも、俺をお父さんなんて呼んだのにも納得がいく。
原因は、そう、親からの愛がないこと。あの子の母親、フランシアはね、あの子が嫌いだったんだよ。
あの子の兄は、勉強が出来る子でね、とても優秀だったよ。でも、小さい頃のあのこは、問題児を絵に描いたような存在だった。勉強は嫌い、寝坊が原因の遅刻は常習犯。でもね、明るい子だったから、みんなに好かれてた。あの子の兄も好かれていたけどね。……え? 名前か、言ってなかったね。あの子の兄の名はアリーって言うんだよ。
そう、分かるかい? ラグナードのミドルネームのAはアリーの略なんだ。……いや、本当はそんなミドルネームはないよ。戸籍上はね。そう名乗った時の人格の名前には、ミドルネームがあるんだろうけどね。
ええと、で、だ。フランシアの愛情は、ほとんど優秀な兄、アリーの方に行ってしまったらしい。でも、そんな素振りは俺には見せなかった。フランシアは、完璧な母親になりたかったのかもしれないね、表向きは。まあ、大学で教鞭を執っていただけのことはある。
さあて、何がいけなかったのかねえ。今でも、もう少し早く気付いてやれば、と思うよ。
それからはね、定期的に病院に通った。でもね、ある日こつ然と姿を消した。探して探して、見つけた時には、レイフォンスとカルムの所にいたんだよ。まあ、あの子が良いならそこにいるのも良いかと思ったんだけど。現実はうまくいかなかった。何が原因だったのか、大喧嘩をして、また、今のところに戻ってきていた。しかも本人は、何も知らないと言う。しかも、病院には行きたくない、とまで言い出す。それで今にいたるんだよ。
まあ、あまりデリケートなところには突っ込まないで話したけれど、あの子もきっと君には知られたくないことだろうから、言わないでおこうかな。
ああ、忘れるところだった。あの子にね、もし、何か忘れていることがあっても、むやみに聞いたり、責めるたりしないで欲しい。
かなり、書き換えてしまいました。
すいません。
ところで、もしラグさんのような症状のある人がいたら、いきなり現実を突きつけてはいけないそうです。