真っ赤な夕日
それは、いわゆる、飛び降り自殺なんていう物で、四角い形をした無機質な高層ビルから青い服を着た痩せぎすの女が不気味に口元をゆがめながら落ちてきた。
たまたま空を眺めて上を向いていたために目がしっかりと合ってしまった。随分と距離があるはずなのに、なぜかその女の目が僕の目を見ているのがはっきりと分かった。
女の顔が近付いてくる、どんどん、どんどんどんどん近付いてくる。
そして、視線の高さが同じになった。女の目には、自分が映っている。
ぐしゃっ
歪な音が足下から響いてきたのを聞いた。
足下を向くと、そこには血の海が広がっていて、真ん中あたりには肉片と化したあの女が未だにこちらを向いているように散らばっていた。
「ぁ…………っ!」
聞こえる、聞こえるっ
記憶の底に消し去っていたはずの女の声が、衝動的に思い出された。
ラ……ナ……ラグ、ナ
急に恐ろしくなって、気が付いたら走り出していた。手に持っていた、荷物も忘れて。
「はぁ、はぁッ……」
知らない町中で、立ち止まった。
どれ位走っただろう。あたりはもう薄暗くて、さっきの空が嘘みたいに、
大きな音を立てて雨が降っていた。
……ラグナ……
「つっ!」
あの女声がさっきよりもはっきり聞こえるようになった。
気が狂いそうなほど心臓の音が早い。
耳をふさいでも聞こえる、あの女の声。
堪らなくなって、また走り出した。自分でもおかしいと分かるほど、闇雲に走る。その内に、誰かに追いかけられているかのような、そんな妄想に取り憑かれていた。それは嘘だと分かっているのに、聞こえてくる足音全てが恐ろしい。聞こえてくる雨音さえも自分を責めて嘲笑っているように聞こえる。
「ぃゃ……」
走り疲れてしゃがみ込んだ。いや、もう立っていられないというのが正しいか。
冷たい雨に体力を奪われる。肌に張り付いたシャツが不快感をさらに煽る。
記憶の中に沈み込んでいた闇が、音を立てて一気に浮上してくる。
「……何で……?」
今まで、忘れていたんだろう。こんなにも鮮明なのに、どうして今まで忘れていられたんだろう。
ちらりと視界の端に見えた自分の手が、赤く染まっている気がする。
もう一度見てみる。やはり赤く染まっている。
その赤は血のような赤で、自殺現場を思い出させる。
もしかして、肌にシャツが張り付いているのは雨のせいじゃなくて、自分が浴びた血のせいなんじゃないかと思えて、シャツを見る。
シャツは赤く染まっている。
「あれ、あなたは……」
その声に、はっとする。
恐る恐る見上げると、そこにはいつかの愛しい人の弟の顔があった。
「あ、……」
言葉が出てこない。