告白
「俺、先にシャワー浴びてきていいですか?」
食器を洗っているラグさんに話しかける。それだけなのに、ラグさんはビクリと肩を振るわせて、手に持っていたお皿を盛大に割った。
本当は、ラグさんが今までとどこまで違うのか確かめたくてした質問だった。先にシャワーを浴びる気なんてさらさら無かった。だから、そこまで驚いたことが予想外。
「あ、ゴメンね。ビックリしたよね。い、今片づけるから……」
ラグさんは、素手でお皿の破片に手を伸ばした。その手は少し震えていたかもしれない。
「あ、俺がやりますから」
そう言って近付くと、ラグさんはまた肩をビクリと振るわせた。その時に見えたラグさんの手には、出かける前まで確かにあった包帯が無くなっているのに気付く。その手は、少し腫れているようだった。しかも首あたりには、他の痣とは雰囲気の違う赤い痣がある。
「ラグさん、手、どうしたんです?」
手首の痣のことも気になる。俺はついに聞いてしまった。
「手? えっと、何もしてないよ?」
そんなラグさんの言葉は、俺の耳にこそ届いたが、意味はよく理解できないものになる。
俺は、しゃがんだラグさんを壁際に追い込んで、その細い手を掴んで引き寄せた。シャツの袖をまくり上げる。
ラグさんは、何かに耐えるようにギュッと目を瞑った。
「……これ、は……?」
その白い腕には、いくつかの打撲痕がある。しかも、兄貴が巻いたはずの包帯も外されている。前のラグさんなら、絶対にこんなことはしないのに。
ラグさんは、無言で抵抗してきたけどそれも意味をなさない。焦っている俺の前では、そんなものは些細なことにしか過ぎなかった。
「見せて下さい」
俺は、ラグさんのシャツに手をかけた。
ラグさんを他の男に取られるのかと思うと、たまらなく嫌な気持ちになった。
「……あ、いや。いやだ」
もう、ラグさんの言葉は完全に耳に入らない。俺は、ただ確証が欲しかった。この人がまだ、俺以外の誰からも愛されていないという、甘美な確証が。
あまり抵抗してこないのをいいことに、次々にボタンを外していく。一つボタンを外すごとに、ラグさんの白い肌があらわになっていく。でも、その肌には、痛々しい打撲痕と、それとは違う赤い痣がちりばめられていた。
それを見て、この人がコートを着て帰って来たのを思い出す。出て行く時には着ていなかったはずなのに。
ボタンを外すごとに、心の底からどす黒い嫉妬と、冷たい失望の念がこみ上げてきて、俺の理性をすり減らす。最後のボタンを外し終わった時にはもう、ほとんど理性が焼き切れていた。
俺は、ラグさんの両腕を片手で掴み、本格的押さえ込んだ。
ラグさんが、息を飲むのが分かった。
「ねえ、これ、これも、ここにも。誰に付けられたんです? 買い物って、言ってたじゃないですか」
そう言いながら、赤い痣だけを手でなぞっていく。そのたびにかすかに揺れるその体が、なぜだか忌まわしい気がした。
「知らない。分かんな、い」
しばらくして、ラグさんが口を開いた。でもそれは、予想していたもののどれにも当てはまらないどころか、掠りもしていなかった。
「知らない? 分かんない? そんなことってあるんですねえ。こんなに痕付けてきてるのに」
自分のものとは思えないような、冷たい声に理性がだんだんと取り戻されていく。
「ごめ、ごめんなさい。ごめんなさい……ごめんなさ、い」
そう謝る声を聞いて、俺はやっと今の状況を理解した。
俺の目の前で、小さく震えるラグさん。その手は、割れたお皿の破片で切ってしまったのか、数カ所、血が出ているところがあった。シャツは、お世辞にもちゃんと着ているとは言えないような、悲惨な状態になっていた。強く握った、ラグさんの手からは小さな震えが伝わってくる。
一瞬の出来事だった。
「ごめんなさい、で、でも、本当に、な、、にも、知らなくて……。お、覚えてなくて、ごめん、なさい」
その震える手を離すと、それを胸のあたりまで持って行って、そこでまたかすかに振るわせる。ラグさんの顔には、悲しみとか、怒りとかいったものではなく、ただ恐怖を全身で表しているようだった。
謝り続ける声に、涙が混じらないのが不思議なくらい、ラグさんは怯えていた。
「俺の方こそ、あの、こんな……」
無性に抱きしめたくなって、手を伸ばす。拒絶されやしないか、すごく不安だった。でも、やはりラグさんは、ひときわ大きく体を震わせただけで、抵抗はしなかった。
そのまま、ラグさんは俺の胸に納まった。震えはまだ止まらない。それもそのはずだ。怖がらせたのは俺なんだから。
「ラグさん、すみません。でも俺、あなたのこと、好きなんです。だから、焦ってしまいました」
何て言えばいいのか分からなくて、迷ったあげくにこのタイミングで告白してしまった。おそらく、気持ちを伝えるのには最悪のシュチエーションだろう。兄貴にも乗せられて、突拍子もないタイミングで俺の気持ちをカミングアウトしてしまったし、俺って空気が読めていないんだろうか。
ラグさんは、俺の突拍子もない告白に動くのを忘れたように固まった。