『お父さん』さん
俺は、結局寝るのを諦めて、顔を洗いに向かった。
「あ、おはよう。ヴェルダンディー。……眠そうだね、やっぱりソファーじゃよく眠れなかった?」
後ろを振り向くと、そこには寝起きのラグさんが。
「い、いえそんなことないです」
あなたのせいで寝れませんでした、なんて言えないし。それになんか、変な意味にとれるし、この台詞。
「そう、じゃあ朝ごはんにしようか。顔、洗って来るから、少し待ってて。すぐ作るよ」
昨日のことは、覚えていないらしい。
「あ、でも、怪我は……」
ラグさんの左手には包帯が。
「聞き手じゃないから、大丈夫」
そう言い捨ててラグさんは、てきぱきと二人分のサンドイッチを作ってしまった。
「ヴェルダンディー、簡単で悪いけど、サンドイッチ、作ったよ。僕、店掃除してくるから、さっさと食べちゃって」
「あ、俺、手伝います」
あわてて、俺はそう提案した。
「僕の怪我のこと、負い目を感じてるなら、お門違いもいいとこだよ。余計な心配はいっそ……迷惑だ。」
少し手ひどく断られてしまった。
「分かりました。朝飯、ありがとうございます」
ラグさんは出て行ってしまった。俺は、また一人で食事をする。
あの人の事はよく分からない。たまにブレているような気がする。昨日のことも覚えていなかった。
不思議な人だ。どうなんだと、聞いてしまいたいのに、臆病な俺がそれを止める。現に今も止め続けている。
暫くして、ラグさんが見覚えのある男の人を連れてきた。
正直、心底驚いた。
「ただいま。さ、お父さん、上がって。あ、ヴェルダンディー、お客さん連れてきた」
ラグさんがその男を、お父さんなんて呼んでいるから。
「あ、……どうも。って、お父さんって……」
ためらいがちに、聞いてみる。
「ああ、うん。お父さん、こいつが、お客のヴェルダンディー。あんまり気にしなくていいから。そんで、ヴェルダンディー、この人は僕のお父さん」
思い出した、この人先月兄貴の病院を退院した人だ。でも、この人には身寄りがないはず。ましてや息子なんていないはずなのに。それに、どう考えても実の親子という年齢ではない。
俺はまた、動揺を隠した。
「……ああ、うちの息子がお世話に……」
その『お父さん』さんは名前を名乗らなかった。
「なってないから! むしろしてるからっ!」
「え、酷いな。昨日家まで送ったじゃないですか」
ひどいや、恩を忘れるなんて。
「何かあったのか?具合でも?」
『お父さん』さんは、なぜかラグさんじゃなく、俺に聞いてきた。
「い、いえ、貧血みたいでしたよ」
「なるほど、こいつは昔から食が細いですから」
「ですよね、それに、折れるんじゃないかってくらい細いですよね。白いですし」
本当にラグさんは見ていて壊れそうなところがたくさんある。
「まあ、運動もあまりしない子でしたからなあ。なんだか、不安になってきました」
そう言って俯く『お父さん』さん。この人も、ラグさんのことが心配そうだ。
「ちょっあんたら家に何しに来たんですかっそして、何でそんなに馴染んじゃってるの!?」
「いや、それはまあ……」
「同じ匂いがしますよね」
「ああ、君もそう思ったかい?私もなんだ」
俺は、気の合う仲間と出会ったらしい。
「あー、はいはい。お二人とも変人って言う同じ人種だからねー。ほらほら、そんなとこに立ってないで、さっさと、椅子に座るなり何なりして下さいっほら、お父さんはこっちです」
ラグさんは、『お父さん』さんのためにいすを引いた。それから、ラグさんは自分の分のサンドイッチをその人の前に出してしまった。
「はいどうぞ。それから、お父さん、ヴェルダンディー、コーヒと紅茶どっちが好き?」
きっと『お父さん』さんは、朝ご飯を食べていないんだろう。
ラグさんの自虐的な優しさが垣間見えた。
「ラグさん、俺、紅茶がいいです」
妙に悲しくなって、それを振り払うように笑顔を作った。
「じゃあ、私も紅茶を」
「ん、分かった。あ、ヴェルダンディーも適当に座ってて」
許可を得たので、俺も『お父さん』さんの隣に座った。ラグさんはそれを見て、少し顔をしかめていたけど、気にしない。なぜか、この『お父さん』さんには親近感が湧くのだ。
「はい、どうぞ」
入れ立ての紅茶をラグさんが運んできてくれる。
「お、ありがとう」
「いただきます」
紅茶は、とても上手に煎れられていた。素人だからよく分からないけど。
「どう? お父さん、それ美味しい?」
「ああ、おいしいよ。上達したなぁ。父さん、感心したよ」
『お父さん』さんはラグさんの問いに、どこかうれしそうに答える。
「あ、そううだ。忘れてないよね。店の掃除の手伝い」
サンドイッチを食べ終わると、『お父さん』さんは、引きずられていった。