夢現
病院からラグさんの家まで、終始ラグさんは無言だった。考え事押しているのだろう、そう思ったが、家の前に来てもまだ、ぼうっとしている。
「……ラグさん、着きましたよ?大丈夫ですか?やっぱり痛みます?」
ラグさんに恐る恐る声をかけてみる。
「え、あ、いや。もう大丈夫だよ。鍵、今開けるね」
ラグさんは、慌てて鍵を開けてくれた。
俺は、ラグさんの後について家に入り、ドアを閉めてからゆっくりと話し出す。
「傷ついた?」
ラグさんが、目を見開いた。
「え?」
黙っていればいいのに、そう思っても、もう止められない。
「兄貴と兄貴の結婚相手の間に入る隙が無いどころか、眼中にもないことを知って、傷ついた?」
ラグさんが何を考えていたのか、察しがつかない訳じゃない。
「……」
ラグさんは、つらそうに目を伏せて押し黙ってしまった。
兄貴の事でラグさんが悩んでるのが気にくわない。ガキっぽいって分かってるけど、俺といる時くらいは、俺のこと考えててよ。
「……、知らないよ」
視線を合わせないまま、そう呟かれる。
「もう、遅い。今日はもう寝よう」
そして、俺はまたラグさんに逃げられた。
「ははは……」
可笑しくて、自嘲してしまう。
でも、それでも、いつか、ラグさんに俺を見て欲しい。そう思ってソファ、もといベッドに入った。眠れるとはとうてい思えなかったが、無理矢理目を瞑った。
それから暫くして、不意に、気配を感じて身を起こした。
「あれ、ラグさん。まだ、寝てなかったんですか?」
薄暗くてよくは見えないが、この部屋で顔を合わせる人と言ったら、この人だけだ。もし、違うとしたら、それは、泥棒かお化けの類いだろう。
「フォン、今日もお酒飲んできたんだね」
「え?」
どうやら、お化けでも泥棒でもないらしい。目をこらすとそれは、やはりパジャマ姿のラグさんだった。いつも結われている髪は下ろされていて、普段とは違う雰囲気を漂わせている。
ラグさんは、俺の寝ているソファに近付いてくる。
「フォン……お帰り。愛してるよ、大好き。ふふ」
フォン、と言ったか。俺は驚きで声がでなかった。
「レイ……フォン、す……」
ラグさんは、そう言いながら、俺に覆い被さってくる。
「なっラグさん!?」
その時に見えたラグさんの目はとても虚ろで、意識がないのかもしれないと言う仮説を俺のなかに作るには十分すぎた。
寝ぼけていたのだろうか。
ラグさんはそのまま、俺の胸に顔を寄せたかと思うと、意識をなくしてしまった。
どうしよう。このままにしておいて、明日ラグさんが起きたら、どうなるだろうか。
俺が何かしたと思われて、怒られるだろうか。それとも、パニックを起こしてしまうかもしれない。
どちらにしろ美味しくない状況になるのは明白だ。
俺は、ラグさんを起こさないようにそっと抱き上げる。
「軽いな」
軽々と持ち上げられるほど軽くはなかったが、身長のわりにはかなり軽かった。
ラグさんの寝室に入ると、また異様な光景が目に入った。その部屋には、ベッド以外なにもなかった。強いて言うなら、カーテンは申し訳程度にぶら下がっている。その奥に窓ガラスが入っているのかは不明だが。こんなことがあるだろうか。
ふと、我に帰り、ラグさんをベッドに降ろす。
「ぁ……」
ラグさんの手は、俺のシャツをしっかり握っていた。
襲われたいのだろうか。こんなに、無防備な姿を晒して、こんなことして。俺は、ラグさんのことが好きなのに。
ラグさんの顔を見つめていると、ラグさんの目元からつうっと一筋、涙が伝った。
「ラグさん……」
俺は、その涙を袖で拭って部屋を出た。
もちろんその日の夜は、全くと言っていいほど眠れなかった。フォンが一体誰だったのか、気になって気になって仕方ない。
浅い眠りだけを繰り返し、結局あたりが明るくなった。