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ガラスの靴はいらない  作者: 朝日奈 松葉
ヒモゲイトウ~粘り強さ~
16/41

兄貴

「い、いや、でも! あ、今、どかしますから、少し待っててください」

 そんなラグさんを見て、俺もだんだんと冷静になっていく。少しずつ、ラグさんの上に乗っているのもをどかしていった。

 にしても、いろいろなモノが散乱している。よく分からない置物や、アルバムがその大半を占めてはいるが。

「立てますか?」

 やっとどかし終わって、そう聞いた。

「ああ、問題ないよ」

 ラグさんは素っ気なく答えて立ち上がった。

 よく見ると、左手を庇っている。

「手が痛いんですね?折れてるかも知れません。病院、行きましょう」

「問題ないと言ったけど。これくらい、何でもないよ」

 俺が、俺が泊まりに来なかったら、ラグさんはこんな怪我せずにすんだのだろうか。そこまで考えて、ふとラグさんの視線に気付く。

 もしかして、返事が素っ気ないのは俺に気を遣わせないため?

「俺のせいで、こんな怪我…。すいません……でも、痛くないとか言って、俺が責任感じないようにしてくれてるんだったら、それは無理ですから。もうとっくに、責任感じてます。それは俺の勝手ですから、気にしないでください」

 少しだけ、舞い上がっても良いのだろうか。ラグさんに気遣いに。

 でも、手当はして欲しい。

「明日にでも行くさ。今の時間じゃ、どこも空いてないだろ」

「大丈夫です。兄貴、医者なんですよ」

 正直、兄貴に会わせたくなんてない。でも、こうでも言わないとラグさんは手当なんてしないまま、ほったらかしにするだろう。

「あ、兄貴とは喧嘩中ですが、兄貴は公私混同しないひとです。俺との喧嘩が原因で診察を断るような野暮な真似は絶対にしません。」

 兄貴に会える、それだけでラグさんの表情は明るくなる。それは、嬉しいことだけど、やっぱり俺を見て欲しい。

「ね?近いんですよ、ここから」

「わ、分かった。ほ、保険証取ってくる。待ってて」

 ととと、ラグさんは小走りで別の部屋に入っていった。こう、修学旅行前の高校生的なノリで。

俺は、リビングで待つことにした。それから暫くして、ラグさんはリビングに来た。手には、布団が握られている。それをソファに敷き終わったのを見計らって声をかけた。

 かける言葉が氾濫して、何を言っていいか分からなかったから。俺がやりますとか、手が痛いのにどうして、とか、言い出したら止まらない。

「病院まで、歩けますか?タクシー、捕まえますよ」

「近いんでしょ?なら、大丈夫だよ」

 本当に、楽しそうだな。怪我してるってのに。

「分かりました。それじゃ、行きましょうか」

 暗い夜道を二人で歩いた。ラグさんは俺の後ろを歩いてくるから、表情は見えないけど、見えていなくて良かったと思う。もし見えていたら、嫉妬で兄貴を殺せるだろう。

「ここですよ。兄貴がやってる病院」

 目の前には、兄貴の病院。

「……」

 ラグさんは、なぜか固まって動かない。

「……?どうしました、ラグさん?」

 心配になって声をかけてみる。

「あ、いや、なんでもない」

 少し、緊張してるのかな。

「中央玄関は開いてないですから、裏口から入りましょう。医院長室、一階なんですよ」

 俺は、怒られるだろうな、と思いながら院長室の戸をノックもせずに開けた。

「な、お前、どの面下げて帰ってきやがった!!」

 とたんに、罵声が飛んでくる。

「兄貴、急患だ。見てやってくんない?」

 さっきの罵声は聞こえなかった事にした。ラグさんを手招きして、部屋の中に呼ぶ。

「……」

 少しだけ気まずそうに視線を彷徨わせるラグさん。

「こ、こんばんは」

 ためらいがちに開かれた唇からは、か細い言葉が精一杯に出てきていた。

「ああ、こんばんは。今日はどうしました?」

 兄貴の事務的な態度に、ラグさんはやはり何かを感じ取ったらしい。いっそ、これでもう、兄貴を追いかけるのなんか止めてしまえばいいのに。

「いやさ、俺の布団を探してくれてたら、上の物が落ちてきて、下敷きになったんだ。で、手が痛むんだって」

 あまりに押し黙っているので、俺がフォローした。

「手、ですか。見せてください」

兄貴の手がラグさんに触れる。わき上がってくるこの気持ちって、押さえないと駄目かな。

「あ、腫れてますね。レントゲン、撮ってみますか。少し待っててくださいね。ヴェルド、悪さするなよ」

 結局、骨にヒビが入っていたらしい。それも小さな。全治一週間てとこ。

「まったく、ヴェルド!出ていったと思ったら、人に迷惑をかけて!!」

 兄貴は、ラグさんの手に湿布やら包帯やらを巻いた後、いきなり小言を言い出した。

「兄貴だってだろ!こないだ、酔いつぶれて、この人に迷惑かけてたじゃんか!!」

 俺も反撃してやる。

「くっ……い、いやあれは……あの、その節は大変ご迷惑をおかけしました」

 兄貴は、ラグさんに頭を下げた。何だかんだで、礼儀正しい人ではある。

「いえ、大丈夫です。お気になさらないで下さい」

「いやはや、兄弟揃いも揃ってご迷惑を……えーっと……」

「あ、ラグナード・A・トールステンです」

「ラグナードさん、本当に申し訳ありません。お詫びと言っては、なんですがどうぞ治療費は、私達で出させてください」

 ラグさんが兄貴に名前を教えているのを見て、少し苛立ったけど、兄貴に名前を呼ばれて嬉しそうならぐさんを見て、悲しくなった。

「そ、そんな訳にはいきません! 僕の不注意ですから……」

「いいんですよ、ラグさん。俺らが出したいだけですから。な、兄貴」

 二人の会話に割って入って、兄貴の同意を求める。こうすれば、ラグさんは断れない気がした。

「こんな遅くに、すいませんでした……シルア先生」

「いいえ、医者ですから。お大事になさってください」

 最後まで、兄貴は医者としてラグさんに接していた気がする。

「はい。では、これで失礼します」

 出ていくとき、病院の電話がなった。兄貴はその電話にでるなり、レイアと焦ったように呼び掛けていた。まごう事なき、兄貴の嫁の名前。

 また、長々と仕事をして、帰ってくるのか来ないのか。とか、遅くなるなら連絡くらい入れろとか、そんなことで怒られているのだろう。


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