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ガラスの靴はいらない  作者: 朝日奈 松葉
ヒモゲイトウ~粘り強さ~
15/41

割れた鏡

 でも、明らかにこの部屋は常軌を逸脱していた。確かに片付いてはいるが、窓ガラスにはヒビが入っているし、鏡もすべて割られるか真っ黒く染められているかして姿が写せないようになっている。よく見ると、鏡だけでなく姿を写せるもののほとんどが、割られていたり、姿が写らないようになっていた。

 俺は驚きを、それこそ精一杯隠した。

 部屋に入るとラグさんは、着替えてくると言って、奥の部屋に行ってしまった。

 その時、しきりに何か呟いていたような気がしたが、追求する気は起きなかった。触れてはいけない気がした。

 着替え終わって暫くぼうっとしていたラグさんは、急に口を開いた。

「お夕飯、作るよ。何がいい?」

 気付かなかったが、日はもう沈んでいて、辺りはずいぶん暗くなっていた。

「そうですね、ミートパイとか食べたい気分です。あ、それ、兄貴も好きなんですよ」

 兄貴も好きなんですよ、なんて我ながら面白いことを口走っていると思う。嘘ではないが、そんなことでこの人の反応を伺ってしまう。

「あ、そう。分かった。適当にテレビでも見てて」

 ラグさんは、それだけ言ってキッチンに消えていった。

 あれ、意外と素っ気ないな……あ、照れ隠しか。

 その背中を見送って、言われた通りテレビでも見ていたが、ラグさんの具合が悪いこと思い出して、手伝いを申し出たが断られてしまった。その様子があまりにも必死だったので、おとなしく引き下がって、もう一度テレビに向き合う。

暫くして、調理が一段落したらしいラグさんは、ふらりと俺の隣に座った。

そして、何となく聞いてしまう。

「ねぇ、ラグさん。ラグさんはどうして兄貴が好きなの?」

 その言葉には多量の嫉妬が含まれている。

 ラグさんの動きが一瞬だけ止まる。

「さあ?話す義理なんてないだろ」

 苦々しそうにそれだけ、ラグさんの口が紡ぎ出した。でも、俺はその短い返答の中にいろんな事を感じ取った。

「そっか、やっぱり好きなんだ、兄貴のこと」

 悲しい、そんな感情は押し殺した。

「え?」

 それでも、悔しいような、やるせない気持ちに支配されそうで、無理矢理笑った。

「で、何で好きになったのか、教えてくれないんですか?」

 知りたい、知りたくない。俺の願いはそのどちらもだった。きっかっけを知りたい。でも、そんな事したら、もう笑えない気がする。それでも気になる。

「教えてくれないなら、それはそれで良いですけど」

 沈黙の後、俺は真実を知ってしまう恐怖に負けた。

「お前は、何であんな所にいたんだ?」

 今度はラグさんから俺に質問してくれる。

 それって、少しは俺に興味を持ってくれてるって事ですか?

 そう考えたら、なんだか嬉しくなって、しかも家を出てくる時の兄弟げんかのばからしさも加わって、笑ってしまう。

「えー、ふふっ」

 途端に、ラグさんからは怪訝な目で見られた。

「知りたいですか?」

 少し、少しだけ元気を取り戻して饒舌になる。

「いや、いい。むしろ知りたくな……」

「あなたを追いかけてきたんですよ、ラグさん」

「わーわーわーって……は?」

 そんなに聞きたくなかったのかな。ラグさんは、ぽかんとした表情を向けてくる。

「だから、俺はあなたを追いかけてたの」

 もう一度、さっきと同じ内容の言葉を口にした。

ピピピッ

ナイスなタイミングで、レンジかオーブンあたりの電子音が鳴った。

「ああ、そうなんだ」

 ラグさんは、それだけ言って、キッチンへと逃げて行ってしまった。

 少し残念。

 ラグさんは、またせっせと夕飯の準備している。

「ヴェルダンディー、出来たよ」

「あ、はい」

 呼ばれて、テーブルの所まで行ってみると、そこには見事なミートパイがあった。

「うわ、スゴイです。ラグさん!」

「普通じゃん?これくらい」

 ラグさんは何でもない、といった風にさらりと受け流す。

「でも俺にはできません。だから、すごいです」

「ま、食べなよ」

 俺は、その頬が少しだけ赤い事を見逃さなかった。

「はい、いただきます」

 いすの座って、口に運んでみる。

 すごく美味しい。パイの生地とか結構こってて、さくさくだし。俺は夢中で食べ始める。

 でも、ラグさんは立ったままで一口も手をつけようとしない。

「あ、ラグさんは食べないんですか?」

「いや、僕は……。僕は後でいいよ。先にシャワー浴びてくるから」

 気まずそうに、それだけ言い残して、ラグさんは行ってしまった。

 俺は一人で、夕食を食べた。そして人の家で、自分だけ晩ご飯を食べるということの違和感を身をもって知った。

 食べ終わって、食器を洗ってしまおうかと思うが、すぐにその考えは取り消した。不意にさっきの夕食の準備を手伝おうかと提案した時のラグさんの必死な表情を思い出したからだ。

 あれはきっと、キッチンに入ってくるなって言う意味だったと思う。でもそんなだと、シャンプーとかも勝手に使われたら買い換えてきそうだな。持ってきて良かった。

 俺は結局、食器を流しに運ぶだけにした。

 パタン

 後ろの方でした音に振り向くとそこには、焦ったよう顔のラグさんがいた。

「ん?あ、ラグさん。上がったんですか」

「ああ。」

 キッチンを勝手に使われてやしないか心配でしたって顔してる。

「食器、シンクに置いときましたから。洗っちゃおうと思ったんですが、何かラグさん、意外に潔癖症で俺帰ってから、俺遣った物、全部洗われそうな気がしたんで、止めときました」

 ラグさんを安心させるために、そう言った。

「あ、そう。後シャワー、シャンプーとかも好きにしていいから、好きな時に入って」

「その辺は大丈夫ですよ、一式持ってきましたから」

 そう言うと、ラグさんは少し安心したような表情を浮かべた。

「ああ、そうか」

「じゃあ、俺、シャンプー浴びさせてもらいますね」

「どうぞ、男世帯だからね、散らかってるけど気にしないでね」

 バスルームってそこまで散らかるモノなんだろうか。

「大丈夫です」

 俺はそう言って、バスルームへ向かった。

 ドアを開けると、やっぱり割れた鏡。どうして鏡が割れているのか、ものすごく気になるところだが、それを聞いたら一瞬で、何かが終わってしまう気がして聞けない。例えば、十二時になってシンデレラの魔法が解けるくらい当たり前のように、何もかもが崩れてしまいそうだ。

 俺は随分臆病になった気がする。あの人に惚れてから。

 自嘲気味に笑みを浮かべて、体を洗うことに専念した。

 そう言えば、ラグさんは冷めた料理を食べていた。猫舌なんだろうか。ん?それ以前に今日って、ラグさんお店大丈夫なんだろうか?

 そんなこと思いつつ、俺はバスルームを出た。

バタン

 ドアの音に、ラグさんが振り向いた。

「あ、シャワー、ありがとうございました」

 お店のことを聞きたいのだが、自分のせいだと思うと口ごもってしまう。

「で、あ、あの……」

「何かな?」

 少し、呆れられている気がする。

「い、今さらなんですけど、今日お店は大丈夫なんですか?」

「問題ない。今日は定休日なんだ。それより、ヴェルダンディー、お前、今夜どこに寝たい」

 問題ない、そう言われて一瞬安堵したのに、それはやっぱり一瞬で砕け散った。

 どこで寝たいって、そんな。

「え、…そうですね…」

 もちろん、ラグさんの、と、隣とか・・・…。言えないけど。

「俺、どこでもいいですよ」

 俺って、こんなにへたれだったっけ。

「そうか、じゃあ悪いけど、ソファーで寝てもらえるかな?布団は出してくるから」

「はい、ありがとうございます」

 そう答えると、ラグさんはくるりときびすを返して、食器を手慣れた手つきで洗い、どこかへ行ってしまった。

ガッ……ドドッ

 暫くして、雪崩が起きたような音に慌てた。

ガシャン

 続けてまた何か阿が落ちる音がした。

 ラグさんに何かあったんじゃないか、そう思って手当たり次第に部屋を開けてみる。

 結果、三つ目の部屋に埋もれているラグさんを発見した。

「だ、大丈夫ですかっ!?って、うわぁ…!」

 よく見ると本当に埋もれていて、心底驚いた。

「……落ち着きなよ。君は痛くも痒くもないんだから」

 慌てている俺とは打って変わって、ラグさんはとても冷静だった。


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