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ガラスの靴はいらない  作者: 朝日奈 松葉
ヒモゲイトウ~粘り強さ~
14/41

黒髪

「うん? 行こうか。場所は?」

そんな、俺の心境を悟られないように話を進める。

「とりあえず、僕の店に……って! おい! さっきのは反則だ!」

「え~、大人って嘘つくんだ? 自分の言った事に責任を持たないんだね?」

 ニヤリ、口元が上がるのが分かる。が、止められない。

「うっ」

 マスターさんは少し唸っていたけど、結局折れて俺は無理矢理マスターさんを送っていった。途中、マスターさんは少しうつろな目をしていて、それがまた、堪らなく俺を不安にさせる。

「ここでいい。世話になったね」

 それだけ言って、マスターさんは俺に背を向けて、立ち去ろうとした。その時、

「あ、そうだ、俺今日、兄貴とケンカして家に帰れないんですよ~。困ったなあ」

 ワザトらしくそう、あたかも今思い出したと言わんばかりに台詞を吐いた。

「へぇ?だから、なにかな?」

 マスターさんは、ぴたりと足を止めた。ニヤリと、口の端が上がる。

 マスターさんの言葉からは、とても分かりやすく焦りが感じられて、優位に立っているような気になる。

「泊めて頂けませんかね?」

 何の脈絡もなくそう頼んでみる。

 マスターさんは、こちらを振り向いた。それも、驚いたような、困ったようなそんな面白い顔をしていた。

「え、あ……いや、その……」

 しどろもどろになっているマスターさんを、少なからず可愛いと思ってしまった。

 もう一押し。

「いいですよね?」

 自分の中で、最高の作り笑顔をマスターさんに向ける。

「あ、ああ」

マスターさんは、引きつった顔で了承してくれた。

「あ、そうだ。マスターさん。名前、教えて欲しいな」

 図々しいかも知れないけど、そういえば俺はマスターさんの名前を知らない。出来ることなら、この人を、名前で呼びたい。

「いや」

 あ、即答ですか。

「ヒドッ」

 俺は、あからさまに傷ついた顔をして、それから面白いことを思いついてしまった。

 俺も、この人の名前を知りたいんなら、きっとこの人も兄貴の名前を知りたいに違いない。なぜか、この人は兄貴の名前を知らないと言う自信があった。

「……ねぇ……」

 だから、俺はマスターさんの耳元に口を寄せてこう言ったんだ。

 ――兄貴の名前、知らないんでしょ?知りたくない?

「え?」

 正直、結構きつい駆け引きだった。名前を教えてもらうにしては、あまりにも自虐的すぎた。

「……あ。なっ!」

 一瞬だけ、目を見開いてから、いよいよ顔を赤くして視線を彷徨わせるマスターさん。

「ね?」

 これだと、暗に兄貴が好きなんだろって聞いているようなモンだって、俺にも分かっていたけど、それはマスターさんにもちゃんと伝わっているらしい。それなのに、念を押すようなことを付け加えている俺は最低なのかも知れない。

それでも、それでもこの人の前で暗い顔なんかしたくないから、わざと笑ってやる。

少しの沈黙。

「……。ラグナ、だ」

 マスターさんが、やっと重い口を開いてくれた。でも、何となく適当な気がする。お前にはこれ位でいいだろって言われているような、そんな感じ。

「うそ」

そらされた視線がまた合った。

「は?」

 口をぽかんと開けて、首をかしげられると、もう誘っているようにしか見えない。じゃなくて、あ、でも、いいな。この表情。生きてる感がある。・・・ん?俺、変態になってないか?

 俺はそんな胸の内を悟られないように、平静を保った声で続ける。

「だから、違うんでしょ?俺は、あなたの本名が知りたいの」

 途端に、マスターさんの表情は怪訝なモノに変わった。

「ラグナード、ラグナード・A・メリッサ。これで文句はないだろう?」

 それでも、諦めた様に俺に名前を教えてくれた。

 かなり嬉しい。でも、やっぱりそれは兄貴の名前を知りたいから何だよな。

「ラグナード……ふうん?じゃ、ラグさんで」

「はあ?」

 訳が分からないと言う顔で、見上げられる。眉間には、皺が。

「あだ名ですよ。長いでしょう?あ、ちなみに俺の名前は、ヴェルダンディー・コーディアル。ま、好きに呼んでください。で、兄貴は、シルア・クジョウ」

 ラグさんが、シルア、その名前を愛おしそうに口の中で転がしたのが分かる。 

 うん、まさに複雑な心境って奴かな。自分の名前を先に口にしたのは、一応俺のプライドだったんだけどな。

「兄弟なのに名前が違うんだな」

「ええ、まあ、諸事情によりって感じです。あでも、血は繋がってるんですよ。ほら、髪の色も同じでしょう?」

 俺の髪は、兄貴と同じ黒髪だ。

「ああ、そうだね」

 兄貴と同じ髪の色。それを聞いて、ラグさんが俺の髪に手を伸ばしてくる。ゆっくりと、相手を計るように。

 俺は、その手を払ったり、その手から逃げたりしないでその場に止まった。動いてはいけない気がした。そろり、そろりと近づいてきたラグさんの手はいよいよ俺の髪に触れる。瞬間、また心臓が激しく動き出すのが分かった。ラグさんは、愛おしそうに入れの髪に触れている。俺に兄貴を投影しながら。

 俺は、兄貴の代用品みたいなモノか。それって、結構悲しいぞ。俺を見て欲しい。

 でも、ラグさんは、すごく自然に笑っている。その顔を見れたのは嬉しい。

「あ、わるい。つい…」

 ふと、我に返ったラグさんは、さっと俺の髪から手をどけて俯いた。

「気にしないで下さい」

 つい、か。それだけのことで俺は一喜一憂してしまう。

「あ、うん。そ、そうだ、家に泊まるんでしょ?こっちだよ」

 ラグさんは、唐突に話を切り出した。それから、くるりとまた俺に背を向けて、今度は振り向いたりしないで歩き出した。

 ついたのは、店の裏の少しだけ古びた二階建てのアパート。

 ラグさんは、迷うことなく一階の右端にあるドアの前に行って、鍵を開けた。

「あ、あがって。狭いかも知れないけど、我慢してよね」

 ラグさんはどこか、ぎこちなくそう言って、俺を中に通してくれた。

 狭いと言っていたが、男二人入るにはちょうどいいくらいの広さだ。


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