第5話 根源へ
潜伏していた地下室を出て、都市の血管とも呼べる旧式の輸送チューブに乗り込む。冷たい金属の音が響き、カプセルが加速していく。窓の外には、地下を走るパイプラインやケーブル、そして時折、暗闇の中で輝く魔法源の光が見える。それは、私を、そしてこの都市を蝕む呪いの根源へと続く道だ。
カプセルの中には、私とシャドウだけ。彼の顔は依然としてフードで隠されているが、その横顔から張り詰めた緊張感が伝わってくる。無駄口は一切ない。組織からの指示は明確だ。「第二施設」への潜入。シャドウは、その道案内とサポート役を務める。彼の存在は、この孤独な戦いにおける、唯一の繋がりだ。
「ターゲット座標に到達する。3分後に降下準備を。」シャドウの声が、静寂を破る。低く、響く声。彼は、私の持つデータパッドに施設の内部構造図を映し出す。最初の施設よりもはるかに大規模で、複雑に入り組んだ構造。中心部には、異様に大きなエネルギー反応を示すエリアがあった。そこが、魔法源の「根源」なのだろうか。
カプセルが減速し、廃止されたと思われていた地下駅の側線に停車した。錆びた鉄骨と崩れかけた壁。しかし、その一角に、最新のセキュリティシステムに守られた、隠された扉があった。シャドウがツールを使い扉を解除する間、私は神経を研ぎ澄ます。周囲の音、空気の流れ、あらゆる情報から危険を感知しようとする。身体の内側で、あの「魔法源」の力が微かにざわめいている。まるで、故郷に帰ってきたかのような、不気味な感覚だ。
扉が開く。その向こうから吹き出す空気は、ひどく甘く、そして、腐敗した匂いが混じっていた。吐き気を催すような、生命と死が混ざり合ったような匂い。一歩踏み込むたび、足元で何かが潰れるような感触があった。無数の小さな結晶のようなもの。魔法源の結晶?
内部に広がる光景は、最初の施設を遥かに凌駕していた。巨大なドーム状の空間。その中心には、渦を巻くように配置された無数の培養槽。一つ一つが、まるで生きた心臓のように脈動している。そして、培養槽の中に浮かんでいたのは、単なる体の一部ではなかった。痩せ細り、チューブに繋がれた、意識のない人間の体。彼らの瞳は虚ろで、生気がない。だが、その身体からは、あの眩い魔法源の光が溢れ出ていた。
これは工場ではない。これは、生きた人間から魂を、生命力を、そして魔法源を「収穫」する、巨大な農場だ。人間の尊厳など、ここには存在しない。ただ、効率的に魔法源を抽出するための「素材」としての人間がいるだけだ。私の目の前で、かつて家族が、そして無数の人々が受けたであろう苦痛が、具現化されていた。
足元が覚束なくなるほどの衝撃。怒り、悲しみ、そして絶望。だが、それだけではなかった。培養槽から発せられるエネルギーが、私の身体の内側にある魔法源と共鳴している。強い引力のように、私の意識が吸い寄せられる。まるで、この施設全体が、私自身の根源と繋がっているかのように。過去の事故、私の能力、家族の犠牲。それら全てが、この場所と繋がっている。私が、このシステムの、一部なのか?
その瞬間、警報が鳴り響いた。赤い回転灯が点滅し、けたたましいサイレンが耳をつんざく。システムに感知されたのだ。あるいは、最初から罠だったのか? シャドウが素早く指示を出す。「見つかった!脱出経路へ!」しかし、脱出経路を示す扉が、目の前で音を立てて閉まる。鋼鉄のシャッターが、私たちをこの生命の檻に閉じ込める。
施設内に、強化された警備兵や戦闘AIが次々と現れる。冷徹な銃口が、私たちに向けられる。逃げ場はない。四方を敵に囲まれた。この巨大なシステムは、自分に触れようとする異物を容赦なく排除しようとしている。
身体の内側で、魔法源の力が制御を失い、暴走し始める。過去の痛み、現在の怒り、迫りくる危機。全ての感情がエネルギーとなって溢れ出す。目が、あの事故の夜と同じ、青白い光を放つ。髪が逆立ち、肌に結晶のような文様が浮かび上がる。それは、私の能力が、この場所のエネルギーと呼応し、覚醒しようとしている証。
私は、この生命の檻の中で、システムの猛攻に晒される。シャドウは応戦しているが、多勢に無勢だ。絶体絶命の危機。逃げることはできない。生き残るためには、この覚醒した力を使うしかない。この血と魂の魔法源を、制御し、解き放つしかないのだ。たとえそれが、私自身を燃やし尽くすことになっても。