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第2話 血の回路

アークス・マグナ本社ビル、セクター7、魔法源応用研究室。白とシルバーを基調とした無機質な空間に、低く唸る機器の駆動音だけが響いている。床は光沢があり、自分の姿が歪んで映り込む。まるで、本質が歪んだ世界のようだ。空調は常に一定の温度と湿度を保ち、あらゆる自然の気配を締め出している。ここでは、感情はノイズであり、呼吸さえも計算されたサイクルの一部だ。


私は、その完璧に管理された箱庭の中で、与えられた役割を演じる。優秀な魔法エンジニア、セラフィナ・コードウェル。指先が高速でホログラムキーボードを叩く。ディスプレイには、複雑な術式解析データと、魔法源のエネルギーフローを示すグラフが表示されている。これらの数値の羅列こそが、私にとっての唯一の言語であり、この世界を理解するためのツールだ。感情など、無駄なもの。効率と結果だけが全て。


隣のワークステーションでは、同僚のアッシュが疲れた目でディスプレイを睨んでいた。彼はこの部署に5年いる。才能はあるが、どこか諦めたような、抜殻のような男だ。彼の肌は青白く、常にエネルギー不足のように見えるのは、連日の激務と、この場所が持つ抑圧的な空気のせいだろう。あるいは、無意識のうちに魔法源に「喰われている」のかもしれない。彼の視線が私に向く。形式的な、しかしどこか哀愁を帯びた笑みが浮かぶ。


「セラフィナさん、例のデータ、もう解析終わったのか?相変わらず早いな。まるで機械みたいだ。」彼はそう言った。機械、か。その通り。感情というバグを排除した、最適化された処理ユニット。そうでなければ、私はこの場所にいられない。そうでなければ、あの血と埃の記憶に押し潰されてしまう。


「ええ、完了しました。誤差範囲内です。」私の声は平坦で、何の感情も乗せない。それが、アークス・マグナのエンジニアの標準仕様だから。彼は小さくため息をつき、再びディスプレイに向き直った。その背中には、システムの重圧に耐える歯車の悲哀が滲んでいる。彼もまた、この巨大な回路の一部なのだ。


私は視線を自分のディスプレイに戻し、本来の目的のための裏ルーチンを起動させる。魔法源管理システム、通称「ブラッドライン」。都市全体を走るエネルギーパイプラインであり、同時に魂の供給経路でもあると言われる忌まわしいシステムだ。アクセスには極秘プロトコルが必要となる。私の指が、誰も知らない、私だけの術式を描き始める。


画面に表示されるブラッドラインの構造は、まるで巨大な生物の血管網のようだ。無数のノード、複雑な分岐、そして心臓部を示す赤いマーカー。そこから溢れ出すエネルギーの脈動を感じる。それは、数値データを超えた、生命のような不穏さだった。これが、家族を奪ったもの。この輝きのために、どれだけの命が、魂が、血が流されたのだろうか。


ブラッドラインへのアクセスは想像以上に困難だった。強固な多層セキュリティに加え、システムそのものが持つ、生物的な拒絶反応のようなものが感じられる。私の魔法能力を駆使しても、容易には侵入できない。システムの深層に潜む「何か」が、私の侵入を拒んでいるのだ。それは、単なるプログラムではない。魔法源そのものの意志なのか?


突然、画面の端に小さな異常を示すアラートが表示された。ブラッドラインの末端ノードの一つで、予測不能なエネルギー変動が観測されている。その変動パターンは、かつて私が家族を失った事故現場で観測された「残留魔力」のパターンに酷似していた。心臓が跳ねる。これは、偶然ではない。あの日の「何か」が、まだ生きている?あるいは……。

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