第1話 鋼鉄と涙
都市は光だった。夜空を切り裂く高層ビル群、空中を滑るように駆けるビークル、人工的な星屑のようなネオンの海。その全てが、地中深く、血と埃にまみれた場所から絞り出された「魔法源」の輝きだった。そのことを知る者は少ない。あるいは、知っていても目を瞑っているだけ。
私は、その光の最前線で働くセラフィナ・コードウェル。表向きは、巨大企業アークス・マグナの魔法エンジニア。クールで優秀、感情の欠片も見せない完璧な歯車。黒の硬質なユニフォームは私の第二の皮膚。指先は常に分析用グローブに包まれ、感情の機微など拾い上げない。瞳の色は、企業の定めた基準通りの無機質なブルー。だが、その奥に宿る光だけは、システムが制御できない、あの日の炎の色だ。
私の足元に広がる光の絨毯を見下ろしながら、唇の端が僅かに歪む。それは、企業では推奨されない、ひどく個人的な感情の揺らぎだ。この輝きの一つ一つが、地下の暗闇で、呼吸器を詰まらせ、血を流し、魂を削りながら魔法源を採掘する者たちの命の輝きだと思うと、胃の奥が焼け付く。私の家族も、そうして消えた。まるで、魔法源という名の獣に喰われたかのように。
脳裏に焼き付いた残像がフラッシュバックする。埃っぽい空気、鉄骨の軋む音、そして、オレンジ色に燃え上がる魔法源の奔流。逃げ惑う人々の叫び声。父の、母の、妹の、最期の顔。そして、私の手に触れた、熱く、ぬるりとした、あの感触。あれは、魔法源だったのか、それとも……血? その記憶を呼び起こすたび、身体の内側で、奇妙なエネルギーが脈動するのを感じる。それは、企業が解析不能と断ずる、私だけの力。私の血に溶け込んだ、あの日の魔法源の囁き。
私はその囁きに耳を傾ける。復讐の囁きに。システムの崩壊を望む、地下の魂たちの叫びに。この光の都市は、偽りの繁栄の上に築かれた欺瞞だ。そして、その欺瞞を暴き、根幹から叩き潰すことこそが、私の、生きる理由。エンジニアとして企業の懐に潜り込んだのも、この日のため。管理システムへのアクセス権。魔法源の真の供給源。それらを突き止めることこそが、反逆の第一歩。
私の手は、分析用グローブの下で微かに震える。それは恐怖ではない。待ち望んだ機会への興奮、そして、差し迫った破壊への予感だ。この都市の、この世界の、偽りの平穏は、もうすぐ終わる。私は、その引き金を引く者。鋼鉄の心臓を持つ、復讐の設計者。