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駆け落ちしたクズ姉の代わりに憧れの方と婚約しました〜捨てられた婚約者さまの自信は私が取り戻してみせます〜

作者: スズイチ


 

 姉のブルヴィアは、昔からずっと甘やかされて生きてきた。

 待望の第一子で蝶よ花よと育てられ、妹の私……ティアナ・キューネが生まれてからも、それは変わらず、全てにおいて姉が中心の生活を送っていた。

 姉は家の中だけではなく、外でも自分が一番だという日々を送っていて、尊大でワガママ、自分の思い通りにならないと大声で泣き叫ぶ。……そんな人である。


「だーかーらー! 私のいうことが、なぜ聞けないの!? それが欲しいって言っているじゃない!」


「で、ですが、これはお母さまにもらった大切な物で……」


「だーかーらー! あなたの代わりに私が大切にしてあげるから、寄越しなさいよ!」


 そう言って、ご学友の方の大事なものを奪ったり。


「あら、あなたの食べているケーキ美味しそうね! 一口食べてあげるわ!」


「え? ま、待って……」


「美味しいー!」


「……私の……な、なんて……はしたない……」


 人のケーキを、勝手に食べてしまったり。


「なんですの、そのドレス。どんなセンスをしていたら、そんなドレスを着ようなんて思えますの? 知り合いだと思われたくないので、近寄らないでもらえます? クスクス」


 人のドレスを貶したり。

 

 姉は、数え切れない迷惑を人様にかけていて……。そして、そんな身勝手な姉への怒りは全て私に向けられていました。


「あなたのお姉さんなのでしょう、何とかしてよ!」

「どうにかしてくれよ、あの暴君を!」

「君は家族なんだろう? 責任とれよ!」

「私の大事な物を……ひどい……ひどい……」

「あなたのお姉さんが、泣かせたのよ!」

「最低ね! 謝りなさいよ!!」


 上級生から同級生から下級生から……毎日のように姉のことで責められていた。


「……も、申しわけございません」

 

「なによ、それ! もっとちゃんと謝りなさいよ!」

「手をついて謝るのが筋だろう!」


「……そ、そんなこと……」


「できないって言うのか!?」


「……っ……ぅ……」


 何人もの人達に囲まれていて、すべもなく私が地面に手を着こうとした時――。


「やめなよ!」


 ――そこに現れたのがミゲル様でした。


「彼女は何も悪くないだろう!? 思うところがあるのならば、彼女ではなく彼女の姉に直接言いに行けば、いいじゃないか!」


「「……っ」」

「……行こう」

「……うん」


 私を囲んでいた人達が、バツが悪そうに去って行く。


「大丈夫かい?」


「……ありがとう……ございます……」


 お礼を言うと、にこりと微笑んでくれる。


「あ、スカートに汚れが……良ければ、これを使って」


 ミゲル様が差し出してくださった、ハンカチを受け取る。


「――君も大変だね。それじゃあ、僕はもう行くけど、気を付けて帰りなよ!」


 その日から、私にとってミゲル様は憧れの存在になりました。


 姉が中等部に上がって一年が経つ頃、ご両親と共にミゲル様がキューネ家に訪れました。

 ミゲル様が家にいらっしゃるという事実に、胸躍り舞い上がりそうな私でしたが、いらした理由が姉との婚約の取り決めだったと知り、ショックのあまり三日三晩泣き続けました。


 ――とはいえ、決まったことは仕方ありません。憧れは胸にしまいこんで何事もなかったかのように生きていこうと決めて、過ごしていたのですが……。


「ちょっと、ミゲル。なによ、そのダッサイ眼鏡! よく、そんなの掛けて外を出歩けるわね。恥ずかしいから、私から離れてちょうだい」


 確かに、ミゲル様は中等部に上がってから視力が落ちたのか、少しレトロな眼鏡を掛けるようになりましたが、その言い方はないでしょう!


「なんですの、そのボサボサの髪! あちこち飛んでいてバカみたい。恥ずかしくありませんの? 私は恥ずかしいですわ!」


 ミゲル様は癖毛なんです! 確かに年々強くなっていますが、それもチャームポイントなんです!


「はぁ〜……私、年下の男性って好きじゃありませんの。なーんの魅力もないんですもの……なぜ、あなたみたいなは人が私のような完璧な人間と婚約者なのかしら?」


 年齢なんて、どうにもならないとことを責めるなんて最低です! そもそも、ミゲル様とお姉様は一歳しか変わらないじゃないですか! あと、お姉様は欠陥だらけの最悪な人です! 


 ミゲル様も最初の頃は、姉に何か言われてもたしなめていたのですが、止むことのない貶しや侮辱に段々と自信をなくされて行かれました。

 以前は真っ直ぐ伸びていた背筋も、今ではすっかり丸くなってしまって……。



 ――そんな日々が何年も続き、辟易していた頃に事件は起きました。

 なんと、姉が学園の卒業と同時に駆け落ちしたのです。

 

 相手は、浮気性と名高い二十歳も年上の伯爵。

 姉は、以前とある夜会にこっそりと参加していたらしく、そこで声を掛けられたのだとか……。

 

 バカだ……知っていたけれど、本物のバカだ……しかも相手は若くて容姿の整った女性になら、誰にでも声を掛けるような、どうしようもない人なのに……。


 さすがの両親も、今回ばかりは参っている様子で。まあ、さんざん甘やかしてきたツケが回って来たのでしょう。

 これで少しは反省してくれると良いのですが。


 ――それよりも、ミゲル様です。

 彼の落ち込みようは凄まじかった。姉のことをどう思っていたのかは分かりませんが、声を掛けるのも憚られるような状態でした。


 姉が駆け落ちしてから、一ヶ月が過ぎた頃。

 

 両親に呼ばれて客室へ行くと、ミゲル様とミゲル様のご両親がいらっしゃいました。

 大事な話しがあるというので聞いていると、姉の代わり私がミゲル様の婚約者に……という話でした。

 思いもよらない話に、私は驚きと喜びで思わず声を上げそうになりましたが、隣に座っている酷く沈んだミゲル様を見て、落ち着きを取り戻す。


「(……私ったら、自分のことばかり)」


 ――話し合いが終わった後、二人で庭でも見ていらっしゃい、と言われたのでミゲル様と中庭に来ていました。私は、ぼんやりと見慣れた花々を眺める。


「……ごめんね、ティアナちゃん」


「……え!?」


 ずっと黙っていたミゲル様に声を掛けられて、驚いてしまう。


「お姉さんの代わりに、僕なんかの婚約者にされちゃって……」


「そ、そんなことありません! むしろ、私は……」


「……君は優しいね。ありがとう、気を遣ってくれて……僕なんて、ダサい眼鏡だし、癖毛だし、猫背だし、年は……君より一つ年上だけど、もし年下好きだったら……ごめん……」


 ……ああ、これは全部ミゲル様が姉に言われていたことだ。姉のせいで、こんなにも自信をなくしまったんだ……。

 どうにか自信を取り戻してほしい。昔、私を助けてくれた時のような、素敵な笑顔をまた見せてほしい……彼をこんなふうにしてしまった姉が許せなくて唇を噛む。


 ――だが、そこでふと思いつく。そうだ、自信を取り戻してもらえばいいのでは!?


「――あの、ミゲル様。私はミゲル様の眼鏡を好ましく思っておりますが、その形……フレームは、とてもレトロな物ですよね?」


「……これ? これは、曽祖父から譲り受けたものなんだ」


「まあ。曽祖父さまから! 素敵ですわ。でしたら尚のこと、そちらは大事に仕舞われて新しいものに変えてみるのは、どうでしょうか?」


「……新しい、フレーム……確かに古いものだし、これは大事に仕舞っておいた方がいいかもしれないね」

「ええ! よければ、私もお店にご一緒させてくださいな」


 ――お店に行って、店員さんと三人でミゲル様に似合うスタイリッシュな眼鏡を購入しました。


「ミゲル様。私は、ふわふわの愛らしい髪型も好ましく思っておりますが、癖毛を生かしてその方に似合う髪型にしてくれるお店があるのですが、一緒に行ってみませんか?」


「癖毛を生かして……この癖毛を生かせることなんて、出来るのかな? 本当に、そんなお店があるなら行ってみたいな」


「では、予約を入れておきますね!」


 ――一緒に行ったお店で、ミゲル様の癖毛を生かした流行りの髪型にしていただきました。


「ミゲル様。猫背を治すには、体を鍛えたりストレッチをするのがいいらしいです。姿勢を良くするために、身体を見てくれるお店があるらしいので一緒に行って見ませんか?」


「いつの間にか、こんな姿勢になっちゃってたんだ……治るなら治したいな」


「ふふっ、お店に連絡しておきますね」


 ――身体の歪みを治してもらいながら、一緒に体幹を鍛えたりストレッチなどを根気よく続けていると、ミゲル様の姿勢は劇的に良くなりました。


 姉に言われたことを改善する度に、自信を取り戻してゆくミゲル様。


 良かったと安堵していると、周りの女性たちに人気が出始めてしまって……今頃ミゲル様の魅力に気付かれるなんて遅すぎます! ……確かに、ミゲル様は、これまでよりも更に素敵になられたので、彼女たちの気持ちも理解できますが。

 

 とはいえライバルが増えるのは好ましくありません! ……今は私が婚約者ではありますが、所詮しょせん私は姉の代わりでしかないので、もしミゲル様が姉のことを引き摺っていたり、他の女性に惹かれたりしたら……そんなことを考えて、しょんぼりしていた時。


「ティアナちゃん」


「ミゲル様!」


 呼ばれて振り返ると笑顔のミゲル様が、そこにはいらっしゃった。

 理知的な眼鏡、流行りの整えられた髪型、真っ直ぐに伸びた美しい背筋……以前の彼もとても素敵でしたが、今の自信に満ちているミゲル様は別格です!

 元々整っていらっしゃるお顔が、いつもより更に輝いて見える。

 

「今日、時間があるなら勉強を教えるよ」


「よろしいのですか!?」


「もちろん。場所は、そちらのお屋敷でいいかな? せっかくだし、今日は一緒に帰ろうか」


「はい!」


 ミゲル様に自信を取り戻してほしくて、いろいろお手伝いさせていただいてたのですが、そのお礼にと、勉強を見てくれたりお花やお菓子なんかをプレゼントをしてくれたりと、とても良くしていただいています。


 ミゲル様は、何か困ったことがあると直ぐに手を貸してくださいますし、二人で街に出かけた際には、さり気なく車道側を歩いてくれます。他にも荷物を全て持ってくれたり、丁寧にエスコートしてくださったりと、私は夢のような毎日を送っていました。


「今日は、歴史の勉強を見ようか」


「はい、よろしくお願いします!」


 屋敷に着き、中に入ると何やら妙に騒がしい。


「……ただいま帰りました。あの、なにか……」


「ティアナさま……!」


 困惑した様子の使用人に声をかけると、彼女のたちの視線の先に居た人物を見て言葉が止まってしまう。


「あら、久しぶりねティアナ。相変わらず、地味でぱっとしないわねぇ〜。あ、お茶淹れてよ」


「……な、なぜ、お姉様が……!?」


「はあ〜? なぜって何が? 自分の屋敷に帰って来て何が悪いっていうのよ」


「――っ、身勝手に色狂い伯爵と駆け落ちして、両親やミゲル様やメレンドルフ家の皆さま方にも、あれだけご迷惑をお掛けしておきながら、よくのうのうと帰って来れましたね!?」


 私の言葉に姉が舌打ちする。……仮にも貴族令嬢が舌打ちだなんて下品すぎて呆れてしまう。


「うるっさいわね! あんたには関係ないでしょう!? 口答えなんて生意気ね! いいから早くお茶持って来なさいよ、この愚図ぐず!」

 

「……ティアナちゃん、どうかしたの? 何かあった……」


 大声で言い合ってしまったせいで、扉の外にいたミゲル様が心配そうに見に来てくださる。


「……ブルヴィア?」


「…………あんた……まさか、ミゲル?」


「……っ!」


 ど、どうしましょう……ミゲル様とお姉様が鉢あってしまいました。

 二人とも驚いた様子で、互いを見つめ合っている。


「へぇ〜ずいぶんと見栄えするようになったじゃない。ふ〜ん……」


 姉が、にやにやとミゲル様を上から下まで見やる。


「今のあんたなら、また私の婚約者にしてあげてもいいわよ。どう、嬉しい? 泣いて喜んでもいいわよ」


「…………ぁっ……」


 姉の言葉に絶句する。何様なのかしら、この人……。でも、もしかしたらミゲル様は、お姉様のことを……だとしたら、私は……。


 俯いていていると、突然肩を引き寄せられて驚く。


「遠慮しておくよ。今の僕には、とても素敵な婚約者がいるからね」


「み、ミゲル様!?」


 私たちを見て、姉の形相が凄まじいものになる。


「はあ? はあ? はあぁぁぁ〜? 何よ、それ! あんたたち、いつの間に!?」


「君が駆け落ちして、少し経った頃に。ね、ティアナちゃん」


「は、はい!」


「はあぁ? それで、今あんたは私のお下がりと婚約してるってワケ?」


 姉が私を忌々しそうに見下す。


「――お下がりだなんて、ミゲル様に対して失礼な物言いはやめてください。そもそも今更なんなのですか? もしかして、伯爵さまに浮気でもされましたか? よくもまあ、あの色情魔と駆け落ちなんてしようと思われましたね。というか、相手はあの色ボケなのですから、浮気くらい覚悟のうえで出て行かれたのかと……とんだ、見当違いでしたわね」


 私の言葉に、顔を真っ赤にした姉が手を振り上げる。


「誰に、そんな口利いてんのよ!! 二度と喋れないようにしてやるわ、この地味ブス!!」


 叩かれると思い目を閉じるが、振り上げられた手は私に届く前にミゲル様に掴まれる。


「僕の婚約者に、暴力なんて最低な行為は止めてもらえるかな。――それと、君の言葉遣いはなんだい? 仮にも貴族令嬢なんだから、下品な言葉は慎んではどうかな」


「離せ! 離せ! 離せぇぇぇ!! あんたら如きが、この私に偉そうにするな! 何様だ、ああ!? 私は! 私はっ、ブルヴィア・キューネよ!!!! この世界で、誰よりも美しく聡明で可憐で賢いブルヴィアなのよ!!!!」


 ……認知の歪みが凄い。

 何をどうしたら、ここまで勘違いできるのだろうか。

 

 ――私が、困惑していた時。


「――なんの騒ぎだ……ブルヴィア!?」


「――ブルヴィアですって!?」


 両親が帰って来たようだ。姉の居るこの状況を見て酷く驚いているが……どうするのだろう……。

 二人は姉に、とんでもなく甘い。砂糖菓子よりも甘い。姉がこんなふうになってしまった原因はこの人たちだ。いやまあ、姉の本質的なものもあるのかもしれませんが……。

 二人とも、駆け落ちした時はさすがに憤っていたが、こうして本人を目の当たりにすると、すんなりと帰って来たことを受け入れてしまうのではないだろうか……だとしたら、私は……。


「お父様! お母様! 私が帰って来てあげましたわよ! ねぇ、聞いてよ! このバカ二人が私のことを……」


「何しに帰って来た?」


「…………え?」


「何をしに帰って来たかと聞いている、このバカ娘!!」


「……お、お父……」


「お前、どれだけ私たちやメレンドルフ家の人達に迷惑を掛けたと思っている? この恥知らずがっ!!」


 生まれて初めて父に怒鳴られた姉。

 涙目になりながら、助けを求めるように母の方へと振り向く。

 

「お、お母さま……」


「……はあ……のこのこと、よく帰って来れたものですね。あなた、自分がどれだけのことをしたのか自覚がないの? わたくし達が、甘やかし過ぎた罪ね……」


 両親の言葉に、私は安堵の息を吐く。


「な、何を言っているの? 私よ? 二人の可愛くて大好きな、天使のブルヴィアが帰って来たのよ?」


 姉の言葉に両親が大きなため息を吐くと、近くにあった花瓶を掴み、中の水を花ごと姉にぶち撒けた。


「出て行け!! 二度と顔を見せるな!!」


「………………ぇ?」


「早く、そいつを追い出してくれ!」


 呆然としている姉を、使用人たちが数人がかりで外に追い出す。

 しばらくして、姉が大声で叫び荒れ狂っていたが、どうにもならないと分かると何処かに行ったようで静かになった。


「……ミゲルくん、恥ずかしいところを見せてしまって申し訳ない。ブルヴィアに何か言われたりしなかっただろうか?」


「僕は、大丈夫です。ご心配ありがとございます」


「……本当に、うちの愚女ぐじょが申し訳ありません……」


「お義父さまもお義母さまも、どうか気に病まないでください。それに、今の僕はブルヴィアさんに何を言われたとしても、心に届くことはありません。――それもこれも、全てティアナさんのお陰です」


「……え?」


 突然、話を振られて驚く。


「――ティアナさんが、僕を救ってくれたんです。彼女が、僕に自信を取り戻させてくれた。こんなにも真っ直ぐで思いやりのある素敵な人と出会わせてくれたのだから、ブルヴィアさんにも感謝しなくては、いけないのかもしれませんね」


「み、ミゲル様……」


 ミゲル様のお言葉に、涙が溢れる。


「う、嬉しいです……わた、私……っミゲル様は、もしかしたら、お姉様のことを引き摺っていらっしゃるのでは、ないかと……ずっと……思って……」


「まさか! 彼女は元々家同士が決めた婚約者というだけでしかないよ……僕も、まさかあの有名な暴君ブルヴィアが婚約者になるなんて夢にも思わなかったしね……」


「……そうだったのですね。良かった……」


「……ごめん。ティアナちゃんが気にしていることに、気付けなくて」


「いえ、私が勝手に気にしていたんです。違うと分かって安心しました。……あの、ミゲル様。この様な私ですが、これからも宜しくお願いします」


「こちらこそ、至らぬ点が多い僕だけれど宜しくお願いします」


 目を合わせて、互いに笑い合う。


 

 ――その後、家を追い出された姉は、かつての同級生や知人に助けを求めに行ったらしいのですが、家と同じように水を掛けられたり、卵をぶつけられたり、砂や泥や椅子や机など様々な物を投げ付けられたそうです。


 行く当てのなくなった姉は、最初は修道院に助けを求めに行ったそうですが、数日で追い払われたようで……。

 現在は、何処かの貴族の愛人をしているとか、街の娼館にいるとか、嘘か真か分かりかねますが、そのような噂をたびたび耳にします。

 まあ、どうでもいいですが。


  

 ◇


 

「ミゲル様。今日のお出かけ、とても楽しみです」


「野外の音楽祭だなんて、素敵だよね」


「はい! ……あの、ミゲル様。これを……」


 私はバッグの中から、白いハンカチを取り出すとミゲル様に差し出す。


「ミゲル様は、覚えていらっしゃらないと思いますが……昔、ミゲル様が私に貸してくださった物です。本当はもっと早くにお返ししなくてはいけなかったのに、身勝手にもお守りのように手元に置いたままでした……申し訳ございません」


 ミゲル様は、ハンカチを受け取ると穏やかに微笑む。


「懐かしいなぁ……小さな女の子が、お姉さんのことで理不尽に詰られていて……あの時は、我慢できずに間に入ってしまったんだ」


「お、覚えていらっしゃるのですか!?」


「もちろんだよ。健気に耐えていた女の子のことを、ずっと忘れられずにいたんだ。でも、その子は婚約者の妹さんだったから……僕の気持ちは、胸の内に秘めておくことにしたんだ」


「……そんなことって」


 驚く私の手を、ミゲル様が引いてくれる。


「せっかくだから、音楽祭が始まる前に新しいハンカチをプレゼントさせてよ」


「で、でしたら、私にも何かプレゼントさせてください!」


 穏やかな晴れの日。

 ずっと憧れだった方とお出掛けをして、互いにプレゼント交換をしてから、音楽祭を目いっぱい楽しんで帰るという、これまでの理不尽な出来事が帳消しになるような、夢のような時間を過ごしました。

 

 



 

 ◇おわり◇




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