昔の話、追憶2
「お前、目が見えぬのか?」
そう静かに聞いてきた低い声に、相手が男であると知りアリアは身を固くする。相手が無法者である場合、目が見えぬ自分に無体を強いる可能性が頭をよぎったからだ。
「はい、、、そうです。目が見えず、知らず森に迷い込んでしまい、、、」
「捨てられたか」
吐き捨てる様に真実を当てられ驚いていると、男はハッと乾いた笑い声を出し
「ここは魔物の森だ。簡単に迷い込める場所では無い。意図して連れてこられぬ限りな」
そう教えてくれた。
問われるまま、この森に捨てられた経緯を話していく。そして、これからどうすればいいのか、、、と話しているうちにアリアは気を失ったらしい。
不眠不休で森を彷徨ったからだろうか、それとも彼が安全な人であると確信したからだろうか。ずっと張り詰めていた緊張の糸が切れたのだった。
目が覚めると布団に寝かされていた。パチパチと暖炉の火が爆ぜる音もする。身体が重く、酷く喉が渇いていた。
「起きたか」
森で出会った男の声がした。どうやら、彼の家に寝かされているらしい。
「無理をするな、熱が出ている。寝ていろ」
身体を起こそうとするアリアを布団に押し戻し男が言った。口元にコップを寄せてくれたので軽く首を起こして水を飲む。冷たくて美味しかった。
「すみません、ありがとうございます」
「俺の縄張りで人が死ぬのが不愉快なだけだ。良くなれば出ていけ」
突き放す様に言う声は、一見冷たく聞こえるが優しい声色を含んでいた。盲目の人間は、視覚以外の感覚が鋭いのだ。
彼はアリアが寝込んでいる間、3度の食事を用意し、少し熱が下がれば身体を清められる様にお湯とタオルを用意して、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。
ふと、自分の名前さえ伝えていなかったと気づきアリア、と言う名前を伝えた。アリア、と彼の低い声が名前を呼ぶと、胸の奥がムズムズと変な動きをした。
彼は自分の名前を知らないと言った。彼の姿を見たものは皆悲鳴を上げ”異形の化け物”と叫ぶのだ。
異形の化け物。
アリアもその話は知っていた。魔物の森の奥深くに住む人型の魔物だと。時々人里に降りては虐殺と略奪を行う化け物。彼がそうだとは、思えなかった。そう彼に伝えると、彼はアリアの手首をつかみ自分の顔に手のひらを当てがった。彼の意図を読み、彼の顔を両手でペタペタと触り形を感じた。ゴツゴツとした頬に目が四つ。耳は2つに鼻と口は1つずつ。そうやって触って行くと、アリアの手首を掴んでいた彼の手が首の後ろを触る様にと促す。彼を抱きしめる様な形で首の後ろに両手をやると、そこには大きな瘤の様な丸みがあった。その瘤を撫でる様に触ると、手の平をペロリと舐められる感覚があった。思わずビクリと身体を跳ねさせる。彼が身体を固くするのを感じた。もう一度瘤を触る。瘤には鼻と口が付いていた。瘤の口は、ペロペロとまたアリアの手を舐め、くすぐったくてアリアは笑った。彼の身体から、力が抜けるのが分かった。
良くなれば出ていけ、と言っていた男はアリアが完全に体調を良くしても追い出すことはなかった。




