再会のとき
「ジャック!」
アリアの悲鳴にも近い叫びに、漆黒の霧が動きを止めた。
「おい、反応したぞ」
「ジャックってなんだよ、オメーの元カレか?ずいぶん特殊な性癖だな」
外野の声も、今のアリアには届かない。やっぱり、魔王はジャックだった?でも、どうしてそんな力?彼は普通の人間だったのに。
『マァ…マァ…?』
ジャックではない甲高い赤子のような声。
「赤ちゃん…?」
ズキリと頭が痛んだ。何か、大切なことを忘れている気がする。とても、大切な…忘れちゃいけないことを…。
アリアは無意識にお腹に手を当てていた。
あの日、ジャックと2人で何処へ行ったのだっけ?
幸せな何かを確認した気がする。
「おい!アリア!」
強く肩を捕まれ、思考の縁から現実に引き戻された。
「ボーッとすんなマヌケ!ブサイクに拍車がかかるぞ!」
「っ!…すいません…」
そうだ、魔王の討伐で私たちはここにいる。集中しなければ。
漆黒の霧の塊は、またユラユラとゆっくり動き出していた。
「おい、クソガキ。レディに対してなんて口の利き方だ」
「うるせークソジジイ!今それどころじゃねーだろうが」
緊張感のない2人のやりとりに、アリアは口を挟んだ。
「彼の正体を知っています」
「はぁ?」
「まじか。アリア嬢、詳しく頼む」
アリアは覚悟を決めて、すべて話した。ジャックのこと、盲目のアリアのこと、前世の記憶、全て。
「バカみたいな話だってわかってます。でも嘘じゃないです」
そうアリアは締めくくった。
「いや、まあ、この状況で嘘付くやついないと思うよ。でもな、あまりにも荒唐無稽だ」
コリンが頭を抱えて答えた。
「で?だからどうしたいんだ、お前は」
ギルバートがアリアに問う。
それは、アリアにも分からなかった。
「分かっているんです。殺さなきゃいけないって。魔物を際限なく生み出すんだから。でも…」
アリアは漆黒の霧の塊に目をやる
『マァ…マァ…』
「たぶん、あそこにはジャックだけじゃない。私の…アリアとジャックの子供もいるんです」
「はぁ!?お前子供いたの!?」
「前世でです!」
どうして忘れていたんだろう?ジャック、ジャックと彼だけを必死に探して、どうして愛する我が子を忘れてしまっていたんだろう?
まだ産まれてなかったから?ジャックと結ばれた世界で、また産んであげられると思っていたから?
違う、逃げたんだ。守れなかった現実から。目をそらした。母親なのに。あの子はずっと、この世界で「ママ」とただ一言だけ繰り返して私を探していたのに。
ジャックはちゃんと…ずっと側にいてあげていたのに。
アリアは漆黒の霧の塊へと走り出した。
「おい!」とアリアを呼び止める声がしたけれど、「私が引き付けます!全力の魔力で相手の魔力を抑えるので、その隙にお願いします!」
そう言って止まることはなかった。
「ジャック!」
霧の塊がうごきを止めた。霧に触れた瞬間、霧散する。
『あぁ、アリア。ココにいたのか。』
優しい青い瞳が4つ、アリアを見つめていた。
「ごめんね、ちょっと道に迷ってしまって」
『相変わらずだな。ほら、子供がずっと君を呼んでいたんだ』
ジャックの腕に溶け込むように包まれた黒い赤ちゃん。可愛い、とアリアは思った。
『ずっと抱っこしてたからか?腕とくっついちまった』
「ふふっ、そんなに長く抱っこしてくれてたのね、ありがとう」
ふわり、と優しくジャックごと赤ちゃんを抱きしめた。
とたんに、身体がミシミシと音をたてて激痛が走る。魔物化がはじまったのだ。
『アリア?』
小さく呻くアリアにジャックが声をかけたが、ギュッと2人を強く抱きしめた。
「もう、絶対に離れないからね。一緒にいこうね」
ギルバートが聖剣を振りかぶるのが見えた。
「ごめん」とギルバートの口が動く。
(私の方が、ごめんなさいだよ。ギル先生)
ずいぶんな自分勝手をしている自覚がある。何年も師事した相手に、自分を殺せなど。
だが、ギルバートにだから任せられると思ったのだ。彼なら魔物化したアリアごと、全て終わらせてくれると。仲間を斬ることに一瞬戸惑ったとしても、必ず遂行してくれると。
だから彼は、世界最強なのだ。
アリアはそっと目を閉じて、ジャックと子供の温かさに身を委ねた。
クレバーで冷酷じゃないと、世界最強ではいられない。




