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彼と私の物語  作者: 雨の日
カリネキア国の話

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18/24

昔の話、追憶5

少し話が昔に戻ります

年老いた魔術師は“魔物の森”で1人静かに暮らしていた。


国家魔術師として国に仕えていた時には、この国で1番の魔術師、などと呼ばれていたが。

恋慕してきた高貴な女性を袖にした途端、周りの態度は代わり魔術師団団長の座を降ろされた。

結婚を約束していた女性は姿を消し、残されたのは2人で住もうと家具を揃えた新築の家だけだった。


それから十数年、人目が煩わしく各地を転々とした魔術師が最後の住処としたのが、この魔物の森だったのだ。


この森はいい。山菜や樹の実が生い茂り、生き物は丸々と太っている。森の主と挨拶と言う名の一戦を交わした後、美しい泉の近くに、彼は居を構えた。魔物のおかげて人も寄り付かず食べ物も自給自足で事足りる。

日用品を手に入れるために降りた人里では始めは余所余所しくされたが、彼が魔術師と知り人里へ向かう魔物の討伐を請け負うと、森に住む変わった魔術師として受け入れられた。


そんな生活を10年ほど過ごしていたある日、朝起きると森の様子が変わっていた。

恐ろしいほどの静寂。

魔物や獣の声はおろか、小鳥のさえずり、風の音さえ聞こえない。

そして森の何処かで、強い魔力の塊が動く気配。

すべての生物が息を殺している中、魔術師は家から森へ静かに歩みを進めた。


森の終わり、人里と森をつなぐ細い獣道にソレはいた。

小さな網籠の中で、上等なシルクのおくるみに包まれた小さな命。


(赤子…?魔力持ちか。それにしても強い魔力だ)


おくるみの中で何も知らずに寝ている赤子を見て魔術師は思った。

貧しい家で望まれず生まれた子が山に捨てられる事はたまにある。

しかし、この子はどうだ。美しい光沢のシルクの布は、貴族の中でも高位の者しか用意出来ない品だ。


何故…?と思ったのは一瞬であった。

眠る赤子の顔の違和感。

閉じられた2つのまぶたの下本来は柔らかな頬しかないはずの場所で2つの青い瞳が、老人を見つめていた。



そのまま捨て置いておこうかと思ったが、結局家に連れ帰る事にした。

捨て置けば半日で尽きる命だ。しかし、魔術師の住処で人が死ぬのは後味が悪い。


家に帰りおくるみから赤子を抱き上げた。


(なるほど、奇形児か。)


顔を見た時から感じていたが、おくるみの中に隠されていた身体も、普通ではなかった。

貴族は体面を大事にする。この様な異形が産まれて妙な噂が立てば、他の子供の婚姻に差し障りがあるし、今いる地位を追われる可能性だってあるのだ。


(相変わらず反吐が出る世界だな)


王都での華々しかった生活の闇を、魔術師は思い浮かべ鼻で笑った。


(それにしても強い魔力だ。森の生き物は、この力に警戒して息を殺していたのか)


ふぇ、と小さく泣き出した赤子の頬を、魔術師は優しく撫でた。



魔術師は子供の頃、仕事で忙しい両親に代わり年の離れた弟を育てた経験があったので、赤子を育てる事に戸惑いはなかった。

奇形児は往々にして短命である、というのが通説であり、持って1年かと思い育てたが、老人の予想を超えて赤子は生きた。

ミルクから固形物を食べるようになり、寝てばかりだったのが起き上がりいつの間にか歩き出し、赤子から幼児へ成長した。


幼児が成長するにつれ、身体に秘めていた魔力が暴走し始める。泣くたびに食器を割られるのを片付けながら、魔力制御を覚えさせる時期だなと魔術師はため息をついた。



魔力を持つものが希少なこの世界で、幼少期の感情の爆発で魔力暴走が起こり大事故を起こすのは珍しくなかった。魔術師の数が少ないのは、幼少期に魔力が発現し魔力暴走の結果、命を落とすものが多いからだ。

無事に育った魔力持ちは、思春期以降に魔力が発現したものがほとんどである。


こちらの言葉を理解しているのかさえ曖昧な幼児に魔力操作を理解させるのは至難の技であり、国一番と言われた魔術師も苦労した。

しかし言葉を話し、コミュニケーションが取れる幼児から子供へ成長した5歳頃からは楽になった。

元々が聡明であったのだろう、こちらの話を理解しすぐに制御をものにした。


(それにしても…潜在能力の割に魔力が尽きるのが早い。内に秘める魔力量は成長と共に増えているのに)


魔術師はその美しい薄紫の瞳で子供を見る。力を込めて魔力の流れを見つめて初めて気付いた。2つの魔力が渦巻いている。とてもよく似た魔力の色で、今まで1つだと思っていたのだ。


(これは…どういうことだ?2人いる…?1つの身体に…?)


2つの魔力は身体の中を流れている。流れる中で少しずつ消費されていく魔力。


(そうか、双子であったのか)


魔術師は瞳を閉じ目頭を押さえた。この力は、酷く魔力を消費する。そして理解した。

双子として産まれるはずだった2人が、何の因果か1つの身体に結合し産まれたのだ。

獣でもたまにあるのだ、人間でも起こりうることであろう。

しかし、難産の末母子ともに死ぬ例しか知らない。まさか生きて産まれるとは、それが、この子供の異形の原因とは。

生きていられたのは、この魔力のおかげであろう。それぞれ魔力を秘めた双子が1つになり、より大きな魔力に。生きるには無理のある姿形を、その魔力により心肺機能をカバーして生きる。

だから、放出される魔力は成長と共に少なくなるだろう。


(苦労して制御を教える必要はなかったな。身体が大きくなれば、体内で消費される魔力も増える。残りの魔力では、せいぜい生活魔法が精一杯だろう)


それからは魔術師は子供に生きる上で役立つ魔術を教えることに終始した。

「お前の潜在能力は俺より多い。だからしっかり制御を覚えろ」

そう言うと、子供は素直に頷いた。その潜在能力が表に出ることはないだろうが、それは伝えなかった。彼は自分が異形であることを知らない。全てを知るにはまだ子供は幼すぎる。

この森には魔術師と子供の2人だけ。5歳を過ぎ、それでも子供は外界とは一切関わらない生活をしていた。

子供が人目にさらされ、傷つくのを魔術師は何故か見たくなかった。


子供が10歳になる少し前、魔術師は自分の命の終わりが近づいてくる気配を感じていた。

そして覚悟を決め、子供と人里へ日用品を買いに出かけた。一人でも生きていけるように、里との縁を繋いでやらねばと思ったのだ。


子供は、初めての人里への道すがら嬉しさからか頬を赤らめていた。

そして、里で人々を見て悟った。もともと聡明であったのだ。

泉に映る自分の姿と、魔術師の姿が違うこと。里の皆は、魔術師と同じ姿なこと。自分が森に捨てられた理由。

興奮で赤らんでいた頬は、青に色を変えた。

森の家に帰り、椅子の上で器用に膝を抱え丸くなる子供に老魔術師は残酷な現実を教えた。



死の間際、魔術師は考えた。

国一番と言われた魔術師の自分より潜在魔力の多い子供。命を巡らすだけで消費しているその魔力。あの魔力が、体内を巡るのをやめ、外に放出されたとしたら。世界はどうなるのだろうか。


「おい」

魔術師は子供に声をかけた。

最後まで名付ける事ができなかった、子供に。

そして、胸の内を初めて話した。それは、懺悔でもあった。

孤独は心を蝕む。子供には、そうなってほしくなかった。


願わくば、愛する我が子に最愛の人ができます様に。

永遠の眠りにつく前。老人はそう祈った。

カリネキア国の魔力の発現と違うのは、数百年の時の中で人間と魔力が適応したからです(ep12.カリネキア国参照)

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